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笑っていてほしい

 

「イーディス産の原材料を増やしましょう。合同開発でそれぞれ特産の織物を作るのです」


 イーディスの外交の方が来てから約二週間が経過した。

 あれからディーン様との仲が進展したかと言えばそうではない。

 私にしては遅いわよね。

 いつもならベッドの上で会話していたわ。


 ……思えばそんな付き合いしかして来なかった。

 陛下とも心を寄せ合う関係では無かったし、誰かに預けた事も無かった。


 上辺だけの、気安い、いつでも離れられる関係。

 いてもいなくても構わない。

 それだけのもの。


 だから、いざ心惹かれる相手ができたからと言っても、どう距離を詰めたら良いか分からない。

 結局どうする事もできず、ただ『外交官の方をもてなす夫人』でしかなかった。



 ディーン様は時折ぼんやりと遠くを見ている時がある。

 無表情に、あるいは昔を懐かしむように。

 切なげに顔を歪め、涙を堪えるように。


 あまりにも悲痛な顔をしていたから、夜、寝酒を一献と思って部屋を訪れた。

 少し開いていた扉の隙間から、くぐもった声が聞こえる。



『リア……リア、ごめん、……ごめん、リア……』


 ソファで顔を両手で覆って、肩を震わせていた。

 既に周りに沢山空き瓶を転がして。


『リア……』


 手のひらから、雫がぽたりと落ちる。

 私は声をかけられず、そっと扉を閉めた。



 裏切った事から五年以上が経っても、彼の心を縛り付けている。

 これからずっとそうして生きていくの?

 幸せを諦めて、後悔して。


 それがすごくもどかしい。

 それに、あまりいい状態とは言えない。


 翌日のディーン様は、明らかに寝不足の顔をしていた。

 外交官の先輩から「大丈夫か?」と聞かれても、笑顔で「大丈夫」と答える様が痛々しく見えるのは私だけ?


「今日の視察はギニア鉱山でしたね。第三夫人様、よろしいでしょうか」


 ディーン様の表情は晴れない。

 私は外を見る。おあつらえ向きな曇り空。間もなく雨が降るだろう天気。


「ギニア鉱山へ行くのは変更しましょう。もうすぐ雨が降ります。雨の中行っても、危険です」


「ですが」


「それにオランド男爵様。あなたは寝不足気味では?夜しっかり眠れていますか?

 今にも倒れそうな顔をしたあなたを危険が伴う鉱山にはお連れできません」


 目の下に隈を作り、少し窶れたようなディーン様は口を引き結び息を飲んだ。


「自己管理も仕事のうちです。今日は休養日と致しましょう。

 他の方々もよろしいでしょうか」


「構いません。思えば休日を取らず詰め込みスケジュールでしたね」


 みな一様にホッとした表情を見せた。

 ディーン様は一人、気まずそうに顔を俯ける。やがて一礼して、与えられている部屋に向かって行った。


 私は先程ディーン様に声掛けしていた先輩にあたる方を捕まえて少し話をする事にした。



「ディーンは……、まあ、外交官になった奴が最初に通る道ですよね」


 苦笑しながらその方も何かを痛ましそうにしていた。

 曰く、元は貴族だったけど自分が未熟だった為に婚約破棄してしまい、怒り心頭の親から廃嫡されたそう。

 道を踏み外す前に培ったスキルを活かし、学園卒業後は最後だからと外交官の下っ端からやっていけるように親に頼み、それ以来親や元婚約者を遠くから見るだけになってしまったそうだ。


「親や元婚約者に合わせる顔が無いから、とこの道を選ぶ奴は多いです。年の半分以上は色んな国を飛び回り、自国にいる方が少ない。

 そして何かしら後悔を持つ奴は、国から離れた初めての任務で改めて現実と向き合わされる。

 知り合いもいない、孤独な時間がそうさせるのです」


 外交官になっても、その孤独に耐え切れず結局戻ってしまう人も多いらしい。

 残っているのは例えば駆け落ちして、孤独ではない場合。

 もしくは余程強く戻らないと決意した人。

 ──戻りたくても戻れる場所が無い人。


「今日は助かりました。あいつ、思い詰めていたようなので。今日一日で少し頭を冷やしてくれたら良いのですが」


 そう言って、ディーン様の先輩は自室に戻った。



 私も今日一日の予定が無くなったので甥っ子たちと遊ぶ事にしよう。

 悩むのは良いけれど、せっかく自分で作った気分転換の日だものね。


 さっそくルトフィとハイルを誘いに行く。


「あ、ミリアナ姉様!こんにちは」


「ミリー!ちはっ」


 ルトフィとハイルは私の姿を見ると途端に笑顔を見せた。陛下に似て黒髪に金の瞳のルトフィと、ミアのふわふわな髪質を受け継いだハイル。

 二人ともかわいい私の甥っ子。


「今日はお仕事無くなってしまったから、二人に遊んでもらおうかなあと思って来ました」


「わあ!やった!じゃあお庭で遊ぼう!」


「あそぶー!」


「ちょっと待って待って」


 輝かんばかりの笑顔で、二人はグイグイ私の手を引っ張って行く。


 庭に出た私達は、追いかけっこをして遊んだ。

 今日は鉱山視察の予定だったから軽装で良かった。ドレスだとさすがにきつかったわ。


 しばらく遊んで、休憩がてら果実水を飲んでいると、視線を感じたので振り返ると、そこにはディーン様の姿があった。



「オランド男爵様、おかげんはいかがですか?」


「えっ、あっ、す、すみません、ありがとうございます、大丈夫です」


 声をかけると、顔を赤くしてしどろもどろに答える。

 朝と比べたらだいぶマシになってるみたい。やっぱり今日は休養日にして良かったわ。


「こんにちは!お兄さんも一緒に遊びませんか?」


「あそぼー!」


「えっ」


「ルトフィ、ハイル、お兄さんは今日はお休みの日なの。ゆっくりさせてあげようね」


「え~~、遊ぼうよ~~」


 ルトフィはディーン様の裾をグイグイ引っ張ってこちらに連れて来てる。

 有無を言わせない辺り、父親似だなぁ。


「お兄さんが追いかけるほうね!僕達逃げるから」


 言うなりルトフィとハイルは駆け出した。ディーン様は戸惑ったように私をチラリと見たけれど。


「良ければ付き合ってあげてください」


 苦笑しながらお願いすると、先に逃げていたルトフィたちをゆっくりと追いかけだした。

 じわじわと追い付いて、キャハハハと笑いながら逃げ回る二人と、寸での所で捕まえないディーン様。

 戸惑いつつではあるけれど、子どもたちが走るのが辛そうになって来た辺りで捕まえて転げ回っている。

 子どもたちに釣られてか、ディーン様も次第に笑顔になった。


 良かった。

 ハーブルムに来て、貴族特有の貼り付けたような笑みは浮かべていたけれど、心からの笑顔では無かったから。


 今、きっかけはなんだって、楽しい時間を過ごせているなら良かった。



 やっぱり私はあの方に笑ってほしい。


 幸せを感じてほしい。


 だから。



 私は決意した。



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