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幸せになってはいけないから

 

「オランド男爵様はイーディス特産品を世界に広める為に外交官になられたのですね」


「ええ、イーディスには沢山の物があります。特にクレール侯爵領の絹糸は良質な物で、有難くもヴェーダ国とも取引をさせて頂いております。他にも」


 晩餐の会場で、ディーン様に付かず離れずに気を付けながら話題を振っていく。

 勿論ディーン様以外の方にも愛想よく。

 お客様の接待はハーレム夫人たちの数少ない出番でもあるのだ。


 いずれハーレムを解散させたい陛下に反対する大臣たちの反対する理由の一つがこれ。

 接待には肉体的な物も含まれる。勿論陛下と夫人の間で合意がなされた場合のみだけど。

 でもそれは前陛下の時代まで。今の陛下は良しとしていない。

 夫人が望めば止めはしないらしいけど、女性をモノのように扱う事はしたくないらしい。


 特に唯一人を決めた今、私たちにも幸せになってほしい気持ちがあるらしく。

 こうして機会があるなら一線を越えないならば挑戦する事も許可される。

 何ていうか、いいのかな?それ、って感じではあるけれどね。

 でも失敗したり相手が見付からなくても面倒は見てくれるらしいからそれはそれでアリなのかなぁ?



 とはいえ私の中の最大の武器である肉体が使えないなら知識と教養で勝負するしかないよね。

 ミアと一緒に教師から習っておいて良かったかもしれないわ。


「ハーブルムは織物がとても素晴らしいと伺いました」


「よくご存知ですわね。そうですね、染物をして糸を紡ぎ様々な模様を産み出す技術は他の国を圧倒させる自信がありますわ。

 よろしければ明日にでも機織りの工房へ行かれてみますか?」


「よろしいのですか?是非ともお願い致します」


 ディーン様の顔がぱあっと華やぐ。

 この方は何と言うか、輝いている人なんだなあ、って思った。



 翌日、外交官の方々と機織り工房へと足向けた。

 なぜかミアも着いてくるらしい。機織り工房の知り合いに会いに行くとか。



「イーディスの外交官方ですね。ようこそいらっしゃいました」


 出迎えてくれたのは工房に勤めるユスラさん。


「ユスラ、久しぶり。ウルファいる?」


「奥で作業してるわ」


 ミアは慣れた様子で奥に行く。

 私は外交官の方々に着いてユスラさんから案内されて行く。


 工房内には機織りの音が響いていた。

 自分の国の事だけど、平民たちの普段の様子なんて知らなかったな。


 奥に行くと笑い声が聞こえた。


「えーっ、ルナスとサハルに告白されたの?」

「今更なのよねぇ。私しかいなかったんじゃないの?」

「そう?案外本気なんじゃない?」

「私はもっといい人がいるんじゃないかと思ってるんだけど」


 ちらりと見てみると、ミアが機織りの女の子と親しげに話していた。


「……へぇ、あのミアが……」


 その様子を見たディーン様が、驚いた顔をしてミアを見ていた。

 目を細めて昔を懐かしむような視線に、ピリリとする。


「意外ですか?」


「あ……、いえ、……そうですね。

 ミアとは学園の同年だったのですが、あんな風に話しているのはあまり見た事が無くて」


 そこまで言って、ディーン様は口をつぐんだ。

 何かを悔恨するかのように目元を細める。

 学園時代にミアと何かあったのかしら。


 ……まさか、一途に好きな婚約者と別れる原因がミアにあるとか?


 まっさかねー。

 婚約者に隠れてミアとナニカしてたり、ミアに心変わりしたわけでもあるまいし。


 でも、それでもディーン様が外交官になったのは……。


 ……やめよう。妄想であれこれ決めるのは失礼だ。ただ、ディーン様は多分過去を悔いている。婚約者の方との別れが、孤独な外交官を選ばせるくらいには。


「ミアはハーブルムに来た時は自分の運命を諦めていたようでした。でも、迷いながらも自分の選んだ道を進む事を決めて……。

 今は自分の幸せをちゃんと掴んだんですよ」


「……そうでしたか。幸せそうで良かったです」


 眩しいものを見るように、ディーン様は優しい笑みを浮かべる。


「……オランド男爵様は、今、幸せですか?」


 何気なく聞いた言葉に、ディーン様は肩を揺らした。一瞬表情が引きつり、そして笑う。


「私は……、幸せになってはいけない男ですので」


 その言葉は、まるで自分自身に呪いをかけているようだった。

 ディーン様に陰を落とし、泣きそうな顔にさせている。


「っと、すみません、今のは忘れて下さい」


 泣き出しそうなのを誤魔化すかのように咳払いして、ディーン様はその場を離れ他の外交官の方に混ざって行った。


「忘れられるわけ……ないわよ」


 捨てられた子犬みたいな表情は、私の胸の奥に小さな棘を残す。

『幸せになってはいけない』なんて、悲しい事を思ってほしくない。

 誰にだって幸せになれる権利はあるのだから。



「よしっ」


 機織り工房から宮殿に帰って、私はミアを捕まえてディーン様の話を聞く事にした。



「……自分の過去の汚点を晒すのは勇気がいるのですが」


 重く深い溜め息を吐いて、ミアは過去の話をしてくれた。


 一言でいえば、『若さゆえ』。けれど、たった一度の裏切りは、とても痛い傷となってみんなに残ってしまったようだった。


 大好きな人と婚約できたのに、心変わりから手酷い裏切りをされたディーン様の元婚約者の子は勿論。

 その子を好きでいながら慢心して最愛を手放す事になってしまったディーン様。

 好きな人のお願いを聞いて裏切らせたミアも。

 そして、好きな人を手に入れようとして裏で手を回したミアの初恋の君も。


 みんな、傷付いてしまった。


 ディーン様の元婚約者の子やミアはその後最愛の男性に出逢って傷が癒やされているけれど。



 手酷い裏切りをして、未来すら手放してしまった彼らはどうしたら癒せるのだろう。



『私は……、幸せになってはいけない男ですので』


 泣きそうな顔をしたディーン様の表情を思い出すと、つきりと胸が痛んだ。


 自業自得ではあるのだけれど。

 それでも、全てを諦めるのは違うんじゃないかしら。


「ディーン様ね、自身の幸せを諦めているようなの」


「え……」


「苦しげに言ってたの。『自分は幸せになってはいけない』って。

 ……すごく後悔してるんだと思う」


 自分すら許さない程に。

 ふと、ミアを見ると顔色を悪くしていた。


「……私がディーンの幸せを奪ったから……」


 ミアは俯いて、膝の上でぎゅっと拳を握る。


「そうね。……でも、反省してるんでしょう?

 また同じ事は繰り返さないでしょ?

 例えば陛下に言われてディーン様を誘惑する?」


「まさか!するわけありません!」


 ミアの前に陛下がそんなお願いするわけないだろうけど。


「じゃあ、あまり自分を責めないで」


「ミリアナ姉様……」


「ディーン様も、自分を許してあげたらいいのだけど、こればかりは本人次第なのよね……」



 たった一度。されど、消えない傷。


 自業自得ではあるけれど、がんじがらめでは身動きもできなくなってしまう。

 ディーン様、自分の幸せを諦めないでほしい。



 きっと、元婚約者の子も、そう思ってるんじゃないかな。




『イーディスには沢山の物があります。特にクレール侯爵領の絹糸は良質な物で』



「敵わないなぁ……」


 でも、それで諦められるような半端な気持ちでは無いのだけどね。





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