彼女だけは【side ベルンハルト】
ミアが行方不明になった。
血相を変えた侍女が報告に来た。
宮殿内の自室で茶を飲んでいて、急に眠気が来たからとベッドに横になったそうだ。
妊娠初期に眠くなるのはよくある事だと、侍女もそのまま寝かせ、部屋を出た。
しばらく経過後、起こそうとして入室しようと扉を叩くが返事が無い。
そのまま入室しベッドに近付くと、そこには誰もいなかったらしい。
寝ている時に誰かが連れ去った。
夫人たちには影を付けている。出入り口に護衛も待機している。
報告を聞いてからミアの部屋に行くと、バルコニーに続く窓がキイ、と音を立てた。ここから出て行ったんだろう。
怒りのあまり壁をガン、と殴りつける。
「ハリードはいるか」
いつもならどこからともなく現れるが、返事が無い。
ぎり、と歯を噛み締めた。
最近ハリードの様子がおかしかった。
傍系筆頭である奴は、ミアを筆頭夫人にすると言った時、一旦持ち帰ると言ったのだ。
普段のあいつらしくもない。引っ掛かった小さな疑惑は確信に変わっていく。
「ジュード、フラヴィアを呼んでくれ」
「かしこまりました」
ザラがミアに毒を盛っていたのは、父親バフィール翁の指示だった。
元々バフィールは俺が王になったのが気にくわないらしく何かと邪魔をしてくる奴だった。
以前、夜にハリードからの知らせでミアが一人で散歩していると聞いた時、確かに気配があったのだ。
夫人には護衛と影を付けているが、俺が一緒に寝ているせいかとにかくミアが狙われた。
とはいえいきなり別々に寝る事は俺が嫌だった為俺の護衛と兼ねてそのまま一緒にいた。
バフィール翁の活動が活発化してきたとの情報が入った最中、ミアの妊娠が発覚した。
だから護衛を増やしたのだが。
まさか内側から連れ去られるとは思いもよらなかった。
「陛下、失礼いたします」
一礼してフラヴィアが入室する。
この後の事を察してか、着ているのはドレスでは無く黒装束だ。
「ミアがハリードに連れ去られた」
「あらまあ」
呑気な声を出すフラヴィアを一瞬にらむと、彼女は肩を竦めた。
「連れ去ったのがハリードなら場所は分かりますわね。……バフィール翁に情報を流します?」
元月影旅団の踊り子だったフラヴィアは、俺を殺しに来た元暗殺者だった。その依頼人はバフィール翁。
暗殺に失敗した彼女は第二夫人という身の安全と引き換えに二重スパイをしている。
そして彼女はハリードとはいとこにあたる。
ハーレムに入っていたハリードの母とフラヴィアの母が姉妹なのだ。
だから傍系王家の屋敷の場所も知っている。
「流せ。ミアのいる場所に奴をおびき寄せろ。そうすれば第四夫人誘拐の罪でひとまず牢に入れられる。但し絶対にミアの安全は確保しろ」
「この事はザラ様はご存知ですの?」
「ザラは罪の告白と共に父親との決別をしている。だから今回父親が罪人になってもザラには関係無い」
「そう。なら良かったわ」
誰にも興味なさそうなフラヴィアの言葉に眉をしかめた。
「あらいやだわ。私にも父娘の連帯責任を心配するくらいの情けはありますのよ。
ザラ様とは一番長く付き合いもございますし」
すっ、と目が細められる。
フラヴィアはザラに対して良い感情は持ってはいないだろう。
「何が目的だ」
「バフィール翁の没収財産を月影旅団に」
フラヴィアからの提案に、俺は目を見開いた。
「全ては流せない。議会で決定してからになる」
「私の身体への慰謝料でも?」
「それは譲歩しよう。だがまずはミアを取り戻してからだ」
「仕方ありませんわね」
溜息を吐き、フラヴィアは執務室をあとにした。
その後、傍系王家が所有する屋敷にハリードが入って行くのがフラヴィアの部下から目撃された。
だがその知らせを持って来た奴と入れ違うようにバフィール翁の息のかかった者達が屋敷に向かっていたとの情報も持って来た。
宮殿を手薄にするわけにはいかず、俺はここから離れられない。
歯噛みしながら拳を机に打ち付けた。
「ジュード、俺の剣の確認をしておいてくれ。
バフィール翁の刺客がここに来ないとも限らない。
それからザラとザイード、ミリアナは離宮へ。警護を固めてくれ」
「かしこまりました」
いつにない俺の空気に息を飲み、ハッとしたジュードはうやうやしく礼をとり、執務室をあとにする。
「ハリード……ミアを守れよ……」
考えたくは無いが奴の行動は無意識にミアを欲したゆえだろう。
だが彼女だけは譲れない。
他の女は良いが、ミアだけはだめなんだ。