裏王家の承認
「どうして……」
無表情に私を見つめるハリードが理解できなくて、壊れたおもちゃみたいに「どうして」しか繰り返せない。
「別に、お前を害そうとか思ってねぇから安心しろ」
カタン、とテーブルに持っていたトレイを置くと、ハリードは溜息を吐いた。
でもそれなら余計に訳がわからない。何の為にここに連れて来たの……。
「近々大々的に粛清が入る。あんたは妊娠したからここに連れて来た。終わったらちゃんと帰す。だから安全な場所で待ってろ」
「何それ……意味分かんない。なんでよ。何で私だけ除け者にするの……」
粛清?意味分かんない。
妊娠したから、安全な場所で待て、って。
しかも何も言わずに眠らせて勝手に連れて来るとか余計に納得いかないよ。
「ベルンハルトの指示?」
「……いや、俺の独断」
「じゃあ今すぐ帰して」
私はハリードをきっと睨み付けた。
「お前が一人の身体なら何も言わなかった。だがもう、お前一人の身体じゃねぇだろ」
「それでも!何も言わずに黙って連れて来られるのは納得いかないよ。私にできる事は少ないかもしれないけど、私も一緒に戦いたい」
筆頭夫人を目指すなら、ベルンハルトと肩を並べたい。
何もせずにただぬくぬくと守られてるだけじゃ、ただの夫人と変わらない。
確かに一人の身体ではないけれど、だからと言ってただ守られてるだけなんて嫌だ。
しばらくハリードと睨み合ったあと、先に折れたのはハリードだった。
「〜〜〜〜ああ、もう、わあったよ!」
「よっし!じゃあ食べたらすぐ帰るから」
帰れると分かったらお腹減ってきた。
悪阻はだいぶおさまってはいるけれど、今のうちに食べておかなきゃよね。
「……相変わらず、豪快に食べるくせに所作はきれいだよな…」
「なあに?」
「あんでもねぇよ。さっさ食え」
相変わらず口が悪い男だわ。
でも、この男がいなかったら、私は今生きていないかもしれない。
そう思えばちょっと複雑。
「そう言えば」
この際聞いておこう。
「なんだ」
「傍系王家の筆頭に会いたいんだけど」
食べながらお行儀悪くはあるけれど、早く帰りたいから飲み込んだあとで口を開いた。
「会ってどうする」
腕を組んで壁に背を付けたハリードは私を横目で見てくる。
「筆頭夫人になる承認が欲しくて」
ハリードが傍系の中でどれだけの地位かは分からないけど、筆頭が誰かくらいは知ってるだろう。
とりあえず会ってみない事には話もできない。だから傍系筆頭がどんな人なのかもハリードが知ってる範囲で聞いてみたい。
「筆頭夫人になってどうすんだ。今まではのほほんと生活してたが筆頭になれば王の執務から外交から一部担う事になる。
ただ飾り付けて笑ってりゃ楽だろうに、何でわざわざ面倒なモンになりたがるんだ」
ハリードの言いたい事は確かに分かる。
今までみたいにミリアナ姉様とお茶して、本読んで、勉強して、昼寝して、刺繍刺したり、鍛錬したり。
そんな生活の方が絶対に楽。
頭使わなくていいし楽しい事だけしてればいいから。
でも。
「守りたいものができたから、かな。
お腹の子も、ベルンハルトも。
ミリアナ姉様も、ザラ様たちやザイード様とか。その為に力が欲しくなった。
今の私じゃ守れないかもしれない。ベルンハルトに沢山負担がいく。でも、それじゃ嫌だ。
自分の事も、お腹の子も、みんな、私は守りたい」
手っ取り早く権力を欲するのはよくある事、よね。目指せるなら手にしたい。
「んないっぱい守れっかよ。お前の手は二本しかねぇだろ。守りたいっつっても所詮そんくらいしか無理だ。
右手で腹の子、左手で陛下。あとは見捨てなきゃいけねぇ。チカラがあっても何もできねぇときはできねぇぞ」
ハリードは痛いのを我慢するみたいな顔をした。まるで昔嫌な事があったのを思い返しているみたいに。
「私、欲張りなの。両手が塞がってたら、足も使う。口でも掴めるかな。
私の身体で足りなくなったら、助けた人に手伝って貰えるかな。甘いかな」
冷静にその姿を思い浮かべるとちょっと間抜けな格好だな、って思うけど、背に腹は替えられない。
「……お前……、やっぱ、なんか……」
くっくっくっ、とハリードは肩を震わせる。
人が真剣な話をしてるのに失礼な!
白いパンをちぎって口の中に放り込み、苛立ちまぎれにパンを食べる。
「……陛下の事、好きか」
ぽつりと、聞かれる。
「ええ、大好きよ」
ハーレム王のくせに、誰からも愛されてなかった男。
ハーレム王のくせに、誰を愛してもいなかった男。
ハーレム王なのに、私を抱き締めて眠る男。
私はきっと、一見クズだけど、見捨てられない男に弱いんだろう。
気付きたくなかったな、自分の好み。
でもベルンハルトは私に一途であろうとしてくれている。変わろうとしてくれている。
だから、愛しくなる。
「合格だ」
「えっ」
「陛下を頼む。幸せにしてやれ」
「そりゃ、言われずとも二人で幸せになりますが……?」
今まで無表情だった男がフッと笑った。
……なんか、言い方が引っ掛かるけど、とりあえず私は目の前に出された食事を全て食べ終えた。
「ごちそうさま!よし、お腹いっぱい!
赤ちゃんの栄養も補ったところで。
私を宮殿に案内してもらいましょうか」
「ああ、分かった。……勝手に連れて来てすまなかった」
ハリードは頭を下げた。
「あなたが私を思ってしてくれた、という事で相殺しましょう」
悪気があったわけでもないみたいだし、確かに一人の身体では無いから過保護になるのも分かる気もしないではない。うん。
まあベルンハルトに相談はしてほしかったかな、とは思うけど。
「じゃあ帰るか……───ッ!?」
ハリードが手を差し出した瞬間、ピリッと空気が変わった。
私でも分かる、この屋敷に向けられた殺気。
「だ、れ、なに、これ……」
「大丈夫だ、お前は陛下のもとにちゃんと返してやる」
ハリードも殺気を放ちながら、けれど優しい声で私に触れる。
いつの間にか屋敷の中に黒ずくめの人達が散らばり、窓や出入り口に配置されている。
いつも思うけどいつの間に来てるの!?
「こいつらは傍系王家だ。いわゆる王家の影。俺の配下でもある」
「配下?」
「敵はどれくらいだ」
無視された!
「約30くらいですかね。バフィール家の精鋭が来てますよ」
バフィール家?
「第一夫人の家か。狸の悪あがきか?」
「ちょっと!どういう事?」
ハリードはチラリと私を見て、バツが悪そうな顔をした。想定外なんだろう。
「バフィール家……第一夫人の実家につけられてたんだろう。王の子を宿したお前を狙いに来たらしい。
お前を守るとか言いながら、まんまと罠にかかっちまったみてぇだ。すまんな」
「んなっ……にそれ、あんた、嘘でしょう!?」
私を安全な場所に、って言いながらその実危険に晒すなんて本末転倒じゃない!
「ほんと、申し訳ない!あとで土下座でも何でもする。今はここから無事抜ける事だけ考える」
ハリードが言うやいなや、バリン!と窓が割れた音がした。
影たちは一斉に散って行き、応戦する。
「ミア、こっちだ!!」
ハリードに手を引かれ駆け足で出入り口に向かう。
ダン!と玄関扉を開け一歩進めると、目の前にヒュンと矢が飛んできた。
「おやおや、影のオニイサンと逃避行しちゃったの?」
現れたのは、最近よく見る浅黒い肌と黒髪黒目の男。
「あなたは……」
「覚えてらっしゃいますか?第四夫人」
にやりと笑う、その男。
月影旅団の、ファルーク。
「ファルーク、早く行くわよ」
更にその後ろから現れたのは。
黒い髪を靡かせた、微笑みを絶やさない美女。
「ミア夫人、抵抗は懸命な判断ではなくってよ」
「フラヴィア様……」
第二夫人である、フラヴィア様だった。