仮面舞踏会
月明かりが霞むくらいの煌々としたきらびやかな屋敷の前に馬車を着けた。
ドレスの裾を摘み、御者の手を借りて馬車から降りると視界が開けてくる。
あんなに行くのを渋ってたのに、いざ会場を目の前にするとなんだかわくわくするなぁ。
……いや、だめよ。私がそんなワクワクするとかしちゃだめ。
でも。
これで最後。明日からは行かない。
よし。
いつまでもウジウジしない。
今日はめいっぱい未来のぶんまで楽しもう。
じゃなきゃせっかく連れて来てくれたイベリナお姉様に失礼だもんね。
「ミア、受付あちらですって。行きましょ」
普段子どものお世話を優先させてるお姉様は今日はきれいに着飾ってる。
あたしもお姉様のドレスを借りておめかししてみた。
アクセサリーは、ネックレスはお姉様のを借りたけど。
イヤリングだけは自分の一番大事なとっておきを着けてる。
アランに貰った、ダイヤモンドの小さなまぁるいイヤリング。
お願いの御礼にってねだって買ってもらった唯一のもの。
どんな服にも合わせやすいように色が無いものを選んだ。
いつでも身に着けたいから。
でも、貰って着けないままに失恋してしまったから身に着けるのは最初で最後になるかもな……。
そうこうしてるうちに受付に並んで。
テーブルに並ぶ色んな仮面を見ていた。
……仮面?
「お姉様、今日ってもしかして」
「あれっ、言ってなかったったけ?仮面舞踏会よ」
聞いてませんけど!?
仮面舞踏会ってあれよね。いかがわしいあれよね!?
もう私そういうの遠慮したいんですが!
というかお姉様はいいの?
未亡人だから?
「……ミア。仮面舞踏会って言ってもいかがわしいものじゃないからね?」
信じられないわよ!
仮面舞踏会っていったらオトナのアレソレ込みじゃない!
私は思わずお姉様をじろりと睨んだ。
「大人の社交場なだけよ?もう、色々言わないの。ほら、どの仮面にする?」
そんなお姉様は私の視線を気にもせずに、サンプルとして飾ってある様々な仮面を指してどれにしようかな、と選んでる。
……絶対、そういうコトに及ばないように気を付けなきゃ。
結局私は猫の仮面をして入場した。
お姉様はうさぎ。
入場してから主催者へ挨拶したあとはそれぞれで分かれた。
「わああ……」
きらびやかな衣装、むせ返るような香水の匂い。
そこかしこで艶めく男女のアレコレ。
アレコレ……
やっぱりいかがわしいじゃない!!
イベリナお姉様に文句言ってやらなきゃ。
そう思ってお姉様を探すけど既に見当たらない。
うさぎの仮面の女性なんてそこらじゅうにいる。
同じ色のドレスも。
雰囲気で違うって分かるから声も掛けられない。
途方に暮れた私は仕方なくソファに座り軽食をつまんでいた。
考えてみれば夜会なんてまともに出席したのは初めてかもしれない。
令嬢として夜はあまり出歩かなかった。
──アランに呼び出されればのこのこと着いてったけど。
ってまたアランの事!
自分の策略にハマって振られて、自分の兄が好きな子の婚約者になったのにウジウジ未練たらしく引きずってるくせに。
『責任取る』って義務感だけで言ったあいつの事なんか思い出したくないのに。
ドレスをぎゅっと握って胸の痛みをやり過ごす。
それでも無くなってくれない想いから逃れたくて、私は初めて果実酒に手を伸ばした。
それはとても甘くて美味しくて。
ふわふわして気持ち良くなって。
つい、おかわりしてしまって。
気付けば足取りもおぼつかなくなっていた。
流石にマズイかな、と思って理性を総動員させてお姉様を探すことにした。
きらびやかなホールの中、仮面の男女をかいくぐり、目当てのお姉様を探す。
だけどほんっとどこに行ったのかしら、全然見つからない!
初めてこんなとこに来た成人したての従姉妹を置いて行くなんて!
お姉様は確か、白いうさぎの仮面だったはず。
……ピンクだっけ?黒ではなかったような。
ちょっと曖昧になってるけど見れば分かるはず。従姉妹だもの。
ドレスは確か紫……
赤だっけ?青やっけ?
あれ?
何か思考がふわふわするなぁ。
そんな感じでフラフラ歩いてたら、よろけてしまって見知らぬ人にぶつかった。
「あっ、すみません!」
あまりによろけすぎて、顔から倒れそうになってしまった拍子に耳からイヤリングがこぼれ落ちる。
丸くて小さなそれは誰かの足で遠くにやられ、危うく失くしてしまう!と思ったら。
獅子の仮面をした男性の足元でピタッと止まった。
男性がそれを拾い上げると、私に差し出した。
「…ありがとうございます。とても大事な物だったので助かりました」
イヤリングを受け取ると、手元に戻ってきた事に安心して顔が緩んだ。
アランから貰った大事なもの。
多分、最初で最後の……。
「レディ、宜しければ今日の出会いに話でも」
目の前の男性が紳士的に誘って来る。
私は目をぱちくりさせた。
お姉様を探さなきゃ、とは思うけど、闇雲に探しても見つからない。
歩き回って疲れもあったし、私は男の手を取った。
男との会話は楽しくて、今日が最後と思って羽目を外してしまった感は否めない。
気付けば私は勧められるまま果実酒をあおった。
けど、ふとお姉様の存在を思い出し、マズイと酔いも冷めてくる。
「わたくしっ、しょろしょろ帰りまー!」
覚束ない足取りで立ち上がり、ふらりとしたのを男から支えられた。
果実水の感覚で飲んでたけど、こんなに足に来るもんなの!?
これは本格的にまずい。
どうにか残った理性を掻き集め、必死に立とうとするけど足に力が入らない。
「……全く、世話の焼ける。休憩室に行くか」
休憩室……。
すごく魅力的な響き。
ベッドに横になって泥のように眠りたい。
私はそれだけを頭に、男に支えられながらのこのこと休憩室へ足を向ける。
やがて休憩室に入ると後ろで鍵をかける音がした。
それを気にする間も無く、視界に入るベッドが輝いて見えた私は吸い寄せられるように布団にダイブした。
ああ……ふかふかで気持ちいい。
えへへ~~お布団最高……!
なんて、ふわふわした思考は、男から貰った口づけで霧散する。
え
今何したこの人?
おずおずと見やれば妖しく目を細め、自身の上着を寛げながら私を見ている。
その表情は色気たっぷりで、彼が今から何をしようとしているのか何も言わないでも分かってしまった。
(……バカだ私は……。何やってんの……──)
自分の浅はかさとバカさ加減に呆然としていると、男は私をじっと見てきた。
「私をお抱きになりますの?」
私は。
これからされるのは愛される為の行為ではないと知っている。
ただ男女の欲をぶつけ合うだけの、虚しいものだと。
だって、初めて会った二人が酔った勢いでとか、
遊ばれるよくあるパターンじゃない。
こんなんで抱かれるなんて。
好きでもない人なのに。
だから男に聞いた。
名前も知らない目の前の男に。
すると男は、
「レディの望むままに」
と案外優しい声で言い、私の手に口づけた。
ああ
もう、いいや。
愛し愛されるなんて、私には縁がなかったんだ。
アランに振られて。
アランを見限った私には。
遊ばれるくらいがちょうどいい。
そう思って、私は男の首に手を回し。
深い口づけを受けたのだった。
ミアの年齢設定は18ですが、この世界では成人しております。
なので、成人してからの飲酒は問題無い事になります。
読者様の世界でのお酒は20歳から。
それに満たない方は20歳になるまでソフトドリンクを選択して下さいね。