フラヴィア様といた男は
昼食のとき。
何事も無かったかのように現れたフラヴィア様。
ちらりと観察してみるけど、特に色気が〜とかは無く、いたって普通。
あの後おたおたしてる間にフラヴィア様たちを見失ってしまった。
まさか朝から見知らぬ男性を室内に招き入れたんじゃ、とか邪推してしまうけれど、決定的な瞬間は見れていない。
で、でもこれはいわゆる浮気……不貞?
と言うか、もしフラヴィア様が先程の男性といかがわしいことしてたりしたら……。
ベルンハルトが傷付くんじゃないだろうか。
誰かに裏切られたりしたら、悲しむんじゃないだろうか。
そう思うと迂闊には言えない。
ど、どうしよう。
かと言って私一人では抱えきれなそうだし。
「ミア」
「ひゃおっ!?」
慌てて声がした方を向くと、ベルンハルトが訝しげに私を見ていた。
「どうした?何かあったのか?」
「い、いえ、ただ、ちょっと考え事をしておりましただけでございます」
「……?まあ、いい。どうせ先程の話も聞いてないんだろう。
月影旅団が一、二ヶ月程滞在する事になった。
フラヴィアがかつていた旅団だ。
王宮内に滞在してもらうから夫人たちでもてなしを頼む」
月影旅団?
あの各地を転々としてる歌劇団?
その旅団の事はハーブルムの事を学んだときに教師から少しだけ話を聞いた。
何でも各地を回る歌劇団がいて、貧しい人に施しもしているそうだ。
「フラヴィアも懐かしい面々に会いたいだろう。彼らがいる間は楽しむと良い」
「お心遣いに感謝致します」
……ん?フラヴィア様?懐かしい?
何の事か分からなくて、ミリアナ姉様に目線で縋った。
「フラヴィア様は月影旅団のトップダンサーだったのよ」
こそっと教えてくれた。
えっ、フラヴィア様が月影旅団のトップダンサー!?
思わずフラヴィア様を見ると目が合ってにっこり微笑まれた。
そう言えばハリードが言ってたな。
フラヴィア様はベルンハルトが選んでここにいる。なるほど。
旅団の踊り子さんを見て一目惚れといったところかしら。
……ま、まあ、そんな事もあるわよね。うん。
月影旅団の人たちが滞在するようになって2週間程が経過した。
廊下を歩いていると月影旅団の方々をよく目にするようになった。
勿論、あの朝フラヴィア様と一緒にいた男性も。
あれ以来フラヴィア様と二人きりの場面は見ていない。
大抵一人で剣舞の練習をしている。
身体全体を使って剣をくるくる回したり宙に放って一回転してから後ろ手にキャッチしたり。
「わっ、すごい!」
思わず見入って拍手したら、その男性と目が合って一礼された。
浅黒い肌に黒髪黒目のその人は、剣を持ったまま私の方に歩いてきた。
思わず身構えてしまった私に不思議そうな顔をしながら近付いて来るけど、私の手には何も持っていない。けれど男の手には剣舞で使用した剣が握られている。
「ああ、申し訳ございません、第四夫人様。
この剣は練習用のもので、ほらこの通り刃こぼれさせておりますので危険はございません。
そんなに警戒なさらずともよろしいではありませんか?」
よくよく見てみると剣はみすぼらしく飾りも無く刃すらぐちゃぐちゃになったものだった。
「そ、そうなのね。でもいきなり武器を持ったまま近付いて来られると警戒するのは仕方ないと思うわ」
穏やかな笑を浮かべたままの男との距離が段々近くなる。
どうしようかと思うけれど、何だろう。この男、隙が無い。油断したら腸を喰われそうな、そんな感じ。本当にただの歌劇団員なんだろうか?
じりじり後ずさる私、ゆっくりと近付く男。
とうとう私の後ろが壁になったとき。
「夫人に無意味に近付くのは王への謀反と捉えるが良いか」
どこからともなく現れたのは、黒ずくめのハリードだった。
「嫌だなぁ、お近付きになりたかっただけですよ」
「それなら何故その剣を捨てない。刃こぼれしていてもただの飾りでも武器は武器だ。
そんな物騒なもん持ってちゃ夫人が警戒するだろう」
未だに男の手に握られたままの物を指し、ハリードは無表情に見据えた。
「これは……とんだ失礼を」
カラン、と剣が放られ、地面に転がった。
それを見てようやく息がつけた気がする。
「第四夫人、怖がらせてしまい申し訳ございません。
私は月影旅団の団員、ファルークと申します。以後よろしくお願いしますね」
胸に手をあて、男は一礼した。相変わらず胡散臭い笑み。
「あなたの剣舞は素晴らしいものでした。旅団に一層の繁栄がありますように」
「ありがたき幸せでございます」
恭しく言い、男は距離を取ってから放り投げた剣を拾ってその場から離れた。
十分に離れたのを見届けてから、私は深く息を吸い吐き出す。ようやくホッとして。
それから心臓バクバクしだした。
「怖かったなら助けを呼べばいいだろう」
私の様子に呆れたようにハリードは口を開いた。相変わらず口が悪いな。
「うるさいわね。忘れていたのよ、あなたの存在を」
「長らく毒見までしていた恩人を忘れるとは、平和ボケしてんじゃねぇの」
「失礼ね」
確かに蜜月中は鍛錬サボりがちだったけど、復活してからはちゃんとやってるし。
確かに毒を盛られる事は無くなったけど、それでも少しずつ増やして耐性訓練は続いてる。
毒見役はお断りしてるけど、訓練のおかげか今のところ体調に変化は無い。
たまに変な味するな、とは思うけど、許容範囲内だ。
「まぁいいや。身の危険を感じたら呼べば来るから」
真剣な表情のハリード。なんかいつもと感じが違う……?
もう、何なの。
さっきのファルークとかいう男といい、ハリードといい、何でこんな威圧してくるの。
ストレスを感じてか、胃がムカムカとしてきた。
「……どうした、お前、顔色悪いぞ」
「何でも無いわ。部屋に帰って休むから放っといて」
「部屋まで送る」
ハリードを突っぱねて部屋へ向かう。
その間中、ずっと胃がムカムカしてとうとう吐き気まで出てきた。
早く部屋に行きたいのに足取りは重い。
「──っおい!!」
どこかで誰かが叫んでる。
私はフラリと地面に身体が吸い込まれる感覚がして、とっさにお腹をかばった。
自分でもその行動の意味が分からなかったけれど。