元失恋令嬢はハーレム王を愛する
ああ、窓から入る陽射しの眩しさよ。
朝告げ鳥の鳴き声を聞いたのはどれくらい前の事か。
いや、頭の中がバカになってるわ。私は毎日聞いている。それを合図に寝ている。このままでは、朝告げ鳥がおやすみ鳥に改名してしまうわ。
毎日毎日何であんなにバカみたいに体力有り余ってるのあの人は!?
しかも何でそんな無尽蔵に頑張れるの!?
ハーレム王だから!?
一夜で何人も相手にしてきた事があるのか知らないけれど、ハーレム王だからこんな毎日ハッスルできるの?
自慢じゃないけど私は元子爵令嬢。
カラトリーより重たいものは持たないか弱い令嬢だった。……いや、扇子とか持ってたな。それは置いといて。
とにかく体力なんて武器の訓練の時にちょっと基礎をするくらいであとは基本的にダンスの練習くらい、動くのは。
でも最近は鍛錬が疎かになってるし。
だめだ。今のままでは。
けれど王命で『俺の子を身ごもれ』って言ってたな……。
つまり子ができるまで今のまま……?
ブルっと体が震えた。
確かにいつかは産みたいと思う。けど、こんな、私の意思を無視したような形では嫌だ。
その夜、私は夜着では無く普通のドレスのままベルンハルトを待った。
「……どうした。湯浴みはしていないのか」
「話がしたくて」
「……なんだ」
私はベルンハルトに向き直る。
薄暗い部屋の中で金の瞳が妖しく光って吸い込まれそう。この瞳に見つめられると抗えない気がするけど、私はぐっと自分を奮い立たせた。
「私はベルンハルトと、その。夜のこと、したくないわけじゃないよ。
でも、今の状態は嫌なの」
スッと細められる金の瞳。
心無しか部屋の空気も冷たくなった気がする。でも、負けてはいけない。
「朝、目覚めて隣にあなたがいないのが嫌。
一人で遅い朝食を頂くのも。
今のままの生活で、せっかく鍛えた身体が鈍るのも嫌だし、何よりベルンハルトの寵愛を受けるだけのお荷物になるのが嫌なの」
毎日夜を一緒に過ごし、他の夫人たちの所へ行かないのは嬉しい。
いらない嫉妬しなくていいのは苦しくならなくて良いけれど。
「私はあなたの支えになりたい。
その為に勉強してきたし、鍛錬も……まだまだ弱いかもしれないけれど、自分もそうだけどあなたを守りたくてやってる。だから」
そこまで言うと、ベルンハルトはふわりと私を抱き締めた。
湯浴み後の石けんの香りが鼻をくすぐる。
「……すまん。今までは自制できていた、というかそういう事に対して何の感慨も無かったが、お前に対しては自分でも歯止めが効かないんだ。
バカみたいにサカッてるのは分かってる。
だが、ミアが愛しくて、次から次へと欲望が溢れてくる」
苦しくなるくらい強く抱き締められてるのに、その声はまるで縋るようで。
「私を愛してくれてるのは分かるよ。でもね、私はもっとあなたと話したい。
そういうコトだけじゃなくて、触れ合うだけとか、そばにいて、今日あった事や感じた事を話したいの」
やがてベルンハルトは身体を離し、私の頬に手を添えた。
瞳にはギラつくような欲望は無く、ただ労るように、優しい瞳がそこにあった。
「そうか。……確かに最近は話す事もあまり無かったな。昼間も滅多に会わないし、夜だけ来ればいいと思っていたのは否めない」
「私は娼婦ではありませんので、夜だけでいい、とは遺憾ですわよ」
「娼婦とか、そんな事は微塵も思ってないぞ。
だが、ミアだけを蕩けさせたいとは思っていた。だが、そうだな。
これからは話もしよう」
そうして、私の瞼に口付けを落とした。
それから二人でソファに座って他愛のない話をする。
今日はどうだった、とか、ご飯はこれが美味しかった、とか。
庭の花がどれが見頃で、どれがもうすぐ咲きそうだとか、そんな、日常の話。
話していると、ベルンハルトはウトウトしだしたのでベッドに促した。
「ミアも着替えて来いよ。今夜は何もしないから」
今にも眠そうなベルンハルトは、一日の政務で疲れきってるはずなのに、毎日あれじゃ、体力もたない。
それもあって、断る事も大事だと思ったんだ。
「じゃあ、着替えて来るね。先に寝てていいから」
「ん……待ってる……」
まるで無防備で甘えん坊で。本当に年上の人なんだろうか?って思いながら、私は着替えに衣装部屋に入った。
侍女の介添えはいらないドレスだったのでパサリと脱ぎ、用意されていた夜着を羽織る。
今夜はただのネグリジェ。透けてないやつ。
衣装部屋から戻りベッドに近付くと、ベルンハルトはすーすー寝息を立てていた。
待ってるって言ってたのに、なんて思わず苦笑してしまうけれど、こうして何の憂い無く安心して眠れる場所になれているのは私の中での誇りになっている。
だがら、私は守りたいのだ。
ベルンハルトが安心して無防備になれる場所を。
それが私のそばなら、私はベルンハルトのそばにいる。
それが、私の愛し方。
「おやすみなさい、ベルンハルト」
眠る愛しい人の頬に口付けを落として、私もその隣に滑り込んだ。
すると無意識なのか、ベルンハルトは私の体に腕を回す。
右腕は私の首の下に。
以前は私の背中から回されていた腕は、今は向き合う形で回される。
ベルンハルトの胸に顔を寄せ、心地良い温かさに幸せを感じながら微睡んだ。
この時だけは、私はただ一人、彼に愛されていると思える。
実際にはまだ夫人がいて、閨はしてなくても触れ合ったりはできる距離。
嫉妬が無いわけではない。チリリと痛むものはある。
でも、それでも。
この人のそばを離れたくないし、この腕の温もりは誰にも渡したくないと思ってしまうのだ。
いつか、もしもが叶うなら。
私だけを見てほしい、私だけを愛してほしい。
そうして私は夢の中へ落ちていった。