遅い蜜月
今日も陽が高くなって目が覚める。
身体は心無しか重たい。
声を出そうとしても掠れて出ない。
私、ミア・ハーブルム第四夫人は近頃、大変に完全に怠惰な一日を送っております。
これじゃダメでしょ!
武器な鍛錬も、語学やハーブルムの勉強もようやく使えるまでになってきた。
そろそろ『夫人』としての仕事をしないとこのままだとただの穀潰しになってしまう。
ベッドから這い出て、用意されていた遅めの朝食……というか、早めの昼食をいただき、軽く湯浴みをしてたらもう太陽は真上に来ていた。
ちなみに当たり前だけど目が覚めた時にはベルンハルトはいない。
あの人睡眠時間大丈夫なのかしら?
「あら、んふふ〜、ミア、こんにちはだね」
それでも勉強だけは欠かさずしようと思って、ミリアナ姉様の部屋にお誘いに来た。
「ミリアナ姉様……、その含みのある笑い、やめてください」
「あははっ、何か嬉しくってね〜、つい」
何が嬉しいのかが分かるから逆に居た堪れないのよね……。
私はただただ恥ずかしい。
「最近すみません、怠惰な日々になってしまって。……これじゃだめですよね」
働かざるもの食うとか厚かましい、と、誰かが言ってた気がするわ。
それに私の少ない矜持が許さない。
でも。
「いいのよ〜、ミアは今夫人として大切な役割を担ってるんだから」
「そ、そうでしょうか?」
ミリアナ姉様は何てこと無いみたいにニコニコしてる。
でも遅い時間に目覚めて、起きた時にはベルンハルトはいなくて、勿論みんなとの朝食の時間に間に合わなくて。
一人で食べる食事が味気ないのもあるんだよね。
それもこれも全て……。
毎日隅から隅まで愛されて勿論嬉しいけれど。
何でそんなにベルンハルトは体力あるのってくらい、私一人が翻弄されてる気がする。
限度ってものがあるでしょう!?
でも、ミリアナ姉様がいう『夫人としての大切な役割』って何だろう。
「あ〜〜、若い身空から伯母さんになるのかぁ。楽しみにしてるわねミア♪」
あっ。
「今のうちに産着縫い始めようかしら」
ゔっ。
「どちらでも私にも関わらせてねっ」
あーあーあー!!
そういう、そういう事!
気付かなかった。
私はただベルンハルトに愛してると言って、愛してると言ってもらえて、その延長でしか考えてなかったから。
うわわわわわわ。
意識したら段々顔が熱くなってきた。
「やだミアったら何だか色っぽいわ。女の私から見てもどきどきしちゃう」
ミリアナ姉様が口にぎゅって握った手をあてる。
そんな事言われても、ねっ、ねぇ!
「でも、冗談抜きでこんなに毎日召し上げられる夫人も今までいなかったし、その日は近いと思うわ」
その言葉に私は戸惑うしかなかった。
その夜も色気をまとったベルンハルトがやって来た。
流れるようにベッドに誘われ、膝に乗せて口付けから始まる夫婦の時間。
けれど。
「ベ、ベルンハルト、あの、今夜は、ちょっと、手加減を……っ」
夜着を脱がされかけた手を制した。ここで止めないと気付けばお昼前になるから。
「……なんだ」
ベルンハルトはお預けを食らった猛獣みたいに目を座らせて私の手のひらに口づけたままだ。
壮絶に色っぽくてドキドキするけど負けちゃダメだ、頑張れ私!
「ここ最近、毎日起きたら陽が高くて、何も出来てないの。勉強も疎かになってるし、それに、そろそろ私もお城の事とか、ベルンハルトの手伝いとかできたらと思ってるんだけど」
ちらりと見ると、ベルンハルトはキョトンとした目で見ている。
「ミア、ハーブルムの制度は男たちで成り立っている。基本、女性が政治に介入する事は無いよ」
それは知っている。
基本的に夫人たちは飾りというか、権力の象徴のようなもの。女性たちを着飾り愛でるのがハーブルムの男らしい。
だけど、私はただ愛でられるだけは嫌なのだ。
せっかく勉強したり訓練した事は活かしたい。
今のところ、毒耐性訓練しか役に立ってない皮肉なままでは何か嫌なのだ。
「表立ってする事はしなくても、サポートとか、ほら、あるでしょ」
「俺はそんな事よりミアと愛し合っていたい」
きりりとした顔でそんな事言われて思わずニヤけてしまうけど、でもダメ。ここは強気でいかなきゃ。
「なら今夜はしない」
ベルンハルトからの誘いをぐっと堪えて断る。
それが面白くないのか、目を座らせて口を尖らせた。
「……はぁ、分かったよ」
「ベルンハルト!それじゃあ」
喜々として彼を見やるとニヤァと笑まれた。
えっ、なんか、不穏な感じ。
「ハーブルム王第四夫人ミア」
「へっ、は、はいっ」
「ハーブルム王ベルンハルトがそなたに命ずる」
こ、これは王命!?逆らっちゃいけないやつ!
私は思わずごくりとつばを飲み込んだ。
何を言われるんだろう。
真剣な顔をした私に、ベルンハルトは目を細めて笑う。
「王の子を身ごもれ」
……えっ
何を言われたのか瞬間的に理解できないうちに私はベルンハルトに押し倒されて。
やっぱり気付けば目覚めた時にベルンハルトはいなくて。
今日も重だるい身体を引きずるのだった。