悲痛な叫び
「血が繋がっただけの父と兄たちは、民に圧政を強いていた。重税に苦しみ街は荒れ食べ物を巡って諍いが絶えなかった。
だがこの王宮内では新鮮な食べ物に溢れ酒に溺れる。気に入らないものは排除し断罪する。
俺はそれを見過ごせなかった」
私の後ろにいたベルンハルトが静かな声で告げた。
家庭教師から聞いただけの話だけど、実際ベルンハルトがやって来たと知ると何だかずん、とお腹の辺りが重くなった。
「言えば、良かったではありませんか。
なにも殺すこと無いではありませんか!!」
「言って聞くような奴らならああまでに酷くなってないだろう!?」
約三年間で異国から来た私の目に見た感じ、何の問題も無いところまで復興した。
おそらくまだ問題はあるのだろうけど。
それでもベルンハルトが頑張ったんだろう、って事は感じる。
あの孤児院の子どもたちが笑っていたから。
「それでも、ルートヴィヒ様の命を奪うなんて!!
返して、私の婚約者を返してよ!!」
「愛してるなら何をしてもいいんですか!?」
私はザラ様に向かって叫んだ。
「愛してるなら、愛してる人が悪い事するのを見逃しても、いいのですか?」
それは間違い。私には分かる。
かつて、あの子が傷付くと分かってて、私は好きな人がやる事を容認していた。
けれど、それはやっちゃいけない事。
やってしまった事で誰かが傷付くなら、それは悪い事だ。
愛する人が悪い事をしようとするなら、それを止めないといけない。
それが本当の愛だと、今なら分かる。
「自分のした事で誰かが傷付くなら、それは間違いです。
ルートヴィヒ…様のした事で民が傷付き、多勢が苦しんだなら、罪は償わねばなりません。
言ってだめなら、ベルンハルトの実力行使も、私は仕方ないと思えます」
ちらりとベルンハルトを見やると、驚いた顔をしていた。
私が誰かの命を奪った事を肯定したのが意外だったかな?
「仕方ないとか、そんな……。
だって、あの方しか、私を必要としてくれる方は……」
ザラ様は力無くその場に崩れた。
床に手を付き、ブツブツと何かを呟いている。
「……ベルンハルトは、あなたを大切にしていたのではありませんか?」
「……陛下が私を?……ありえないわ」
「あなたと、その。閨を共にしたり、少なくとも蔑ろには扱ってなかったと、思うんです」
…………自分で言っててなんだけど、ちょっと自分の言葉にグサッてきた。
うん、蔑ろでは無かった。閨も、普通にあったし。私が来た初日に指名してたし。うん。
「……別に私を愛していたわけではないでしょう?」
「えっ」
ザラ様に言われてベルンハルトは虚を突かれたみたいな顔をした。
「あなたのミア夫人を見る目と、私を見る目、全く違っていましたわ。
フラヴィア夫人やミリアナ夫人とも違う、目。……思えば、輿入れからすぐに第二夫人を迎えられ、更に第三夫人。そして、異国から第四夫人…、私が愛された事は無かったんだわ……」
ザラ様はそのきれいな顔を歪ませた。
……なんか、ザラ様に同情してしまうな。
愛していた人を失い、愛してもない人と結婚させられ、しかも第二、第三と次々と夫人を迎えられたら、うん。私も嫌だわ。
「ザラ様、私があなたを愛します」
「はっ?」
「ベルンハルト酷いですよね。ザラ様から愛する人を奪ったのに、アフターケアも無いとか」
「えっ」
私はベルンハルトをきっと睨んだ。
「ザラ様が私を恨む気持ちも何となく分かりますよ。だから、今回は私に免じてお咎め無しでお願いします」
私はベルンハルトに頭を下げた。
毒の後遺症か、まだ少しふらつく。でもここはちゃんとしないとカッコ悪い。頑張れ私。
ザラ様もベルンハルトは暫く黙ったままだった。
けれど。
「ミア夫人、あなた……、バカなの?」
ザラ様の脱力した声。私はザラ様の方を向いた。
「バカではないと、思ってます。でも、ザラ様の気持ちも何となく分かる気がするから。
それにザラ様にはザイード様がいます。
子どもから母親を取り上げる事は避けたいな、って」
ハッ、とした顔でザラ様は私を見た。
瞳は潤んでいるけれど、涙は溢れていない。
「これからはザイード様の為に生きてください」
王位に就けたいなら、ベルンハルトがそれを容認しているなら、私はなにも言わない。
彼なりの罪滅ぼしでもあるのかもしれないから。
「……ザラ、二度とミアの命を脅かさないと誓えるか?」
「私から何かをする事は今後ないと誓いましょう」
「分かった。……離縁は保留とする。ザイードの為に仕えよ。今の所継承権第一位はザイードだ。母としてしっかり見てやってくれ」
「賜りましてございます」
ザラ様はベルンハルトに頭を下げた。
その様子を私は満足気に見てぺたりと座り込んだ。
うん、ちょっとやっぱまだキツイわ。
「……ミア夫人、その、悪かったわ」
バツが悪そうな顔をしてザラ様が謝罪する。
「今度ザイード様とお話してみたいです。
ザラ様立ち合って下さい」
「考えておくわ」
素直じゃないザラ様に、私は苦笑いした。
そして、ベルンハルトを見たら何だか安心して。
「ミア!!」
私は再び意識を手放した。
温かい手に支えられ、ふわりと浮遊する。
ああ、安心する。
私の居場所はこの腕の中なんだって実感する。
ねえ、ベルンハルト。
目が覚めたらあなたに伝えたい。
大丈夫だよ、って。
あなたのしてきた事、迷いがあるなら私が支える。
みんなが敵になっても、私だけは味方になるよ。
だから、泣かないで──。