夢現、幻(ゆめうつつ、まぼろし)
8/11に「疑惑と気付き」「最低な嫉妬」を挿話しています。
そちらを先にお読み下さい。
【side ベルンハルト】
ミアが毒を食べた。
俺が口に入れた物だが、あの場で何も食べないのは余計目を付けられるから1つだけ放り込んだ。
先に毒見して、これくらいならばと思ってすぐに連れ出したが意識を失った。
「ハリード、解毒剤を」
「これに」
「ミアの毒見訓練は中等程度までいってたんじゃないのか」
「そのはずです」
初夜明けに毒を仕込まれて、それに憤ったミアは自分のせいで誰かが犠牲になるのを嫌がり、自ら耐毒性を付ける為毎日微量の毒で体を慣らしていた。
今ではちょっとやそっとじゃ身体に異変など現れないはずだ。
あれ以来度々毒は仕込まれていたがどれも弱く害にはなっていないが必ず交換はさせていた。
今日はザラとの茶会で、茶や菓子を準備するのはザラだ。
あいつの事だ、菓子は実家から持ってこさせたやつだろう。
紅茶を混ぜる時は銀のスプーンを使うようにと言って渡していたが、ミアは菓子には手を付けていなかった。
だがもてなされる者が全く手を付け無いのは敵意があるとみなされてしまうため、1つは食すのが暗黙のルールなのだ。
自然な形で口に入れすぐに連れ出したが、ミアは意識を失ったのだった。
解毒剤を飲ませる必要があるが、ミアは起きない。
仕方なく俺は口移しで飲ませる事にした。
こくりと喉がなり嚥下した事を確認してホッとした。
顔色は悪くない。あとは目覚めを待つばかり。
【side ミア】
夢を見ていた。
私は学園に通っていて、ディーンとかアランもいる。
なぜかディーンの元婚約者の子もいて、アランのお兄さんと腕を組んで学園に通っていた。
そんな二人を男二人は悔しそうに見ていた。
すごく不思議だったのは、私はアランを久しぶりに見た気がするのに何の感情も湧いてなかった事。
懐かしいな、元気だったかな、って昔馴染みにあった気分はあるけれど、それだけ。
あの時必死にしがみついてたのに、あれだけ姿を見るだけで切なくなってたのに。
『ミア』
私を呼ぶ声がする。
目の前のアランの口が私の名前をかたどる。
けれど、違う。私の求めるのはこの声じゃない。
場面が暗転した。
周りは真っ暗で何も見えない。
こわくなって私は夢中で駆け出した。
『ミア』
誰?
私を呼ぶのは誰なの?
『ミア』
分からない。
必死に走るけど、足が動いているようで動いてないような奇妙な感覚が気持ち悪い。
そもそも走っているのか、歩いているのか感覚が掴めない。
助けて。誰か──。
苦しい、こわい、寒い、やだ、死にたくない!
息を切らせて走って行く。
どこまでも暗い世界。
ふと、目の前に一筋の光が見えた。
必死に手を伸ばすと力強く握られる。
『誰っ』
『ミア!』
唇に触れる温かいなにか。
喉元を過ぎて行く冷たい感触。
次第に呼吸が楽になって、息苦しさが無くなった。
──ああ、助かったんだ。
私を助けてくれたのは誰?
『ミア……すまない。俺が不甲斐ないせいで……。目を覚ましてくれ』
切ないような、絞り出すような声。
聞いているこっちが悲しくなるような。
目を覚まさなきゃ。
どうやって?
目を開けるだけでいい。
どうしたら?
戻らなきゃ。
どこに行けば?
先程の光がかぼそく差した。
私はそれを追いかける。
『……ミア、愛してる』
その言葉を聞いた瞬間、胸がぎゅーっとなった。
嘘よ、あなたは誰にでも言ってるじゃない。
『愛してる……』
ザラ様にも、フラヴィア様にも言ってるんでしょう?
『お前を失いたくない』
私がいなくても、他の女性が沢山寄って来るわよ?
『お前の代わりは誰もいない』
──あなたは、私を必要としてくれるの?
『ああ、レアンドル・クレールの言う通りだ』
アランのお兄さん?何か言ったの!?
『俺はお前以外いらないんだ……』
それは……
『だから、目を覚ませ、ミア』
ベルンハルト!!
私はここにいるわ、あなたを一人にしない。
戻らなきゃ、どうにかして。
ああ、でも、今日はだめ……とても眠くて、目を開けられない……。
でも、必ず戻る。
ベルンハルトが私を必要としてくれてるなら、それに応えたい。
まだ自分の気持ちに自信は無いけれど、それでも私はあなたの事が──
そこまで思考して私は意識を手放した。
それから何度も意識下で目覚めて眠ってを繰り返し。
ようやく眩しいくらいの光に目を開けた時。
私の視界いっぱいに心配そうな顔をしたベルンハルトが映り込んだ。
「ミア!戻ったか!!」
「ベルン……ハルト…」
「良かった……」
私の手をぎゅっと握り、肩を震わせた。
もしかして、待っていてくれたのかな?
私の目が覚めるまで…?
「…ベルンハルト……ありがとう……」
「すまない、ミア……、俺が見誤った。思った以上に強力なものだったらしい」
「…いいよ、あの場で何も食べないのは、敵意とみなされるから……。どうしよう、って、思ってた」
「お前は優しすぎる」
ベルンハルトがあまりにも泣きそうな顔をするから、私は重い手を伸ばす。
その頬に触れ、ひと撫でした。
「あなたが来てくれて良かった」
そう言って、なんとか笑った。
ベルンハルトは私の手を取り、口付ける。
その様を見ながら、私は再び意識を手放した。