【閑話】第一夫人ザラ
『いい加減にしろ。これ以上害を成すなら考えないといけなくなる』
白々しい事この上無い。
元々私の事など考えても無いくせに。
けれども私は引く訳にはいかない。
あの方の忘れ形見を王座に着ける為にも。
「ははえ」
「ははうえ、よ」
「ははう~」
「ザイード、真面目にやってちょうだい」
つい声を荒げてしまった。
案の定、ザイードは声を上げて泣き出した。
ああ、頭に響く甲高い声。
けれども私の大切な我が子。私はそっと抱き締めた。
私が唯一愛した男の子。
実家に疎まれ政略結婚の駒としか見られていなかった私は、父に強引に推し進められハーブルム王太子であったルートヴィヒ様の婚約者となった。
ルートヴィヒ様は立太子前より女性遊びが激しく、また気に入らない臣下を手討ちにするなど悪虐の限りを尽していた。
「筆頭になれ、ザラ」
父に言い含められていたけれど、ルートヴィヒ様からは「つまらない女だな」と言われた。
だから私はルートヴィヒ様に気に入られるように努力したわ。
常に流行を取り入れ、全身を磨き上げ、王太子妃として恥ずかしくないような振る舞いは勿論、ベッドの上でも彼を満足させられるように通常であれば『はしたない』とされる事も覚えた。
するとルートヴィヒ様は私を一番寵愛して下さるようになったわ。
例え私の見てる前で他の女性と交わろうと、私以外を優先させようと、ルートヴィヒ様は私の全てだった。
初めてだったもの。
誰かに必要とされるのは。
だからあの日。
医師の診断を受けて喜んで報告に行った日。
「ザラ様!王城は危険です!すぐご実家にお戻り下さい!!」
馬車で正門に乗り付けた私は取り次ぎに行った侍従が慌てて帰って来たのを見て胸がざわめいた。
すぐさま正門は封鎖され、中を伺い知る事は出来なかった。
「ルートヴィヒ様は……陛下は安全なの?」
「分かりません……、ですが中では侍女やメイドが逃げ惑っていると聞きました」
「そんな……何かあったのよ。馬車を止めて、ルートヴィヒ様たちの元へ行かなくては」
「なりません。ザラ様は安全な場所へ」
「これは命令よ!」
「王太子殿下の言伝です!!
『ザラは生きろ』と……」
侍従の言葉を聞いて私は笑ってしまった。
ルートヴィヒ様が、私に生きろ、とおっしゃった?
嘘だわ。
あの方がそんな事を言うはず無いもの。
私が傷付いて涙しても、嫌だから止めてと言っても愉快そうに笑っていたわ。
『一緒に苦しめ』と、常に、言われたわ。
私を胸に抱きながら、別の女性と口付けを交わし、私の目の前で臣下の首を刎ねたあの方が!!
誰かを思いやる言葉をかけるわけが無いわ……。
けれど、もしそれが本当ならば。
私は力無く腕を下ろした。けれども行き場を彷徨わせた右手は無意識にお腹に触れる。
その夜、父が帰宅して、王位簒奪が行われたと言った。
「陛下がハーレム外に産ませた庶子が陛下と王太子殿下たちの首を刎おった」
厳しい顔をしたお父様の言葉は、どこか遠くに響いた。
陛下と、王太子殿下の、首を……
なに、……?
刎ねた……?
『ザラは生きろ』
ぶ、わっと背筋が粟立った。
ルートヴィヒ様は知っていたの?
まさか、そんな、本当に。
侍従の口から出任せでは無くて、本当に、そう……おっしゃった……?
私の双眸から次々と溢れる。
ぼろぼろと止めどなく。
「う、そ、嘘よ、嘘だわ、そんな……嘘」
ルートヴィヒ様との思い出が走馬灯のように甦る。
『つまらない女だな』
『俺はお前など必要ない。……ああ、その肉体を差し出すなら食らってやるぞ』
『お前が婚約者か……。せいぜい励めよ』
『バカな女だな。何故そこまでする』
『ザラ、来い。受け入れるならば』
『お前は生きろ』
「あああああああああああうぅ……ぅぁ………」
ルートヴィヒ様……ルートヴィヒ様ルートヴィヒ様ルートヴィヒ様
「ザラ、泣いている暇は無いぞ。お前はそのまま新王の婚約者となる」
父のその言葉に、目を見開いた。
「無理ですわ。ルートヴィヒ様を弑した男の婚約者になどなりたくありません」
「これは命令だ」
「どうしてそこまで王室に拘るのです?」
「お前には関係ない」
「では私も関係ありません」
「親に歯向かう気か?……ではその腹の子を流す事にするか」
実の父とは思えない発言に目の前が真っ暗になった。
悔しくて腸が煮えくり返りそう。
でもこの子は流させない。ルートヴィヒ様の大切な子。
「……卑怯だわ」
「聞き分けが良くて助かるよ」
そうして一月後、私は愛する人を弑した男と結婚し、抱かれた。
その初夜で懐妊した事にして、ザイードを産んだ。
父にも、誰にも邪魔はさせない。
簒奪者は他にも夫人を娶った。
呪ってやる。
夫人誰も懐妊しないように。
あの方の無念は私が晴らすの。そうして私は取り戻すのよ。ザイードを玉座に座らせてやるわ。
だって、私を愛してくれたのは
後にも先にもルートヴィヒ様だけだもの。
簒奪者が連れて来た異国からの夫人。
女としての勘が働いた。
あの子は危険。
早めに廃しないと、足元をすくわれるような感覚がする。
簒奪者があの子を見る目が違う。
……寝所で私に愛を囁いてもやはり嘘なのだと分かる。
熱が違うもの。
行為の最中に心ここに非ずのように意識を飛ばす。
あの子には情熱的にするのかしら。
甘く溶かし、心からの愛を囁き、愛を乞うのかしら。
……ああ、面白くないわ。
私は愛する人を奪われたのに、貴方は誰かを愛するの?
とても滑稽だわ。
だから私は毒を盛る。
貴方も愛する人を奪われる虚しさを、悲しみを、怒りを。
その身で知ればいいのよ……。