ザラ様からの誘い
8/11に冒頭部分を書き増しています。
ベルンハルトが他の夫人を抱いたとて、私の日常は変わらない。
目覚めて、何の会話も無く普通に朝食を頂いて。
何か言いたげなベルンハルトを執務に送り出して。
そんな変わらない日常にやって来たのはザラ様からのお茶会の招待だった。
『夫人同士で語らいたいわ。是非いらしてくださいね』
はい、みなさん。こんにちは。
そんなわけで今、私は対面にニコニコ笑顔のザラ様、左側に優雅にティーカップを持ち上げるフラヴィア様、右側によそ行き顔のミリアナ姉様という配置で午後のお茶会に来ております。
宮殿の庭に設置されたテーブルには様々なお菓子が並んでいまして。
それはそれは美味しそうで思わず手を伸ばしたくなりますが……
なんせこのお茶会の主催はザラ様。
おいそれと口に入れるわけにもいきません。
ですが、ミリアナ姉様はぱくりと食べています。
くっ、うらやましい。私も食べたい……。
まさか私が食べようとするもの全てをハリードを呼んで毒味させるわけにもいかず、せめてと持たされた銀のスプーンで紅茶を混ぜるのが精一杯。
うん、一応変色しないみたい。
流石に全てに手をつけないわけにもいかなかったから恐る恐るティーカップに口を付けた。
よし、大丈夫みたい。
「ねえミアさん」
「ひゃいっ」
危ない、ティーカップを落とすとこだったわ。飲んでる時にいきなり話し掛けるのはご遠慮願いたいのだけど。
「あなたがここに来てだいぶ経つけど、そろそろ慣れた頃かしら?」
優雅な笑みを浮かべるザラ様。
来た当初はこの笑みが心強い、なんて思ってたっけ。
「ええ、お気遣いありがとうございます。皆様よくして下さるのでとても楽しく過ごさせて頂いております」
私も負けじと笑みで返す。
ステラ叔母さまに習った必殺笑み返し。ミアは遺憾なく発揮して参ります!
「『役に立たないから毎日遊んで暮らしてるならさぞかし楽しいでしょうね』」
おっと来ましたハーブルム原語。
フラヴィア様に目配せすると口元を押さえてる。
ミリアナ姉様をチラリと見やると顎で示された。
「『未熟者で申し訳ございません。お姉様方に負けないよう、日々精進して参りますわ』」
にこりとハーブルム原語で返すと、ザラ様は目をまんまるに見開いた。どうよ!日々の成果、ここにありだわよ!
「【ま、まぁ驚いたわ。少しは役に立てるように努力してるのね】」
この言葉はっ!
『ミア、ハーブルム原語の他にもいくつかの言語を学んでおきましょう』
『えっ、どうしてですか?』
『おそらくザラ様は周辺各国の言葉を駆使して来られるわ。その時言い返せたら気持ちいいじゃない?』
ミリアナ姉様グッジョブだわ。さすがミリアナ姉様……褒める語彙力が欲しいわ。
「【私もいつまでも遊んでるわけにもいきませんので。はやく陛下やお姉様方に並び立てるよう努力して参りますね】」
これにはザラ様は驚いたようで、ワナワナと震えていらっしゃる。
けれどもさすが、いわゆる高位貴族出身だけあって、すかさず表情を取り繕った。
「ごめんなさいね、ミアさん。あなたを試すような事をして。とても努力なさっているのね」
「いえ、まだまだお姉様方の足下にも及ばないと思っていますわ。これからも尽力する所存です」
バチッと火花が飛び散った気がする。
けど負けるわけにはいかないわ。
この国で生きると決めたからには、嫌味の応酬くらい受けて立ちましょう。
私はおもむろにお菓子に手を伸ばした。
ミリアナ姉様がぎょっとしてる。
フラヴィア様も一瞬顔を強張らせた。
仕込んであるのね。
お姉様方何とも無い様に召し上がってらっしゃるけど、間違い無いのね。
訓練の成果がどれくらいかは分からないけど、ここで食べて無事なら毒も意味なしとして今後仕込まれないんじゃないかと思った。
あとハッタリにいいかな、って。
沢山あるお菓子の中から一つ選んで口に持っていく。
その手をぐい、と引っ張られ、私の指先ごとばくりと食べられた。
「!?」
何が起きたか分からず戸惑う。けれど、手首を持つ力強い手は、見覚えがあるもので。
「ベルンハルト!?何しに来たの!?」
思わず大きくなった声に様々な反応が返ってくる。
明らかに睨んでくるザラ様、ワクワクしてるミリアナ姉様、我無感心を貫くフラヴィア様。
しまった、名前呼びしてしまった!
「面白そうな事やってるって聞いてな。休憩がてら見に来た」
ぺろりとお菓子のクズを舌で舐め取るベルンハルトは何だか色気の塊で。
ちょっとドキリとしてしまったわ。
「俺も混ざろうかな。ああ、いい」
侍女が椅子を持って来ようとしたのを右手で制し、ベルンハルトは私をひょいっと抱き上げ膝に座らせた。
「!?!!?」
驚き過ぎて声も出ない。
あー、ミリアナ姉様、そんなきらきらした目で見ないで下さい。何だか恥ずかしいです。
しかも正面からすっごい視線を感じるし。
うん、見ないでおこう。
「ほら、ミアこれ食えよ」
「むごっ!?」
ベルンハルトに口に入れられたのは小さなカップケーキ。
一口サイズのそれを咀嚼するとほんのり甘くて美味しい。
「美味いか?」
極上の笑みを浮かべるベルンハルトに対して何も言えず、無言のままこくこくと頷いた。
「ミリアナも食えよ、フラヴィアも」
そうして手ずから口に運んでやるベルンハルト。
……うん、奥さんだからね。仕方ない仕方ない。
自分に言い聞かせてもどこかで面白くなくてベルンハルトの服の裾をぎゅって握った。
「なんだ?ヤキモチか?」
「別にそんなんじゃ……」
「そうかそうか、では後は二人で部屋で語らうとしようか」
「へっ?」
ワケノワカラナイ事を言って、私を横抱きにしたままベルンハルトは立ち上がった。
「ザラ」
先程とは違う、低く冷たい声。
「いい加減にしろ。これ以上害を成すなら考えないといけなくなる」
だけど悲しみを帯びた切ない声。
ちらりとザラ様を見ると、ぴんと背筋を張って私たちを見据えている。
その表情からは何も伺えない。
けれど、瞳は僅かに揺れていた。
声を掛けようとしたけれど、ベルンハルトに横抱きにされたまま私は部屋を出る事になった。
足早に廊下を歩き、ベルンハルトが何かボソボソ言っているのを聞きながら。
何故か私の意識は闇に落ちて行った。