疑惑と気付き
8/11に割り込み投稿しています
「あっ」
ミリアナ姉様と一緒に庭を散歩していると、ザラ様と小さな男の子が目に入った。
男の子はザラ様に一生懸命話し掛けている。
ザラ様は笑顔で応えているけれど、時折その子に何かを叫んでいるようだった。
「あれがザラ様と陛下のお子様ね。ザイードだったかしら。確か、3つにおなりよ」
ミリアナ姉様がこっそり耳打ちしてくれた。
今の話し方だと、ベルンハルトの子ではない、とは知らない感じ……?
ザイード様はザラ様の周りをおぼつかなく歩く。
あ、でも振り返って手を繋いだ。ザイード様も嬉しそう。
「ちゃんと、お母さんしてるのね」
私に毒を盛るような事はしても、息子は慈しむ。なんだかどこかでホッとした。
「今の所陛下のお子様はザイード様だけだからね。継承権第一位よ」
……ベルンハルトの子ではないけれど良いのかな……。
あ、でもベルンハルトのお兄様の子だから、問題無いのかな…。
「ミリアナ姉様、亡くなった王太子殿下は直系?」
ベルンハルトが弑した兄王子との子がザイード様なら。
「ええ、亡くなった王太子殿下──ルートヴィヒ様は先代陛下と第一夫人の子。つまり直系ね」
それなら、彼は玉座をザイード様に返そうとしてるとか?
「……ルートヴィヒ様がどうかした?」
「えっ」
考え込んでしまった私にミリアナ姉様が訝しみながら問い掛ける。
「あ、いえ、その。ルートヴィヒ様にお子様はいらっしゃらなかったのかな、って」
女好き贅沢好き悪虐の限りを尽くしたと聞いている。きっとさぞかしウッハウハーにヤリたい放題だったに違いない。
そしたら手を付けた女性何人かは身籠ってもおかしくないのでは?と思った。
「それが意外にもいないのよ。婚約者はザラ様だったんだけどね。
ザラ様以外と、その……する事はよくあったけれど、避妊はしていたらしいわ」
その言葉に私は言葉を失った。
放蕩の限りを尽くした兄王子の子を唯一……。
きっと周りから見れば悪虐な王太子でも、ザラ様の中ではもしかしたら違うのかもしれない。
すぐバレそうなのにベルンハルトの子だと偽って。ベルンハルトもそれを黙って見て見ぬフリをしてる。
ルートヴィヒ様は直系だと言っていた。
それならば、ベルンハルトは直系に玉座を返上しようとしているのかもしれない。
………そしたら、私と子ども作るとか、無い、な。
きゅっとドレスを握りしめ唇を噛んだ。
ベルンハルトとはまだキス止まり。
これから先、閨を共にする事はあるんだろうか。
正直自分の気持ちは曖昧だ。
狂おしい程、自分を貶めてまでも欲しかったアランに対する気持ちとは違う。
でも、どこかで歯止めがかかってる。もう傷付きたくないから。
それにベルンハルトも無理強いはしない。
無理矢理とかは無い。嫌だと言ったら止めてくれる。……大人だからかな。
アランとする時は……幸せだったけど、どこか心に穴が開いたみたいで虚しかった。
好きな人に抱かれてる筈なのに、苦しくて。
──ああ、多分。
する場所が空き教室だけだったからだ。
そういった意味ではディーンとなら宿屋とかもあったから、そっちの方がまだマシだったのかもしれない。
私はディーンを利用してた。
アランは私だけじゃなかったから。
策略に協力するフリして、心の隙間を埋める為ディーンと一緒にいた。
今思えば最低だな……。
もう快楽の為だけの虚しい行為はしたくない。
できれば身も心も満たされたいし、その結果がもたらす実りも欲しい。
愛し、愛されたい。
誰でもない、ベルンハルトから──。
「……っ」
途端に私の心臓が早鐘を打ち出す。
「どしたの?ミア、急に黙り込んだと思ったら顔真っ赤よ?」
「ど、どうしよう、ミリアナ姉様」
「なになにー?どしたのー?」
「わ、私、ベルンハルトが、好き、みたいです……」
きょとんとしたミリアナ姉様。
紺碧の瞳を瞬かせる。
「そっか!やっとか〜」
にっこり笑って私の肩を抱き、頭をくっつけてきた。
「分かってるよ〜、ミア、ずーっと陛下を見てるもんね」
「えっ?そ、そうですか?」
そんなに見てたかな?自分では何か実感無いや。
そうこうしてるうちにザラ様たちは遠くへ行ってしまった。
声をかける機会を失ったけれど、今度ザイード様とお話してみたいな。
その日の晩餐もベルンハルトと二人だけ。
いつかの会議室の隣の部屋で、二人分のカラトリーの音がやけに響く。
「そろそろ他の夫人とも食事を一緒にしてもいいんじゃない?」
心配してくれるのは嬉しいけれど、このまま夫人たちと接触が無いのもダメな気もする。
「お前に毒が盛られなくなったら戻してもいい。だが今はだめだ」
という事はまだ……。
私は思わず溜息を吐いた。
「不満か?」
「へっ、あ、いえ、……まあ」
「俺はお前を心配している。常に側にいれるわけじゃないからな」
「うん、それは分かってる。ありがとう」
「……不甲斐なくてすまんな」
とても不服そうにベルンハルトは言う。彼も今の状況はあまり良いとは思ってないんだろう。
夫人同士の諍いがおさまらないのは王の力が弱いからとも言える。
「守ってくれてありがとう」
それでも、私を守ろうとする彼の気持ちは素直に受け入れたい。
好きだと気付いたから。
今はこの優しさに甘えたい。
「ね、ねぇ、ベルンハルト……その」
食後のお茶を飲む段階になって。
私は意を決して想いを告げようとしていた。
そんで、今夜は、一緒にいたいと。
「こ、今夜はどうするのかな、って」
ベルンハルトも毎日夫人の所へ行くわけじゃない。今日がそうなら、と聞いてみた。
けれど。
「ああ、……すまん、今夜はフラヴィアのもとへ行く」
がつん、と頭を殴られた感じがした。
最近ずっと一緒にいてくれるから忘れかけてた。
やっぱり、この人は、ハーレムの王で。
ちらりと見るけどあまり悪びれては無い。──それが普通。
「あー、でも、ちゃんと戻って来るから」
何も言わない私を不審に思ったのか、慌てて付け足す。
「あ、うん……。いいよ、気にしなくて」
何でもないふうに装うけれど、心は暴風みたいに荒れていた。
「じゃ、じゃあ、またね!」
「ミア!」
私は部屋を出て行った。
このままだと嫌な女になりそうだったから。
急いで足早に自室へ向かう。
大丈夫、慣れたもの。
けれど、なぜか涙が溢れて止まらなかった。
乱暴に拭いながら、私は足を止める事なく自分の部屋に入り込んだ。