ベルンハルトの特別
新婚旅行という名の視察から帰って来て、ベルンハルトとの距離が少しは近くなった気がする。
結局私達は結ばれてはいない。
ま、まあ。あの後どこからともなくベルンハルトの側近のジュードさんがやって来て、緊急の用が出来たって帰ることになったし。
というかあの人……ハリードもそうだけど、いきなり現れるの心臓に悪いから止めてほしい…。
帰って来て、その夜は遅くまで執務室にこもってたみたいだから結局私も寝てしまった。
それからは何だか有耶無耶になっちゃって。
ベルンハルトは他の夫人の下へ行ったりしてる。
べ、別に気にしてない……。うん、普通よ普通、よくある事だと言い聞かせる。
もう、グズグズしてる暇は無い。
選ばれないからって枕を濡らしても、選ばれないものは選ばれないんだ。
例え毎夜、ベルンハルトが他の夫人の元へ行っても何でもないふりをしないといけない。
そうだ。最後には私の元に来るんだ。
ベルンハルトは私の元で寝る。
それに私は昼間忙しい。
相変わらず訓練は続けているし割と夜はくたくただ。だから、ベルンハルトと話すのは朝食の時くらい。それも短い時間、視線を絡ませる。
く、口付けだって、うん。……うん。
今はそれだけでいい。
私もまだ、気持ちの整理がうまくついてないから。
いつか、ちゃんと整理を着けたら。
そのときは……
その、とき、は。
ん"、ん"っ。
ま、まあ、いつになるかは分からないけれどね!
「ミアは特別だと思うけどなぁ」
「そうですかね……。でも私にやってる事他の夫人にしてるんじゃないかと思うと……」
「嫌なんだ?うん、発音きれいよ」
「嫌、と言うかチラついて身体が無意識に拒否してしまうというか。ありがとうございます」
ミリアナ姉様とおやつを食べながらハーブルムの言葉で会話する練習。
数カ月も経てば毎日の練習の成果はそれなりに出て来る。
「他の夫人のとこ行っても朝にはミアのとこで起きるんでしょ?」
「う、ん、まあ、起きたら、どアップで顔が目に入る、かな。」
「それね」
ミリアナ姉様はうん、と鼻息を荒くした。
「私、陛下の寝顔見た事無いよ」
お菓子に手を延ばそうとした私の手が思わず止まる。
「多分、他の夫人もね。閨終わったら後始末してから自分の部屋に早々に帰ってたわよ。ああ見えて警戒心強いの。」
「でも、ベルンハルトは……」
「わぉ、名前も呼んでるの?」
ミリアナ姉様は目をキラキラさせてる。
「ベルンハルト……陛下が、呼べって言う、から……」
「なあんだー、すっごく特別じゃないの〜」
ミリアナ姉様は両手を合わせて喜んでる。
それからニッコリ笑った。
「もう気付いてるよね?陛下が誰にも名前を呼ばせてない事」
「夜とか、気分が昂ぶったりしたら……」
ミリアナ姉様は静かに頭を振った。
それは、つまり、否定。
途端に鼓動が早くなる。
「うそ、だって」
どうしよう、嬉しい、かも。いや、嬉しい。すっごく、嬉しい。
「どんなに女性を酔わせても、陛下は冷めてるわ。盛り上げる為に愛の言葉を囁く事はあっても、気持ちは無い。
信じてないの、多分ね」
ミリアナ姉様の憂う顔を見てハッとする。
ハーレム外の愛妾に産ませた子ども。
実の父は勿論、母からも省みられなかったベルンハルトが愛を信じられなくても仕方ないのかもしれない。
「幼い時から何にも興味無くて、執着も無かった陛下が自ら連れて来たのがミアなんだよ」
「……そう、なんだ…」
ベルンハルトの中で、私は特別になれたって。
他の夫人とは違うって。
信じてもいいのかな…。
「自信持って。ね、ミア。あなた、筆頭夫人になる気、無い?」
その言葉に思わず目を見開いた。
ヴェーダに行った時もメイラから言われた。
ベルンハルトとの仲が深まる度に意識しだしていた、筆頭夫人の座。
漠然としたビジョンが薄らと先に見えた気がして私は押し黙ってしまった。
「もしミアが筆頭夫人を目指すなら、私はあなたの後ろ盾になるわ」
ミリアナ姉様は力強く微笑んだ。
「で、でも……」
「筆頭夫人になる条件は知ってる?」
条件なんてものがあるの?
もちろん私は知らないからふるふると頭を振る。
ミリアナ姉様はにっこり笑う。
「条件は四つ。
一つ、夫人の後ろ盾の確保。
一つ、議会の承認。まあ、議会は後ろ盾がしっかりあれば割と承認は貰える」
ごくりと喉が鳴る。
多分どの夫人も同じ条件を満たしていると思った。……私以外。
「そして残り二つが満たす為に難しいんだけど。
一つ、傍系王家筆頭の承認。
一つ、王家筆頭……つまり陛下の承認」
傍系王家?
って何だろ、初めて聞くな。
「ベルンハルト…陛下の承認は分かりました。ミリアナ姉様、傍系王家とは何ですか?」
ミリアナ姉様は天井を見上げる。
「時々、どこかからやって来る彼らがいるでしょう」
「ええ」
「彼らが傍系よ」
「えっ」
てことは、つまり。
ベルンハルトに付き従っているジュードさんや、毒味役任せられてるハリードとかがそれになるの?
「傍系は、ハーレム夫人に産ませた子にあたるのね。あ、ちなみに陛下が王位に就いたのは彼らの意思でもあるからね」
筆頭になるには、ベルンハルトの許可とハリードたちの許可がいるのか……。
いや、そもそも私には何も無いからなぁ。
例えベルンハルトや傍系王家がいいと言っても後ろ盾が無い。
「ミリアナ姉様、私にはそもそも後ろ盾がありません……」
目を伏せがちになった私とは裏腹に、ミリアナ姉様はにやりと笑った。
「ミア、私の家があなたを後援するわ」
「えっ」
ミリアナ姉様は真剣な顔をしている。
その様子に私はごくりと唾を飲み込んだ。
「私はいずれハーレムを抜けようと思ってるの。陛下も理解してくれてる。父も説得した。だから、私の家があなたの後ろ盾になる」
私の胸が痛んだ。ミリアナ姉様がいなくなったら、私は……。
「ミリアナ姉様がいなくなるのは嫌……」
「やだミア可愛い!……でも、ごめんね。私はもう決めたの。私もいつか、誰かを愛し、愛されたいと願ってしまったから」
そう言ったミリアナ姉様の顔は美しくて。
優しくて強いミリアナ姉様に惹かれないベルンハルトはおかしいとか訳分からない思考に陥ってしまった。でもミリアナ姉様が本気になったらきっと勝てない。多分私は譲っちゃう。身を引いてしまう。
だって、大好きなお姉様だから。
幸せを願ってしまうもの。
「わた、し……やっぱりミリアナ姉様と結婚したかったぁ……」
「あははっ、可愛い事言ってくれるのね。嬉しいわ」
「わた、し、私は、ミリアナ姉様の幸せを、願って、います」
「……ありがとう。ミアの幸せも、願っているわ。……だから、さっさと陛下と身も心も結ばれてね」
にっこり笑う、ミリアナ姉様。
私はその意味を思い出して思わず赤面してしまった。
「あ……え、と」
「傍系王家から聞いてるの。ほら、王家の影として動いてるでしょ。だからたまに話聞いてるの。……ごめんね」
申し訳無さそうにしてるけど、笑った顔はごまかせてませんよ!?
あまりの恥ずかしさといたたまれなさに、あとでハリードをシメようと固く決意したのだった。