筆頭夫人になる……?
そんなわけでやって来た新婚旅行。
でも、何故だろう?
ベルンハルトの隣に私はいるんだけど。
すっっごく、密着されてるんだけど。
「よく来たな、ベルンハルト。今回はゆっくりして行くんだろ?」
「偉大なるヴェーダのハルム陛下と奥方にご挨拶申し上げます」
「今更堅苦しいのは止めろ気持ち悪い。
そちらは新しい夫人か?」
「ああ、第四夫人のミアだ」
ベルンハルトは私の腰を自分に寄せた。
近い、近いよ、近いー!
「偉大なるヴェーダの国王陛下と奥方様にご挨拶申し上げます」
「よい、楽にせよ。そなたは友人の妻だ。気楽に接してくれ」
そんな事言われても大国ヴェーダの国王陛下ですよ!
気楽になんて無理です。
緊張してわたわたしている私は、国王陛下の隣に座る王妃陛下と目が合った。
何だろう。
何だか慈愛と憐憫の眼差しを送られてる気がする。
でも、不思議と応援されてるみたいでちょっと照れる。
「メイラ、俺以外をあまり長く見つめるな」
何故か拗ねた国王陛下にぎょっとした。
ちょっと同士のニオイを察知しただけですよ?
「陛下」
「ハルムだ」
「ハルム様」
「ハルムと呼べ」
ナンカミタコトアルヤリトリダナー。
私はベルンハルトをちらりと見た。
その視線に気付いたのか、ベルンハルトは私にこっそり耳打ちして来る。
「あいつの愛は重いよな」
私に同じ事した自覚ない!?
いや忘れてるのかな?きっとそうだ、そうに違いない。
しばらくヴェーダの国王陛下と王妃陛下のいちゃいちゃ(気のせいか王妃の目が淀んでる?)が続く間、ベルンハルトもなぜか負けじと私の髪をくるくる巻いてみたり口付けてみたりしてる。
その間私はなすがままだ。
いつまでこのいちゃいちゃ合戦が続くのかな、と思ったら。
「ミア夫人、よろしければ私とお話でもしませんか?」
国王陛下の顔をぐいっと押しのけた王妃陛下が笑顔で誘ってくれた。
「メイラ、俺との時間は」
「ハルム…はハーブルム王と会談がありますよね」
「会談なんか……」
「大切な、会談が、ありますよね」
にっこりと、有無を言わせない雰囲気に、ヴェーダの国王は不満そうな顔だ。
けれど、それまで触れていた王妃陛下の頬からしぶしぶ手を下ろした。
「私はそなたには一生勝てないのだろうな」
むすくれっとした国王陛下はぷい、とそっぽを向いたけど、王妃陛下は彼を慈愛の眼差しで見ていた。
「また後程、存分に愛でて下さいませね」
そう言って、ちゅ、と頬に口付けると国王陛下はぴーぷーと口笛を吹く程機嫌が回復した。
な、なんて言うか、すごい。
これぞ手のひら転がし。もうころっころしてる。
私がアランから習ったのとはわけが違う。
つき…
また思い出して胸が痛んだ。
でも、不思議。
以前のような苦しさは無くて、ちょっとびっくりした。
そんな私の心の変化を察知してか、腰に回されたベルンハルトの手の力がこもった気がした。
「すみません、ミア夫人。お見苦しいところを見せてしまって……」
「えっ、あっ、いえ、すみません、お気遣いなく」
王妃陛下から頭を下げられてヒヤリとしてしまった。
ハーブルムでの私の身分はいわゆる『側妃』。
ヴェーダ国王妃陛下はご正妃様。だから私の方が身分は下だ。
つまり、ベルンハルトは『夫人』という名の『側妃』はいるけど未だに『正妃』の座は不在というわけで。
「ミア夫人、よろしければ私とお茶でもしませんこと?」
「へっ、えっ、と、」
ちらりとベルンハルトを見やると、一瞬目を細めて腰に回した手を解いた。
「行ってこいミア」
そう言って私をそっと前に押しやった。
「ありがとうございます、ハーブルム王。では参りましょう」
私はニコニコと微笑む王妃陛下に手を引かれ、謁見の間をあとにした。
「王妃陛下」
「メイラでいいわよ」
「では、メイラ様」
「様もいらないわ。メイラと呼んで。敬語もいらない。あなたとは友人になりたいわ」
微笑むメイラ様は優しい笑顔だけど、少しばかり寂しげだった。
「では、メイラ」
「私もミアと呼んでもいいかしら?」
「ええ、もちろんよ」
笑って返すとメイラはホッとしたように息を吐いた。
案内されたのはメイラの私室。
「座って」と促され座ったのはふわりと柔らかなソファ。
メイラが合図をすると、侍女が退席し少ししてからお茶を運んで来た。
「私ね、あなたとお話してみたかったの」
紅茶を含みこくりと喉を動かすと、メイラはそっと呟いた。
「結婚してどう?ハーブルム王は良くしてくれる?」
「あ、……ええ、とても、優しく……」
ベルンハルトは優しい。
まるで私を愛していると言わんばかりに。
「ふふ……先程のあなた達を見てるとあのハーブルム王がついに、なんて思ったわ」
私はメイラをきょとんと見た。
ベルンハルトが、ついに?何の話だろう?
「誰にも本気にならない王が、あなたを見る目がとても優しかったから」
誰にも本気にならないって、そんな、ベルンハルトは。
私以外にも『愛してる』と。
ズキリ……
先程とは比べ物にならないくらい、胸が痛んだ。
「ベルンハルトは……、陛下は。多分、他の夫人にも、言ってるわ。私だけが特別じゃない…」
ズキズキ……
また、痛む。
私は選ばれない女だというのは自覚している。
我ながらいつまでウジウジしてるんだ、って笑いが出てきそうなのを必死に飲み込んだ。
「ミア、顔を上げて」
私はそろそろと顔を上げた。
きっと酷い顔をしてるだろう。
「ミア、私の主観だけどね。おそらく、ハーブルム王にとって、あなたは特別よ。
何故なら、ハルムに紹介したのはあなただけだもの」
メイラは目を細めて笑った。
「今は他にも夫人がいらっしゃるかもしれないけれど。
でも、あなたはあなたの気持ちを大切にね」
私の、気持ち。
アランに失恋して、そんなに経ってないのにベルンハルトに惹かれてる。
自分でも移り変わり早いって思うけど、優しくて、毎日夜は抱き締められて眠ってたら、その温もりに縋りたくなるのは仕方ないと思う。
それに今は弱ってるから優しくされるのが沁みるだけ。
そう、思いたいのに、何だか心がもやもやする。
「ミア……、切ない顔してるわよ」
「だって…」
「だって、他に、夫人がいる、夜も、一緒に、義務かもしれないけれど、認めたら……」
私が辛いだけだ。
夫人達を平等に扱う男。
だから必死にこれは勘違いだと言い聞かせる。
また、好きになって、身を捧げて。
愛してもらえないのは辛いのよ。
「では、筆頭夫人になればいいわ」
私は目を見開いた。
筆頭夫人だなんて、それは。
「今のハーブルム王には筆頭夫人はいない。
ならばあなたがなればいいのよ。
あなたに、その気があるならば、私がサポートするわ」
メイラは微笑む。
筆頭、夫人。
それは、つまり。
ベルンハルトの正妻と言う事。
鼓動がドクドクと早鐘を打つ。
私が、つまり王妃に……?
「ゆっくり考えてみて。もしあなたに覚悟ができたなら、私に連絡して」
筆頭夫人……なんて、考えた事無かった。
私が、なれるものなのかな?
ぐるぐる回る頭の中を整理できないでいたら、扉を叩く音がした。
入室してきたのはヴェーダ国王陛下とベルンハルト。
「メイラ!後程来たぞ!」
気のせいか、頭に耳とお尻に尻尾が生えてるように見えるわ。
「ハルム…ちょっとうっとうし…」
ぎゅむぎゅむメイラを抱き締める国王陛下は本当にメイラが好きなんだなあ。
これはメイラが正妃様を押し退けたんじゃなくて、国王陛下がメイラにベタ惚れしたからメイラが正妃になっちゃったんだな、と思った。
でもメイラも何だかんだ言いつつ陛下の事が好きみたい?
そんな二人が羨ましくてじっと見てたら。
「見つめすぎだ」
ベルンハルトが私の視界を両手で塞ぐ。
大きくて、温かくて、ちょっとごつごつした男の人の手。
じんわり私の心に沁み渡る。
ああ、もう、これは
自分の気持ちに嘘つけないよ────
ヴェーダ国王ハルムと王妃メイラの馴れ初めが気になる方は
「褥を共にしたい陛下と、笑顔で拒否する側妃」
をお読み頂けると幸いです(*•̀ᴗ•́*)و