卒業するまでの事。
卒業するまでは地獄だった。
『アランなんかいらない』って言ったから純潔を捧げた責任での婚約はしなかった。
そんなんで婚約できても嬉しくない。
アランが別の人を愛しているのを知りながら結婚するとか不毛だし虚しすぎて絶対嫌だった。
じゃあディーンは、って言われたらもっと無かった。
そもそも私とディーンの間には愛情も何も無かった。そんな人と結婚しても楽しくないし、ディーンだって元婚約者をグズグズ想ってる。
そしたら私はもう結婚なんて絶望的だった。
──親にもバレたし。
「クレール侯爵家から内々に話があって、謝罪と慰謝料頂いたんだけど。
ミアちゃん卒業後分かってるよね?」
優しく笑うお父様の笑顔はゾッとする程怖かった。
「修道院行きか、30歳年上の男爵の後妻になるか、自分で働いてくか。卒業までに決めてね。
あ、淑女教育やり直しね。
これからステラのとこ行って性根から叩き直されてきて」
事実上の絶縁宣言だった。
ステラとはお父様の妹で、つまり私の叔母様である。
伯爵家に嫁ぎ、淑女教育の家庭教師として働く才女で、色んな家からお声が掛かっているくらい人気らしい。
「でも相手がクレール侯爵家の嫡男じゃ無くて良かったよ。弟の方なら噂が噂だしあちらにも非があるけど。あー怖かった」
なんてお父様の物騒な発言は右から左に流して、私はステラ叔母様の所へ行く準備をする為に自分の部屋へ向かった。
この国の貴族の結婚は純潔が前提だ。
他所の血を入れない為らしい。
そうで無いなら余程望まれての結婚以外無い。
うちは元々貴族では無く商人の出。ある程度の教育は受けたけど割と放任主義だった。
だから他のご令嬢に比べたら貞操観念は緩いかもしれない。
お父様なら気にしないかと思ってたけど、割と貴族の考えに倣ってるんだなぁ…。
溜息を吐きながら荷物を整理して行く。
卒業まであと1ヶ月を切っていた。
「ミア!待ってたわ」
ステラ叔母様の邸宅に到着して私を真っ先に出迎えてくれたのは叔母様の娘で従姉妹のイベリナお姉様だった。
「卒業までいるんでしょ?なんなら卒業してからもここにいなさいな」
ころころと笑うイベリナお姉様は未亡人だ。
お姉様の旦那様は騎士だった。
だけど先の戦で運悪く流れ矢に当たって亡くなってしまった。
なんてこと無い戦だったのに、小さな娘2人も残してあっさり亡くってしまい、暫くは茫然自失だったけれど。
『いつまでも泣いてたら娘達に心配かけちゃうわね』
と、母は強しで立ち直っていった。
今は実家であるクロデル伯爵家で二人の娘を育てる良き母として過ごしている。
「イベリナ、何ですか、はしたない。……ミア、よく来たわね。まずは部屋に案内しましょう」
「ステラ叔母様、短い間ではありますが、お世話になります」
一礼すると、叔母様は優しく微笑まれた。
「ミア、今後の事はゆっくり考えなさい。何なら私が30上の男性より良き縁談を見付けるわ。……とは言え後妻くらいしか無いのは覚悟して貰わなくちゃだけど」
申し訳無さげに言われて苦笑を返すしか無かった。
「ありがとうございます、叔母様。けれど、私はもう修道院に行くと決めています」
他の誰かに恋をするとか今は考えられなかったし、暫くは静かに過ごしたかった。
私の言葉に二人とも目を見開いている。
「……あんの男………」
怒りを顕にしたのはイベリナお姉様。
「イベリナ、抑えなさい。……ミア、お茶でも飲みましょう。いらっしゃい」
ステラ叔母様は相変わらず柔らかく微笑み私を包み込んでくれた。
ステラ叔母様の邸宅──クロデル伯爵家の応接間でお茶を飲む。
ゆったりと流れる時間はいつぶりだろう。
「ミア……貴女のした事は褒められた事では無いわ」
真面目な顔つきの叔母様が持っていたティーカップをソーサーに置いた。
お父様から話は聞いているんだろう。
またお説教されるのかな……。
私はぎゅっとドレスを掴んだ。
「でも。……きれいになった。傷付いて、それでも立ち上がろうとしている貴女は美しくなったわ。だから、修道院はやっぱり勿体無いと思うの」
弾かれたように顔を上げると叔母様は優しく微笑みお姉様はうんうんと頷く。
「卒業までよく考えて」
「叔母様」
私は俯いた。
「私は、自分の、事しか。考えて無かった。私の行動で傷付いた子がいるの。その子が今は幸せでも、本当なら付かなくて良かった傷なのに」
私の目から溢れたものはぽたぽたとドレスを濡らす。
「謝れてもない。謝っても、赦されない事を……したわ。自業自得なの。だからっ……
私は、幸せになっちゃ、ダメ……」
あの子から婚約者を奪った。
悲しい顔で私達を見ていたあの子の顔が忘れられない。
好きな人の好きな人。でも憎めない。
今の幸せそうな顔見てたら分かる。
あの子は絶対優しい子。
新しい婚約者に愛されて、幸せになれたみたいで良かったと心底思った。
でも、その笑顔を見る度私は自分のした事が赦せなくなる。
彼女の笑顔を奪った私が、傷付けた私が。
誰かに愛されて幸せになっていいワケ無いと思ったら、卒業後の行き先は修道院しか無かった。
そこで私のした事を償って、あの子の幸せを祈る。
もう、悲しい気持ちにならなくていいように。
いつまでも笑顔でいられるように。
「ミア……」
イベリナお姉様が私の背中を擦ってくれる。
「……ミア、間違いを認められるのはとても良い事よ。勇気ある事だわ。
でもね、罪を犯したから幸せになってはいけない事は無いわ。
貴女は自分の間違いに気付いた。気付けたのよ。
だから間違いは正せるの。繰り返さないように自分を戒める事もできるのよ。
ミア、貴女の未来を諦めないで」
「叔母様……」
叔母様は私を優しく抱き締めた。
泣きじゃくる私の頭を撫でる。
その優しさが、すごく心地良くて。
私は暫くその胸を借りていた。