【閑話】陛下と夫人たち
このお話は、ベルンハルトと夫人たちの関係を表現しています。
ただ、ベルンハルトが他の夫人と致す表現があります。
におわせ程度で直接的ではありませんが、苦手な方はご注意下さい。
また、妊娠に関してセンシティブな表現もあります。
こちらもご注意下さいませm(_ _ )m
ミアを自国に連れ帰ったその日召し上げたのは第一夫人のザラだった。
先代王の婚約者だったいわゆる高位貴族。
放置するわけにはいかない。
俺が先代王と王太子だった異母兄を屠った後、彼女の父親はそのまま娘を夫人に据えた。
裏で国を牛耳ろうとしているのがよく分かる古狸だ。
俺はハーレム外の庶子で担ぎ上げられたハリボテだった。
別に王位は欲しくなかったし、どうでも良かった。
だが先代王の暴虐は見過ごせるものではなく、付き合いのあった気のいい仲間たちは次々と処刑されていった。
そこで幼少時に世話になった宰相から言われ、王位を簒奪した。
その時すぐに寝返ったのがザラの父親だ。
時の為政者に媚を売る見下げた奴。
だからといって娘を無視して新しい夫人ばかりに目を向けていてはすぐに足元を掬われるだろう。
そう思って帰国後はザラを選んだ。
その後も度々召し上げた。
『王の寵愛は平等にある』として。
「お前はいつもすましているな。今夜くらいは乱れてみろ」
王として、妻を抱くのは義務で。
子を成す為だけの行為を夫人としていく。
ザラは子を産んだ唯一の夫人だ。
だがそれだけでは不安なのか、他の夫人を阻害する。
おそらく。
ミアを狙うのは父親の命を受けたザラだ。
第二夫人であるフラヴィアを娶った時にもミアと同じように狙われた。
第三夫人のミリアナの時も同じく。
二人は毒耐性があったので大事には至らなかったが、ミアには耐性が無い。
だからミアは俺が守らねばならない。
不思議だな。
他の女に比べても貧相な身体、大した身分でも無い。
でも、目が離せない。
何かに怯え、いつも俺が甘く囁いても目をそらし体を強張らせる。
何に傷付いた?
何故泣いている?
幾度と無く眠るミアに問い掛けたが返答は無い。
「陛下……何をお考えですの?」
「別に。お前はこっちに集中しろ」
行為の最中に他の女の事を考えるなんざ、俺も大概だな。
「愛しているぞ、ザラ」
「私もですわ、陛下…」
おそらくこれからもザラはミアを狙う。
ミアは自分の身を守る為毒耐性訓練や武器の扱いを習い始めた。
それでも毒味は外せない。
強毒に慣れたハリードにしか毒味役は任せられない。
おそらくミアは、自分のせいで誰かが傷付くのを良しとしない。
だから俺はザラから目を離さない。
例えこの行為が虚しく感じても、偽りの愛を囁き続ける。
「旅団からの報告は以上ですわ」
弓奏楽器を奏でながら、フラヴィアは語る。
「尻尾は出さぬか……」
目を閉じ、音に身を委ねるように、奏でる。
「むしろミア夫人を本気で廃して下さるならよろしいのに」
コロコロと笑いながら、弓を止めない。
俺は思わずじろりと睨んだ。
「冗談ですわ」
フラヴィアは再び演奏に集中しだした。
彼女は元は踊り子で、旅団の一員だった。
旅団と言えば聞こえはいいが、その裏では暗殺を請け負う集団だ。
彼女は俺を暗殺しに来た女だった。
『あらいやだわ、お目覚めですの』
『依頼人は誰だ』
『私口が硬いのがウリですの』
その攻防後、俺はフラヴィアを組み敷き、王の手付きにした。
『暗殺に来た女を手篭めにするなんて、最低ですわね』
『どうせ暗殺は失敗してるんだ。俺が保護してやるから協力しろ』
それからフラヴィアは保護目的で第二夫人に据えた。
あたかも『寵愛は第二夫人に移った』と見せかけてボロを出させる作戦。
当然ザラは荒れた。
そしてそれは、フラヴィアの懐妊が分かった時に悪化した。
『私を傷物にした責任は取ってくださいますか?』
『要件はなんだ』
『旅団への援助を』
ザラはフラヴィアに堕胎薬を盛った。
それにより子は流れ、フラヴィアは妊娠が難しい体となってしまったのだ。
ザラの実家を廃する為に犠牲にした女を今更解放などできず、そのまま第二夫人として置いている。
「陛下、あなたが罪悪感を感じる事はありません」
フラヴィアはいつも微笑む。
その微笑みが俺には責められているようで、痛い。
その後幾度となく身体を重ねても、ザラにもフラヴィアにも、俺の子ができないのは俺のせいなんだろうな……。
その後第三夫人としてミリアナを迎えた。
宰相としては娘を王宮にやりたくなかったようだが、ザラの実家と対立する派閥が声を上げた。それと、ザラを廃した後の後ろ盾が必要だった。
『まっさかあなたの妻になるなんてね〜〜』
こいつとは昔からソリが合わない。
水と油なんだろう。
『まっ、よろしくお願いします!』
グイグイ来るのも明る過ぎるのも苦手だった。
だが、そんなだからこそ、ミアの世話を任せた。ミリアナには裏表が無い。そこだけは信用できる女だ。
ミアを迎えたあと、ミリアナを夜に指名した時。
「陛下、私はこれ以降陛下とは閨をしない事をお許し下さい」
床に膝を付き、手は前にして頭を垂れたミリアナは言った。
「理由は何だ」
ゆっくりと頭を上げ、俺を見つめる。
「陛下がミアを連れて来たからです」
言っている意味が分からなかった。
だがミリアナはにっこりと笑った。
「ミアは、きっと陛下にとって特別な御方になります。私の勘です」
腕を組み、うんうんと頷く。
ミリアナの母の家系は勘が鋭く、様々な分野で占いと称して活躍している。
ミリアナ自身も昔から勘が良かったのは知っていた。
「あ、でも一応建前として全く寝所に召されないのは不都合もあるので、適当に過ごしたらミアのとこに行って下さい」
「お前はそれでいいのか」
「はい。私はミアを好きになりました。あの子には笑顔でいてほしいのです」
「そうか……」
「あの子を守る役目は私にお任せください!」
どんっと胸を叩くと、ミリアナの胸が揺れた。
惜しいとは思わなかった。
どちらかと言えば同士とか友人のような関係だったから。
しかし。
ミアが、俺の特別……。
『ただ一人だけが欲しい。他の女性などいりません』
いつかのレアンドル・クレールの言葉がよみがえる。
当時の俺には理解できなかった言葉が何故か引っ掛かる。
ザラにも、フラヴィアにも、ミリアナにも感じた事の無い様な感情。
「お前の気持ちは分かった。……ミアのとこに行く」
ミリアナは目を輝かせて喜んだ。
何故だろうな。
あのふわふわな髪が。
猫のような女が。
やけに心に残る。
ミアの部屋に忍ぶと、既に眠っていた。
俺は起こさないようにそっと隣へ身体を滑らせる。
輿入れから三ヶ月が経過した。
子を孕んでいる形跡は無いが、俺はまだミアを抱いていない。
「全く、お前だけだよ」
「……むにゃ」
俺が来ても健やかに寝息をたてるミアが何だか腹立たしくて、でも悪くない感じで。
ずっとその寝顔を見ていたいような、そんな穏やかな時間。
くすぐったいような、もどかしいような。
「早くお前を抱きたいよ、ミア」
その日もミアを後ろから抱き締め、俺は目を閉じた。