信じてもいい人。
あれから三ヶ月が経過した。
相変わらず毒耐性訓練、短刀捌きの訓練、ハーブルムの歴史にハーブルム母国語の訓練。
日中ハードなスケジュールをこなしつつ充実した日々を送る。
『うん、ミア、発音も素晴らしいわ!』
ハーブルムの母国語は授業以外のミリアナ姉様とのお喋りを母国語に変えて貰う事で特訓をしている。
簡単な会話もできるようになった。
そして。
ベルンハルトはと言えば、宣言通り、私と一緒に寝ている。
どんなに夜遅くなっても私の寝所に入り込み、後ろから抱き締めて寝ている。
それが嬉しくないわけではない。
ただ、複雑なのも事実。
私が狙われているからそうするだけで、特別な意味がある訳では無いと思うと手放しでは喜べない。
それでも、背中が守られているのは安心できる。
それに独りでいると余計な事を考えるからベルンハルトがいてくれる事はありがたい。
「ハーブルムに来て三ヶ月経つが、少しは慣れたか?」
「ええ、だいぶ、慣れたかな、と思います」
ベルンハルトとの朝食の時間。
これも変わらない。
毒耐性は付いてるかは分からないけど、まだハリードが毒味してくれてはいる。
「そうか。ならば良かった」
優しく微笑むベルンハルト。
……何かまっすぐ見れないなぁ。
二人の時は本人自覚あるのかは知らないけど、やたらと甘い空気を出してくる。
嫌ではないけど、正直どうしたらいいか分からないんだよね。
まるで愛しいみたいに。
愛されてるみたいに感じるから。
アランを引き摺りすぎてる私は、自分が誰かに愛されるイメージが持てない。
それに流されるのも嫌だし、他の夫人から目の敵にされるのも避けたい。
あれから他の夫人達から何かをされる事は無いけれど。
油断はできない。
ミリアナ姉様は良くしてくれる。
でも分からない。
人の心内なんて、誰にも。
「そう言えばまだ新婚休暇中にどこへも行って無かったな。どこか行くか?
とはいえ行ける場所は限られてはいるが」
「え……」
新婚休暇は成婚後一ヶ月間貰えるらしいけど、ベルンハルトはずっと仕事が入っててまともに会えなかった。
その間は大体新婚夫人と過ごすのだけど、急ぎの執務だったり視察だったり暴動を収めたり。
偶然なのかな。
……偶然だと思いたい。
でも、どこか行けるなら行きたいな。
「……どこでもいい。二人になれるなら」
誰かを疑うとか毒を盛られるとか気にしなくていい場所に行きたい。
今の所信用できるのは守ってくれてるベルンハルトだけだ。
……まぁ、ハリードも、まぁまぁ。
「分かった。いい場所に連れてってやるよ」
ちらりと見るとまた、優しく微笑むベルンハルト。
じんわりと、心に沁みてくる。
トクリトクリと、心地良く。
「うん、期待してる」
「陛下ってさ、ミアの事特別!って感じだよね〜」
いつもの勉強の後のお茶会。
ミリアナ姉様からそう言われた。
「へっ、そう、なのかな…」
「うん。私の時とは大違い!」
明るく言うミリアナ姉様からは悪意は感じられない。
「ミリアナ姉様の時はどうでしたの?」
「私?う~~ん、あまり覚えてないけど、でも、成婚後は確かすぐ視察行ったなぁ」
「でも、初夜は……あったんですよね…」
「あ……うーん、まぁ、そうね。あ、ちなみに今は無いよ」
「へっ」
ミリアナ姉様はにっこり笑う。
今は……無い、って。それは。
「ミアには言っとくね。建前上、陛下が寝所に来る事はある。一応ね。
でも、何もしてません。
ある程度時間が経ったらすぐに出て行くの」
どきりとした。
でもそれを信じるのは……。
夜に男女が、夫婦が二人きりで同じ部屋にいて何もない、とか。
「ん~~、こればかりは信じてもらうしか無いんだけど。
私ね、別に陛下を愛してるとかじゃないのよ」
私は目を見開いた。
「私と陛下は政略結婚。まぁ、友情かな。私はね。幼馴染みでもあるけど、私は何て言うかさ」
ミリアナ姉様は短い髪をくるくるとイジり出した。
そして口を尖らせて。
「どっちかって言うと、私が引っ張りたいのよね。だから陛下とは相性良くないんだ」
私は目を瞬かせるしか無かった。
「閨も解消の為だけ、って言うか、義務。
割と苦痛だったの。
だから陛下お気に入りのミアが来てくれて、正直助かった。嬉しかったの」
そう言って、ミリアナ姉様は目を細めた。
「ミリ……アナ姉様は……、私が邪魔では無いんですか…?」
声は震えて、指先は冷たい。
緊張して、うまく息が吸えない。
ハーブルムに来て、ベルンハルト以外頼れる人がいなくて、夫人から阻害されて。
誰を信用していいか分からなくなった。
ベルンハルトはいつもいるわけじゃないし、ハリードだって毒味の時以外はどこかに行ってるのか姿が見えない。
だからずっと気を張っていた。
「ミア、私はあなたを歓迎します。
陛下が自ら連れて来たのはあなただけ。
あの陛下が自ら欲するなんてよほどだと思うの。だから、あなたには是非生き残って欲しい。その為なら私はあなたを守るわ」
「ミリアナ姉様……」
ぽろりと、頬を雫が伝う。
ずっと味方が欲しかった。
ずっと、誰かに頼りたかった。
「わた、わたし、ミリアナ姉様と結婚したかった……」
「いいよ~~。陛下なんか放っといて、二人でイチャイチャしちゃおっか!」
「ミリアナ姉様あ!!」
私はミリアナ姉様のその豊満なお胸に顔を埋めて泣きじゃくった。
こっちに来てこんなに泣くのは初めてだった。
誰にも弱音を吐けなくて、苦しくて。
自分の選択だからって言い聞かせてもやっぱり辛いのは辛い。
「こわ、怖いんです。ずっと、狙われて、毎日ビクビクして、でもっ。
私が自分で選んでここに来たから、文句、とかっ言っちゃいけないって、思って」
「うん、辛かったね。……ごめんね、ミア。私も何もできなくて……。あなたの姉様なのにね」
「ひっく、ミリ、アナ姉様はっ、よく、っくしてくだひゃってるからっ」
「ふふっ、ミアかわいい。大丈夫よ、これからは守るから」
「ううう~~」
それから私は、目が腫れるまでミリアナ姉様のお胸を借りて泣いたのだった。
この国に来て、信用できる人がいるのはとても心強い。
ミリアナ姉様に会えて良かった。
ミリアナ姉様は、私が泣き止むまでずっと頭を撫でていてくれた。