敵を見極める
「何でこっちなの?」
ハリードは指に手を当てて「シッ」とする。
ガラス張りの壁の端にある紐を引くと、カーテンが開き会議室の中が丸見えだった。
ベルンハルトが上座に座り、テーブルにはザラ様、フラヴィア様、ミリアナ姉様、他妾のみなさんが座っている。
「ちょっと!向こうから見えるんじゃないの?」
声を潜めて聞いてはみたけど、向こうの夫人達はこっちを気にしてない……?
「向こうからこっちは見えない。だがあまり大きな声を出すと気付かれるから静かにしてろ」
相変わらず偉そうな男だ。
ムカッとしたけど、私は会議室の中を見る事にした。
すました顔のザラ様。
目を瞑り静かに時を待つかのようなフラヴィア様。
退屈そうにあくびをするミリアナ姉様。
不安そうな妾たち。
冷や汗かいた大臣たち。
その原因が、目を座らせ威圧をしているベルンハルト。
……威圧夫人たちに効いてないのは気のせいかしら?
「朝早くにすまんな。こうして集まって集まって貰ったのは理由があるんだ」
夫人たちの目線がベルンハルトに行く。
「今朝、ミアの朝食に毒が盛られた」
その反応は三者三様だった。
表情を変えないザラ様、少し目を細めたフラヴィア様、目を見開いたミリアナ姉様。
「心当たりある者は」
ゆっくり、見るが当たり前のように名乗り出る夫人はいない。
犯人はこの中にいないって事?
「……まぁ、これは茶番なんだがな」
「え……」
隣にいたハリードが呟く。
「第二夫人、第三夫人の時も毒薬事件はあった。いずれも致死量ではないし二人は慣れてるから問題視されてないが」
それ、って……。
「……もしかして」
「名前は出すなよ。心に留めておけ」
思わずその人を見てしまう。
真っ先に思ったのは『どうして』だった。
結婚式の準備は四人で楽しかったのに。
歓迎されてないとは思ったけど、まさか初夜明けに毒薬を盛られるなんて思ってもみなかった。
「……こんなの、王族だけだと思ってた」
私には関係無いと。
イーディスで子爵令嬢だったし、高位貴族みたいに王族の婚約者問題には無関係だった。
だから、毒薬なんかは身近に無かった。
「お前はどうあれ、ハーブルム王に嫁いだんだ。はっきり言ってハーブルムの内政は安定してない。陛下も第一夫人と第三夫人は後ろ盾の為に結婚したようなもんだ」
いわゆる政略結婚……。
ミリアナ姉様は宰相の娘だと言っていた。
ザラ様も……後ろ盾になりえる存在なんだろう。
「……フラヴィア様は?」
ハリードは私を見て、目をそらした。
──なんだ、そっか。
私だけじゃないんだ、ベルンハルトが望んだ女性は。
そう思ったら、何だか胸にずうんと重しが乗せられたみたいに重くなった。
危ない危ない。
うっかり勘違いするとこだった。
そりゃそうだよ。
ハーレム持てるんだもん。
望んだ女性を手に入れられる身分だよね。
「……犯人が名乗り出ないのならば仕方ない」
ハッとして会議室の中を見る。
結局誰も犯人として挙げられないらしい。
まぁ、やった後に「私がやりました」なんて言うくらいならやらないよね普通は。
「二度とこんな事が無い様に、犯人が出てくるまで俺は毎夜ミアと寝、毎朝ミアと朝食を摂る。
昼食も晩餐も、勿論ミアと二人で。
飲食物は全て俺の口に入る前提で来い。
ミアを狙う時は俺を殺すつもりでやれ」
ベルンハルトのその言葉にその場にいる者たちは息を飲んだ。
──勿論、私も。
ミリアナ姉様だけは何だか嬉しそう?
「ミアはイーディスから嫁に来ている。王太子殿下から祝いも届く予定だ。
その娘をどうにかしようとする事は……
国際問題になるという事を知れ。話は以上だ」
夫人たちを一瞥して、ベルンハルトは会議室をあとにする。
夫人たちは頭を下げていた為、表情は見えなかった。
いつの間にかハリードは再びガラス張りのカーテンを閉めた。
閉めたカーテンの隙間には私の顔が写し出される。
顔色悪い、酷い顔だ。
心臓がどくどくしてる。
勢いでここに来たけど、何かとんでもないとこに来ちゃったんじゃ……って思うと震えてくる。
でも。
このまま何もしないで死ぬとか嫌だ。
「ミア」
会議室から出たはずのベルンハルトが、私たちのいる部屋に入って来た。
「こういう事ってよくあるの?」
「今までに何度かは。特にフラヴィアはそれなりにやられてるな」
それを聞いて私は顔を顰めた。
ミリアナ姉様は対象にされていないんだ。
実家の後ろ盾があるから?
でも全く無いわけじゃないんだろう。
「何も対策してないの!?」
「している。だが証拠が無い」
「私もやられる可能性あるよね」
その言葉にベルンハルトは眉間にシワを寄せた。
「後悔しているか?」
気まずそうに、私の頬を撫でる。
後悔……は多分無い。
どちらにせよイーディスに残っても私の行く先は修道院だった。
あの子の幸せを祈ろうと思っていたけど、私の道行きは変わったんだ。
変えたのは自分。
──浅ましい自分の奥底が、自分の幸せを諦められなかった。
「ねえ、ベルンハルト。お願いがあるの」
「……なんだ」
訝しげにしているのに、好奇心が宿る。
「私、毒耐性を付けたいわ。国ではそんな事してなかった。けど、必要でしょう?」
「それなら毒味役がいるだろ」
「私に盛られたもので誰かが死ぬのは嫌なの」
「ハリードにさせるぞ?コイツは強毒耐性もある」
「…それでも、いずれは毒味役なんていらないように私も耐性つけたい」
ずっと人に頼りきりは嫌だ。
それに生死が関わるなら尚更。
ベルンハルトは難しい顔をしてしばらく唸って、考えて。
「…ハリード、そういう訳だ。頼めるか?」
「御意に。弱毒から始めましょう」
その言葉に私は気を引き締める。
あと、もう一つ。
「私、負けっぱなしは好きじゃないの。
自分を守る武器が欲しい。私にこの国の事を教えてちょうだい。
あと護身術も習いたいわ」
私には何の後ろ盾も無い。
イーディスとの国際問題が、とか多分いつまでもは言ってられない。
「その目、やはりお前は面白いな」
ベルンハルトは私を覗き込む。
「まぁ、お前は俺が守ってやる」
「ありがとう。でも自分でも力をつけたい」
「分かった。家庭教師はミリアナに言っておく。あいつはお前の事気に入ってるみたいだしな」
ミリアナ姉様は……味方でいてくれてるのかな。
分からないけれど、そうだといいな…。
人の良さそうな姉様が私を殺そうとしてるなんて思いたくないな…。
「ミア、お前には苦労をかけるな」
そう言って、ベルンハルトは私の手を自分の頬にあてた。
「自分が望んでここに来たの。
もうウジウジしないわ。………………たぶん」
「たぶん、か!ははっ、やっぱお前、変な女だな!」
お腹を抱えて笑いだしたベルンハルト。
それを呆れ顔で見てるハリード。
なんか、ただ面白がられてるだけ?
甘い空気にはほど遠いけど、私の生死が関わるならば後回しでもいいのかもしれない。
今は、ここが安全じゃないというのが知れた。
それならば私の生きる場所を作ろう。
逆境にいる時こそ笑顔。
ステラ叔母さまの言葉を改めて胸に刻んだ。