結婚式の準備の事。
翌日、私はミリアナ姉様に宮殿内を案内してもらった。
「ハーブルム宮殿は、代々の王の趣味がそのまま残ってるから独特でしょ。
暴虐、好き者、誠実……は、いたかな?
とにかく趣味悪いったら」
ミリアナ姉様は物怖じしない。
言いたい事はハッキリ言う。
宰相の娘であるミリアナ姉様は、ベルンハルトとは幼い頃一緒に住んでた時期があるらしい。
『陛下はちょっと訳ありでね、うちが預かってたの。秘密なんだけどね』
って会って間もない私に色々と教えてくれた。
そんな簡単に教えていいのかな?って疑問はミリアナ姉様から笑い飛ばされた。
『いいのよ〜。ミアには知っててほしいの。私の勘は当たるのよ』
なんて言ってたけど。
未だにどう受け止めたらいいのか、戸惑っている。
『陛下はね、先々代ハーブルム王の落し胤なのよ。通常、お手付きになったらハーレムに加わるんだけど、陛下の母上は加われなかったの。
……その時の母上には、結婚した相手がいたからね』
うわぁ……。
いくら何でも既婚者に手を出すなんて……。
『夜会で見初められて手篭めにされて、……身篭ってしまったのが陛下だったのよ。
母上は離婚されて、ひっそりと陛下をお産みになった。
……だけど、陛下が五歳の時に、同じ方と再婚されて……。陛下を置いて行ってしまったの』
それは……。
母親に見捨てられるなんて、そんな。
『それから家で面倒見る事になってね。その時の縁で私は第三夫人になったのよ』
ミリアナ姉様は、ベルンハルトが幼い頃からきっと心の支えになったりしたんだろな。
母親に見捨てられ、多分父親からも放置されて。
孤独だったんじゃないかな…。
だから、妻たちに平等に優しいのかな。
誰かを贔屓にしている風じゃ無いみたいな感じ。
『……承知しております、陛下』
『ありがとうございます、陛下』
『お任せください、陛下』
「──っあ……」
そうだ。どうして気付かなかったんだろう。
三人の妻達は、誰もベルンハルトの名前を呼んでなかった。
これが公的な場所だけなのか、私的な場所でもなのかは、分からない。
でも、ベルンハルトは私には
『俺たちは夫婦になるんだから呼び捨てが普通だろ?気安い関係になるから最初から壁なんかいらないだろ』
なんて言っていた。
陛下、なんて呼んだら、壁しか無いじゃない。
それとも、私──だけ……?
心臓がドクンと鳴る。早鐘を打つ。
ダメだ。ダメだ、自惚れちゃダメだ。
そうよ、きっと。
私的な場では。特に閨の場でなんかは、名前を呼んでるはず。
だから、私だけ特別じゃない。自惚れちゃダメ──。
私は必死に自分に言い聞かせた。
「ミア?結婚式の準備の為に姉様たちの所に行くわよ」
いけない、今は宮殿内を案内してもらってるんだった。集中しなきゃ。
「えっと確か、ここかな」
ミリアナ姉様は宮殿の出入り口にほど近い扉の前に立ち、ノックする。
「ザラ夫人、ミリアナです。ミアを連れて来ました」
「入ってちょうだい」
「失礼致します」
そうして入った場所はとても広い部屋で、所狭しと言わんばかりにずらりと衣装が並べられていた。
その光景は圧巻で、私は思わず息を飲む。
「来たわね。……第一夫人のザラよ。早速だけど、採寸を」
ザラ様がメイドに目配せをすると、さっとメイドたちは私の服を脱がせて採寸する。
と言うか、ちょっと待って。
女性しかいないとは言えイキナリ服を脱がせるなんて!?
だけど口をパクパクしてる間に採寸は終わり、メイド達はザラ様に何かを報告していた。
まぁ、私のサイズなんだろうけど一瞬クスリと笑われたような気がしたのは気のせいだと思いたい。
「陛下から言われてるの。あなたの日常の装いも作れと。遠い所から来たのでしょう?
ハーブルムに入りしはハーブルムに従って貰うわ」
ザラ様はザッと並んだ衣装を次々と持って来る。
「わっ、わっ、わわわ…」
次々と試着を繰り返しては、あれでもないこれでも無いとまるで着せ替え人形にでもなったようだわ。
そうこうしているうちに、とりあえずの日常服、出掛ける時のもの、夜会用などを決めて行く。
ミリアナ姉様やフラヴィア様も参加して女性四人で何だかんだ楽しい時間だった気がする。
「とても業腹だけど、貴女は陛下が連れて来た第四夫人よ。
好き勝手するのは構わないけれど、私達や陛下の、ひいてはハーブルムの品位を落とさないように気を付けなさい」
ザラ様の言う事は至極当たり前の事で。
私は気を引き締めた。
「未熟な私ではございますが、ご指導をよろしくお願いします」
ステラ叔母様仕込みのカーテシーを決める。
「……ミアさん」
「えっ」
ザラ様はにっこり微笑む。
「結婚式までにハーブルム式のやり方を伝授するわね」
まさか……
ステラ叔母様仕込みのカーテシーが役に立たない……とか……?
「貴女、第四夫人になるんでしょう?しっかり覚えてね?」
ちらりとミリアナ姉様を見ると、困ったように笑いながら「頑張って」と口を動かした。
フラヴィア様は相変わらず慈愛の眼差しだ。
私は瞬時に逃げられないと覚悟を決めた。
それから私は、結婚式までにみっちりとハーブルム式のマナーや挨拶の仕方などをザラ様達から仕込まれた。
何だか思っていたより、夫人たちが優しい気がする。
──うん、まぁ。
気がするだけだったんだけど。
それでも、無事に何とかザラ様仕込みの付け焼き刃だけど結婚式の手順なんかも教えてくれた。
そしていよいよ明日は結婚式。
緊張したまま、私は寝台に横になり目を閉じる。
イーディス王国から来た、ミア・ジュールとしての最後の夜はこうして更けていったのだった。