最悪な失恋
その日私は失恋した。
最低最悪の大馬鹿野郎相手に。
『すまない…俺は…』
聞きたくない。
『ミアは可愛いね』
嘘つき。
私の事好きじゃないくせにどうして。
家に帰ってからも涙は止まらなかった。
大好きだった。
本当に大好きだった。
あの人の視界に入りたくて自分を変えたのに。
あの人が恋した人は以前の私みたいな、初心な子だった。
『笑った顔が可愛いんだ。本当に幸せそうに笑うから、こっちもつい口が緩む』
そんな愛おしそうにしないでよ!
私を見てよ!!
『ごめん』
アランの大馬鹿やろおおおお!!!!
「うっわナニソレ、ひっどい顔」
翌朝朝食の席に着いた私を見るなり顔を顰めるのは弟のカイル。
そんな弟の声を無視して食事を始める。
朝起こしに来てくれた侍女からケアしてもらっても昨夜泣き過ぎた目は未だに腫れたまま。
私、ミア・ジュールは昨日大失恋した。
一応こう見えて子爵家の令嬢。
だけど。
大好きな人に純潔を捧げ、大好きな人のお願いで婚約者がいる男を魅惑的に落とし。
二人とも同じ女性が好きだからとアッサリ離れて行った。
婚約者がいる男はまぁいいとして。
大好きな人───アランに振り向いて貰えないのは堪えた。
散々『可愛いね』とか『ミアはいい子だね』とか言って弄ぶだけ弄んで、『他に好きな子がいる』とか。
まぁ、私も知っててその人を好きだったし、いつかは私を見てくれるんじゃないかって思ってた。
けど、好きな子が自分の兄と婚約しても、その子とお兄さんがいちゃいちゃらぶらぶしてても、切ない顔で見てる。
いつか、私は見た。
『リア、待たせたかな?
……何だか照れるな。婚約者と一緒に登下校するのが夢だったんだ。これから送り迎えだけではあるが、リアと一緒に通えるのが嬉しいよ』
『私も、夢だったので………。でもレアンドル様はもう卒業なさってますし、本当に、………嬉しいです』
『では行こうか。ついでに先日見付けたオススメのカフェに寄り道しよう』
『わぁ!楽しみです!』
そうして辺りにハートを撒き散らしながら二人は馬車で学園を後にした。
あれがアランのお兄さん。と、婚約者。
お兄さんは周りを(特に男子に対して)牽制しながら婚約者をエスコートしていた。
ただでさえ威圧感のある方だ。
たったそれだけのやり取りで、あの子に言い寄ろうとする男は確実に戦力外になっただろう。
あー、ほら、ディーンとか顔真っ青。
他にも何人か見てる。
アランも、あんな人がライバルで、しかも自分のお兄さんとか救われない。
だから『私を見て!』って言ったけど。
物の見事に玉砕した。
「ごちそうさま」
朝食を終えて部屋に戻る。
幸い今日は学園が休みの日。
何をするでもなく一日ごろごろしていた。
ふとした時に最近の出来事が脳裏に甦る。
「私もバカだったなぁ」
正直、ディーンの元婚約者の子にすぐ次の人が見付かってホッとした。
好きな人のお願いとはいえ、婚約者を奪ったのは私で。
恨まれても仕方無い立場だったけど。
ディーン有責の『婚約破棄』ではなく、『婚約解消』ってとこに、『この子には勝てない』って思ったものだ。
きっと、すっごくいい子。
あのお兄さんの溺愛ぶりを見てたらよく分かる。
高等部入学前はディーンはその子にベタ惚れだったらしいし。
アランも『結婚するなら、って考えたらリアしかいない』って、言ってた、し……。
そう思ったらまた涙が出て来た。
その子への申し訳なさと、自分と比較しての扱いの軽さに惨めになった。
もし私が変わらずその子みたいだったら、アランは私を好きになってくれたのかな?
アランとの出会いは学園初等部だった。
この年代の女子はだいたい家庭教育で学ぶけど、少ないながらも学園に通う子はいて、私もその一人だった。
なぜなら家庭教師は高いから。
子爵家で、跡継ぎの弟の教育が控えている私も、随分前に嫁いだ姉も、初等部から学園に通った。
そんな私は入学した時から一人の男の子に目を惹かれた。
中性的な顔立ちの男の子?女の子みたいな顔。とにかくキレイだった。
私は一目惚れしてしまったのだ。
後に聞けばその子は侯爵家の次男で、名前はアラン。
下位貴族の私には釣り合わない人だった。
それでも常に優しく接してくれるその子に夢中になって、『いつかは私を見て欲しい』と自分磨きを頑張った。
途中からどこぞの女性と朝帰りしたとかいう噂が飛び交っていたけれど。
初恋に夢中な私は、『私もその中の一人になりたい』と願ってしまったのだった。
高等部になって、出るとこが出てメリハリボディになった私はアランの取り巻きになる事ができた。
ようやく彼の視界に入る事ができたと喜んだし、その時は有頂天になっていた。
だからある時アランに誘われた時ノコノコ着いて行って、純潔を奪われた。
奪われたとは言え、大好きな人に捧げられたのだ。後悔なんて微塵もない。
例えそれが空き教室だけの事でも。
私以外にそういう事してる人がいても。
アランのお願いなら私は悦んで尻尾振っていた。
『俺、好きな子ができたんだよね。でもその子には婚約者がいてさ……。ちょっと邪魔だからミアが誘惑してくれないかな?』
そんなセリフを平気で口にするアランの顔は悪魔的に魅力的で。
ズキズキ痛む胸を無視して私は必死に期待に応えた。
アランから教えてもらった『こうすれば男は喜ぶ』ってワザを駆使して、アランの好きな子の婚約者であるディーンを誘惑する。
すると彼は簡単に落ちた。
何でアランは落ちないのに、ディーンは簡単に落ちるんだろう、何て自嘲しながら、私はディーンと逢瀬を重ねる。
愛の無い行為は虚しさを埋めるだけのもので。
本当は嫌だったけどその後に貰える『アランからのご褒美』の為に我慢した。
途中、あまりにも虚しすぎて、止めようと思っても悪魔に囚われた私は抜け出せない。
ディーンの婚約者が入学した頃にはアランの企み通りディーンは私に夢中だった。
その子の顔は見なかった。
『悲しい顔して笑うんだ』なんて言われたら罪悪感で絶対見れなかった。
最低な事してる自覚はあった。
でも私ももう引き返せない。
だから割り切った振りをして。
遊び慣れた振りをして。
必死に自分を誤魔化した。
結局。
ディーンとその子は婚約解消して、アランがその子を口説きだして。
『ミアは俺がリアを手に入れるまではディーンを惹き付けて』
とか。
私に触れながら
『ミアも可愛いけど、リアって本当に可愛いんだ』
とか。
バカな私はそんな事になるまで気付かなかった。
『ミアは愛人にならいんだけど』
って。
それ聞いて心臓ばくばくして。
考えたくない事実を突き付けられてるみたいで。
自分のやって来た事が正しいとか間違いとか。
ぐるぐる頭の中で回りだして。
『リアに………バレた………──全部……………』
そう言って頭を抱えて蹲ったアランを見て。
『どうしよう!』っていう罪悪感と、『アランはあの子に振られたんだ!』って醜い喜びがごちゃまぜになった。
喜んだのも束の間。
アランは泣きそうな顔しながらあの子に避けられ続けて、必死に声を掛けようとして。
冷たい目を向けられて絶望した顔して。
全然私を見なくなった。
ディーンの方も私を見ないし、私もディーンを見ない。
今迄の事が全部無かったみたいになった。
アランに詰め寄っても冷たくあしらわれて。
私の気持ちは宙ぶらりんのまま。
貴方が好きなの。
私を見て。
ねぇ、あの子より私の方が貴方を好きよ?
私を見て。
アラン、私を見て─────
『ごめん』
「ふううぅぅ…………」
こうして。
決死の告白も見事に砕け散り。
私の恋は、実る事なく終わってしまったのだった。