プロローグ
初めての投稿になります。至らぬ点も多いと思いますが、楽しんでいただければ幸いです。
午前5時30分。甘美な微睡みを妨げる、例の騒音が鳴り響く。
寝惚け眼でそいつの居場所を探り出し、息の根を止める。
タイムマシンが発明されたら、10年前に戻って一人のバカに一発かましてやろうと心に誓う。コーヒーを淹れ、テレビをつける。この3つは毎朝の習慣である。
「――れでは、NY株の現在の値を確認します。3指数揃って反発。昨年末に引き続き・・・」
薄暗い部屋の片隅にある、色褪せた濃紺のソファに腰掛ける。
手慣れた手つきで引き出しから無造作に相棒を引っ張り出す。...が、
愛しの相棒は見る影もないほどぺしゃんこになっている。
「切らしたか。」
せっかく下した重い腰を上げ、寝室へと踵を返し、財布を拾って玄関に向かう。
溜まった段ボールの隙間を縫って進み、扉を開ける。
まだ日の出ていない、霜が降り立つ冬の朝。
ストーカー気質の北風ちゃんは、頼んでもないのに懇切丁寧に俺の頬を撫でる。
「...さみぃ。」
鉄製の階段を、カンカンと音を鳴らして下り、駐車場へと足を運ぶ。
備え付けたヘルメットを被り、スロットルを回す。
幸いコンビニまでそう離れてはいない。
400メートルほどだろうか。
いつもの道を右に曲がり、突き当りを――。
瞬間、凄まじい衝撃と轟音が飛来した。
左手と右足がじんわりと熱を帯びている。
なんとか目を開けるも景色は赤い。
下を見ると、その赤さをも僅かに超える温かな液体がゆっくりと伝っている。
ああ、死ぬんだな。
漠然と、ただ他人事のようにそう感じ、意識は途絶えた。
気が付くと、どことなく薄暗い、真っ白な空間に立っていた。
正確には、床は真っ白だが壁と天井が遠すぎて先に行くにつれて暗くなっていく感じだ。
四肢の感覚も、五感もある。
なのに重さを感じない。不思議な感覚だ。
「お悔やみ申し上げます。
どうやらあなたは天寿を全うすることが出来ずに旅立たれたようです。」
と、後ろから空港のアナウンスみたいに流暢な男の声が聞こえてきた。
「ですがご安心ください、きっとこれから明るく楽しい、新たな人生が...。」
振り返ると、ヨーロッパ系の顔立ちで、ホワイトアッシュ系の明るく柔らかな髪色をした40歳くらいの中年の男が立っていた。
というか強張った表情で固まっていた。
「あー...神様...で合ってます?」
と尋ねると、男はゆっくりと頷き
「あぁ、待ってたよ。」
そう答えた。
歳並みの渋い魅力を醸す彼は、ハリウッド映画で見た誰それとなんら変わらないようにも見えるが、どこか人間とは違うような、神々しい気配がした。
この空間の雰囲気によるものなのかもしれないが。
神の話によれば、やはり俺は死んでしまったようだ。
どうやら居眠り運転のトラックにはねられて死んだらしい。
まぁ、思い返せば家庭も持たず、日がな一日中パソコンの前に張り付き、日銭を稼ぐ人生。
楽しみと言えばタバコとツーリングくらいのものだったし、それほど悔いはない。
しいて言えば、ワ○ピースの結末を見届けられなくて残念といったところか。
「それで、これから俺はどうなるんです?天国にでも連れて行ってもらえるんですかね?」
「いや、魂は輪廻転生の渦に帰る。君もそうだ。記憶は消えてしまうがね。」
神は言葉を濁すこともなく、ゆったりとした口調でそう答えた。
何億回と口にしてきたテンプレってやつなんだろう。
「天国、ちょっと楽しみにしてたんだけどなぁ。」
俯いて零すように呟くと
「よく言われるよ。」
困ったような笑みを浮かべて、神は言った。
「だが、運の良い君にはもう一つだけ選択肢がある!」
顔を上げると、神がそう言った。
どこか胡散臭い笑みを携えて。
「それはどういう...」
「実はね、君がいた世界とは少し異なる世界の話なんだが、
その世界に記憶を保ったまま生まれ変われる道があるのさ。」
言葉を被せるように神が言った。
さっきまでとは打って変わって、子供のように目をランランと輝かせている。
家電量販店で売り込みをかけられているような気分だ。
だが、こういう話には
「何か裏があるんじゃ?」
訝しげに問う。
「疑うのも無理はないか。順を追って説明しよう。」
気持ちを落ち着かせるように神は言い、初めに言葉を発した時のような流暢な声で語り始めた。
「君を送る世界には、恩寵と呼ばれるものがあってね。
生まれ持った才能のようなものをイメージしてもらえれば分かりやすいかな。
そこについ一年ほど前に生まれた男の子が、その恩寵を授かった。
本来喜ばれるはずのそれに少々問題があった。」
「具体的にどんな?」
「体に合わなかったんだよ。正確には脳にだけどね。
幼児の脳ではその情報量を処理しきれずに、
いずれは廃人になってしまうような代物だったんだ。」
「そうして汚染された精神は、
長い時間をかけて彼の魂までをも蝕んでしまう。
輪廻の渦に帰ることもできなくなってしまうということだね。
神の立場からはさすがに見過ごせなくてね。
君の魂を彼のものと入れ替えてやりたいのさ。」
分かりやすく残念そうなジェスチャーをしながら、神は言った。
あまりに他人事なその態度に、
「そんな危なっかしい体に入れと?」
語気を強めてそう問うと、
「ああ、違うんだ。恩寵自体は危険なものじゃない。
むしろとても役に立つものさ。」
彼は少し慌ててこう言った。
そしてこう付け足した。
「本来子供というのは、幼少期に無数の知識を吸収して育つものだろう?
だがその子が授かった恩寵は、その作業を行うには負荷が大きすぎたのさ。
知識の習得と恩寵の使い方を並列して行えれば良かったんだが、
難しかったようでね。」
神は肩をすくめてそう言った。
「だが、すでにいくらか知識と経験を重ねた君であれば何の問題もない。
それでも不安だと言うなら、
君の精神をいくらかアップデートして送ってやることもできる。」
「なるほど...。」
そう言われると、記憶を持ったまま夢のセカンドライフというのも悪くないように思えてくる。
しかし、胡散臭い笑みを浮かべ、こっちを窺うような神の視線が妙に気になる。
「向こうについたら廃人になって『保険は適応外です。』とか、
『魔王を倒せ』『世界を救え』とかっていうのは無しにしてくださいよ?」
問うと、神は顔を輝かせて
「もちろんだとも!神に誓ってそんなことにはならないさ。」
と答えた。
「分かりました。そこまで言うなら転生を受け入れましょう。その子も少し不憫
ですし。」
「君ならそう言ってくれると思ったよ!
すでに準備は出来ている!すぐにでも送り出してあげよう!」
と言い終えると同時に、言葉通りほんの数秒後に足元が光り始めた。
「そなたの新たなる人生が素晴らしきものになりますように。」
神がそう言うのを聞き終えたと思った瞬間、そこで意識が途絶えた。
週1程度の連載ペースを目指しています。ご気軽に感想などがあればお願いします。