簡単に言えば門外不出
互いの両親の浪費に既に家が耐えられないと悟った私たちは、最終手段で逃げることにした。
城からの迎えの馬車に粛々と乗り込んで、隣同士で座ると、何とも言えない緊張を互いに感じ、体こそじっとしているものの、気持ちがそわそわと落ち着かない。
兄弟には少し悪いのでは、とも思ったが、同じく浪費し、毎日楽しくやっていたようなので、恐らく私の手助けは意味がないだろう。
今頃は、私の身売りのお金が届いて、喜んで祝杯を挙げている気がする。いや、さすがに、私の両親も兄弟も別に悪い人ではないので、私がいなくなったことで、ではなく、あぶく銭が入ったことで、祝杯を挙げるだろうと言うこと。
それがなくなったところで、はて、あのお金はなんだったのか、そう言えば私の姿が見えないな。と、思い出すだろうな。とありありと想像できる。
人は悪くはない。人は悪くないのだが、悪人ではある。微妙なラインだなと一人ため息を吐くと、隣に座っている同じように彼もため息を吐いた。
どうしたのかと視線を向けると、彼は力なく笑う。
「ああ、悪い。俺の金がわたるとギャンブルか酒に変わって、なくなった頃、俺がいなくなっているのに気付くんだろうなと思ったら、ため息が」
私と違って、彼は一人っ子だ。彼が継がなくなれば、親戚が乗り込んできて、もしかしたらどうにかするかもしれない。
同じ人種でないことを祈りたい。
ちなみに私のところは、大なり小なり似た感じなので、まともな人間は、縁を切ってさっさと逃げて行ったのだろう。
もういっそ、王家の直轄領とかにしてもらえれば、領民だけは無事になるだろうか。
「お互い領民だけは被害、被らないといいね」
「まあ、そのための身売りでもあるしな」
前世持ちであることを確認できると、一度だけ、国王陛下にお目通りがかなうらしい。
そこで陳情しようというのが、どうやら彼の目的だったと気が付き、自分のいたらなさに、更にため息が漏れた。
「やっぱり、二人でこられて良かった」
「なんだよ。らしくなく、しおらしいな」
落ち込んでる私を気遣って、彼はおどけたように言葉を紡ぐ。
「だって、考えると、一人じゃ寂しいなって」
こんな豪華な馬車に、もし、一人で乗り込むことになんてなったら、恐らく、いや、絶対に寂しくて泣く。
そして、こうせざるを得なかった自分のふがいなさと無力さにも。
「ばっかだな。親の借用書の束見つけた時点で、運命共同体だって決めたろ」
まだもう少し幼かった頃。婚約者になって、一年ほどたち、何となくお互いのことがわかってきた頃だった。
私は一人、厳重に布で巻いた紙束を持って、彼の元に行った。驚いた彼の顔からして、恐らく私は今にも死にそうな顔色だったのだろう。
そのときに、自分は前世持ちで、違う世界の記憶があり、だから計算などができるのだと彼に告白した。
そこで彼も、自分も前世持ちだと告白してくれて、二人で頑張ろうと励ましてくれた。
その数か月後、彼の家からも大量の借用書の束が見つかり、絶望に暮れたのは、懐かしい思い出。と言っていいのかわからないが、今となっては懐かしいと片付けられる程度の時間がたっていた。
「実はさ、うちの家族さ、根が悪い人間じゃなかったのが救いだったのか、実は今でもよくわかんないんだよね」
「それを言ったら、うちの親も暴力は振るわなかったし、ギャンブル狂いで酒飲みだったけど、領主の仕事もきちんとやっちゃいたな」
やることはやっているが、借金はやめないのが、本当に不思議なのだが。もしかして、帳簿は別の人間が付けていたのかな?
いずれにせよ、借金まみれなので、良い統治者ではない。
「ちゃんとさ、家族だって思ってたんだよね」
前世の記憶がある。それはもう成人を越えた記憶だ。親恋しい子供ではなく、自立もしていた。けれども、それは、前世の私であって、私ではない。
前世の家族は前世の家族。今の家族は今の家族。割り切っていたし、正直に言えば、私はまだ、親恋しい子供だった。
割り切れるし、感情を別にして切り捨てることも、こうやってできてる。
それは、確かに前世の記憶があって、大人であると思っていた前世の記憶でもって、感情に蓋をしているだけであって、子供な自分が泣き叫んでいないわけじゃない。
「どんなにいやだって言っても、子供は子供なんだよ。大人の記憶があったって、それは経験じゃないからな」
一歳年上だからって大人ぶって、涙をこらえる私の頭をなでてくる彼の優しさに、ほんの少しだけ甘える。
彼だって、同じように複雑なのに、年上だからな、なんて言って、自分の感情より、私を優先してくれているのだから、ここは甘えてしまおう。
「それにさ、俺は前世の記憶って、ちょっと借り物みたいな気持ちなんだよな。だからどうしたって、子供な自分の方が勝るもんだ」
前世持ちにもいろいろあるらしく、彼や私のように、自分であって、自分ではないような者もいれば、幼い頃に記憶が戻って、完全に前世からの地続きのように生きる者、別人格として存在する者、うまく混ざり合ったもの、前の人格を潰してしまった者など、上げればきりがない。
そんな前世持ちの中、私たちは、比較的穏やかな方だろう。
幼い頃から記憶があるとか、途中から記憶が戻ると、この世界にうまく馴染めない者もいると聞く。
そう考えると、私たちは幸運だったんだろう。
自分とは思うけど、今の自分ではないとわかる、ほどよい距離感で、記憶があるのだから。
そうこうする間に、ゆっくりと馬車が止まった。
ドアが開かれ、ステップが置かれたのを確認して、彼が降り、私が続く。大門から続く入り口ではなく、裏の通用門から入ったようだ。
荷馬車を大量に止めるためだろう広場と、荷物などを置けるスペース。近くには大きな倉庫があった。
商人などが使うのだろう入り口から入ると、騎士が一人と、執事らしき男が一人立っていた。
「こちらにどうぞ」
執事らしき男が、静かに一つ礼をすると、私たちを促し長い廊下を歩き始める。辺りを見回したくて、そわそわとしている私を言い聞かせるように、彼はつないだ手を、ぎゅっと手を握る。
置いて行かれたら、迷子になるのはわかっている。今のところ一本道だが、ここから謁見のできる場所まで行くのであれば、恐らく幾つかの角を曲がり、庭を眺めたりしつつ、少なくとも、十分くらいは歩かされそうな気がする。
「階段。階段がもうつらい」
幾つ目彼の階段を上り、私は少々息が上がる。大体、淑女たるもの、階段昇降などそうそうしないものなんだよ。ちょっと、女の子の体力を考えてほしい。
小声でぼそぼそと言うと、彼は苦笑して、腰に手を回した。一瞬何事かと声を上げそうになったが、腰を支えて押してくれるつもりらしい。確かにさっきより幾分楽だ。
「なにするか言ってほしかった。危うく悲鳴を上げかけたよ」
「悪い悪い。なんて言うか、こう、声を出しづらい雰囲気だろ」
耳元で彼もこそこそと声を出す。確かに、このしんとした靴音だけ響くなか、声を出すのは勇気がいる。
それからもう少し立って、やっと目当ての部屋に着いたらしい。騎士が扉の前に立ち、執事らしき男が、ノブに手をかけ、ひと言。
「こちらでございます」
そう言うと、扉を開いた。
中にはまだ誰もいないようで、キョロキョロとする私たちを、ソファに座るように執事らしき男は勧めると、お茶の準備を始める。
紅茶が注がれ、茶請けらしき菓子も添えられた。
どう考えても、くつろげない。このお茶は飲んだ方がマナーとしては良いのか。毒が入ってるとは思わないが、薬物混入とかありそうじゃないか。なんて、ぐるぐると考えていると、私たちが入ってきたところとは違う場所に扉があったようで、一人の男が入ってきた。
一瞬誰だかわからなかったが、これ、国王陛下じゃないだろうか。正装してないと、自信ない。いっそ常に王冠を被っていてほしい。
私が失礼なことを考えているのを察知したらしい彼が、小突いてくる。意外にポーカーフェイスを貫けていた気がするのだが。
ちらっと彼を見ると、静かに首を横に振られた。ダメだったようだ。
「私が誰であるかは、気が付いているようだね」
「はい」
声をそろえて言えば、国王陛下は、柔らかく笑う。
「まあ、正装でもなければ、謁見の間でもない。なにより、この謁見は、記録に残らない」
笑みを深くして言う国王陛下に、私はしばし内容を吟味して、彼がなにかを言う前に、言葉にした。
「ようは発言に限れば、ほぼ無礼講で構わないと言うことでしょうか?」
さすがに武力に訴えるには、私は非力なので、せいぜいなにかを投げつけるくらいしか、できはしないのだが。
「言うだけであれば、大目に見よう」
「なら、ここで陳情申し上げても意味がないってことでしょうか?」
言葉遣いが完全に乱れているし、少し早口にもなっている。緊張で死にそうだと思いながら、ここまで来たら、彼が発言できるところに来るまでは、私が持って行くべきだと思った。
「なにを、かな?」
「私と彼の領地に住む領民に関してです」
私の言葉に、国王陛下は、初めて、驚いたというように、目を瞬いた。
「親ではなく?」
「親なら、爵位を取り上げて、これ以上お金を使えないように、牢屋にでも入れて、そこそこ養ってもらいたいですね」
自分で言っておいてなんだが、結構良い考えなんではないかと、思った。衣食住に困らない牢屋とか、良い環境なんじゃないか。退屈で死にそうって思わない限り。いや、拘束されてるから、自由と引換えの衣食住か。それなりの対価は払っていると言えなくもないな。
「ばか」
打てば響くような私の返答に、彼が頭を抱えている。親を牢屋に入れろは、さすがに失言だった。しかし、そう言う背景があってこその、領民の話だし、仕方ないんだよ。諦めよう。
彼を見て、ぎゅっと、右手を握り締める。諦めたように、彼が子言葉を引き継いだ。
「既にお調べかも知れませんが、僕と彼女の両親は、爵位と領地を売っても足らないほどの借金をしています。収入がないわけではありません。収入を上回る額を使っているせいです。逆に、きちんとした者が管理すれば、借金は返せるはずです。
僕と彼女で、二つの高利貸しに借金はまとめてあります。そちらから借用書を買い上げれば、領地の差押えも簡単にできるようになっています」
なにを隠そうって程の話じゃないけど、借金を一本化した理由はこれなんだよね。国でもどこでも良いから、高利貸しから借用書を買い上げてもらえれば、それだけで一気に全て押さえられる。
「そこまでお膳立てをしたのであれば、どこかに援助も頼めたのではないかい?」
「援助を要請するかも、吟味しましたが、両親や、親戚を排除できない限り、意味がないと判断しました」
どこか領地運営のうまいところに借用書を買い上げてもらって、傘下に入れてもらうのも考えたのだが、それでは両親の排除ができない。口は出さなくても、金は使えるし、借金は作れる。
「できれば、借金を理由に、両親から爵位を剝奪、どこかに軟禁。新しい領主は、信用できる新しい人というのが、私たちとしては望ましい。我が家に関して言えば、一族郎党、ひとまとめにしても良いのですが」
あの息をする借金マシーンどもは、できれば焼却処分したいと思ったけど、自分の手を汚す勇気はなかったので、黙っておく。
「君も同じ意見で良いのかな?」
「はい。彼女と婚約して今日まで、二人で必死に借金を返す方法を考えましたが、無理でしたので」
返したら、倍借りられる地獄のような借金生活とか、本当に悪夢なんて言葉で済まない。
「わかった」
国王陛下の言葉に、私と彼は、ほっと息を吐く。二人して目配せすると、ガサゴソと服の中を漁り、数冊のノートを取り出した。
彼は、チョッキと上着に隠しポケットを作って、帳簿や、領地の収支に関する書類を隠していたし、私は、スカートに幾つか隠しポケットを作っておいた。ドレープを崩さずポケットを作るのは結構至難の業だった。
「どうぞ、こちらを活用ください」
すすっと、彼と私は、国王陛下に、それを渡すと、一仕事終えて、肩の荷が下りた気がした。
まあ、実際何の解決もしてないけど、子供にできるのは、これが関の山だ。
「随分と君らは、ここに馴染んでいたのだね。これがなければ、名乗り出る気もなかったのかな?」
「そうですね。私は、別段不自由を感じてもいませんでしたし、実に平凡な人生だったので、前世の記憶で、なにかできると言うほどでもなかったので」
「僕も同じです。両親の借金のことがなければ、他は不満もありませんでしたから」
私たちは、貴族として生きていくのが不満だとか、不自由だとか思うほど前世の記憶に振り回されてはいなかったから、両親に気付かれて、売り払われる、なんてことがない限り、自分から名乗り出たりはしなかっただろう。
「それは残念なことをしたものだ。ここにやってくるのは、この世界に馴染めなかった者。この世界を憎んでいる者。この世界では、生きていけなくなった者がほとんどだ。馴染んでいるのであれば、このままここで暮らしてもらいたかった」
子供を売らなければならないほどに困窮した親、子供を売り払うことにためらいのない親、貴族、若しくは平民の生活が難しいほどに前世の記憶が強かった者、と言うことか。
それは、この謁見、無礼講にもなるなと、理解する。
「ありがとうございます。力が至らず申し訳ありません」
「本来なら、貴族としての矜持を果たせと、言わなければならないところなのだろうね。だが、幼い君たちが、ここまでやったのだ。後は大人が引き受けよう」
殊勝に頭を下げながら、私たちは、最大限の言葉を引き出し、内心してやったりと笑った。
つつがなく、国王陛下との謁見を済ませた私たちは、出迎えてくれた男、執事であるとようやく確信を持てた。その、執事の後について、今度は長い地下通路を歩いていた。
遠くに見えていた明かりは出口だとわかっていたため、恐ろしくはなかったが、またぞろ長くて、疲れる。やっとたどり着いたものの、薄暗いところから、急に明るいところに出たせいで、一瞬視界が奪われた。すぐに明るさに慣れ、辺りがどうなっているかわかる。
「なにこれ?」
私は辛うじてそれを口にできたが、彼はぼう然と口を開けて眺めている。
「ここは、女神の恩情でございます」
先導をしてくれた執事は、ぼう然とする私たちに場所の名を告げた。
「前世持ちって、俺たちの世界からの転生者しかいないのか?」
「これ見ると、そうなんだろうね」
そこは、意外と私たちに馴染みの深い建物が並んでいる。全く同じではない。この世界では作り出せないものも多いが、建築様式を似せることはできる。
電線が張っていないのが不思議な感じだ。
そんな私たちの動揺が治ったのを見て、執事は、慣れたようにここの説明を始めた。
「実際に女神が降りてこられたわけではございません。高名な魔女、高い知識を持つ賢者、慈悲深き聖女と後に語られた、前世持ちの方々が、世界を認められず、世界をまたは自身を壊そうとする方々を哀れと思い作られたのが始まりでございました」
賢者の知識を魔女の魔法で無理矢理型にはめ、聖女が人を導いたと言うことらしい。
王家にここを管理させるなどの折衝は、恐らく全て、聖女の手腕なのだろう。これだけの建造物を魔女と賢者だけでどうにかできたとは思えないので、その人員の手配すら、聖女が行ったのかもしれない。
どう考えても、聖女の功績が高すぎる気がするし、過労死しかねなかったのではないかと思う。でも、それを成し遂げなければならないくらい、酷いのがいたんだろう。それこそ後に魔王と言われているような。
そこまで思いいたり、私が乾いた笑みを浮かべていると、やはり似たような思考回路の彼も、乾いた笑みを浮かべてた。
一番手前にある建物が、始めに作られたものとのことだった。後の居住者が、どんどんアップデートし、マニュアルを残して、メンテナンスできるようにしているお陰で、破綻していないらしい。
私たちの住む部屋に案内され、中の設備を見て、またため息を漏らす。ほぼ、よく見る洋室だった。電波はないし、放送するものもないから、テレビはないが、浴室、キッチン、照明。形こそあれだが、仕組みはほぼ前世の記憶にあるものだ。動力は違うんだろうけど。
「これは確かに門外不出だな」
そして、前世持ちが出ていかないのもわかる。平民でも貴族でも、世界にあわないと思っていたなら、ここの居心地は最高だろう。
「あの、もしも、ここから出たいって言ったら、可能ですか?」
「可能でございます。少々手続は面倒ですが」
閉じ込められているというわけでもないらしい。
「私のように、外から参るものもおりますので」
次いで濁すように言う執事の言葉に、私は、なんと返事をして良いものかと、悩んで、適当に返事する。
「あ。はい」
ああ。うん。結婚は、仕方ないよね。でも、返事に困るので、言うなら最後まで言ってほしかった。もし結婚じゃなかったりすると恥ずかしいしね。行商に出たいとか、外で商売したいとかも、あるかもしれないしね。
執事には、外にある店の場所などを案内してもらって別れた。
地下なのか、迷宮なのか、はたまた、ゲートをくぐって遠いところなのか、全くもって謎の場所にとうとう二人きりになった。
そこで、彼が。
「まて、俺ら、あそこに二人で暮らすのか?」
と、執事を見送った後にそんなことを言った。
まて、確かにあの執事、私たちの住む場所だって案内してくれたよね。そんでもって、ベッドも二つあったね。一部屋に。
「まあ、同居が早まったと思おうよ」
「お前がいいなら俺はいい」
「私は良いよ。だって、少しにはしたくないって言ったよね」
にっと笑ってそう言うと、一瞬にして真っ赤になった彼は、そっぽを向いた。
「じゃあ、その、末永くよろしく」
ぶっきらぼうなその言葉に、私はたまらず笑い出す。
「不束者ですが、よろしく」
とうとうお互いに笑い出すと、手を握って歩き出した。
その後、最大の難関は、料理だったとだけ記しておこうと思う。
恐らく、聖女と書いて苦労性って読むんですよ。きっと。
ちなみに二人は、料理下手で、その後、切に、冷食とレトルトを望みます。
料理下手なので、他力本願です。
ちょっと書き方を間違って、危うく優しい監禁になりそうだったところを軌道修正して、柔らかく着地させました。