2.意味のある名前
「ここが君の部屋だ、壊さない限り何を持ち込んでくれても良い」
案内されるがまま宮内の中を歩き、一つの扉をくぐった。
一人で住むにはちょうど良い広さのワンルーム。床は木の板が張られており、ベットにクローゼットなど必要最低限の家具が備えられていた。
引っ張られるようにベットに向かい、腰を下ろす。疲労がベットに吸い込まれてゆく。いきなり大変な状況に立たされ、息をつく間もなかったのが、今ひとまず落ち着くことができた。
「ふぅ」
と大きく息を吐く。
そして、てっきりすぐに戻ると思っていたが、ロープの男は扉近くで動く様子はなく、こちらを見守るように見ていた。まさかこのまま居続けるんじゃないだろうか、なんて思ってたら、彼はこちらが一息つくのを確認すると、こちらに近づいてくる。緊張感が跳ねあがるが、彼は優しい声でフードをはずしながらこういった。
「まずは俺が名乗ろう、俺はアンク・レドルト、よろしく」
いきなり名乗った彼は四十代前半のような見た目。少し高めの身長、鍛えられ締まった体格であったが、見た目に反した穏やかな口調で優しく取り込んでくれるような雰囲気を醸し出していた。
「えっ、あっ、は、はい、よろしくお願いします」
何がよろしくなのか、いきなりの展開に戸惑いうまく返答できない。あたふたしている俺を見て、微笑みながらアンクは椅子に座った。
「まぁ、まず落ち着いて。順を追って話そう。君もあんな説明でわからないことだらけでいろいろ知りたいこともあるだろうから」
一呼吸おいて、心を整える。困惑の中にいた俺に差しのべられた手、それをしっかり掴もうと尋ねた。
「ありがとうございます、俺は自分がどんな状況にあるのか、全然理解してなくて……助けてくださいお願いいたします」
「ああ、しかたないさ、とりあえず不安だろうが一つずつ解決していこう」
差しのべられた手は俺を掴んで離さなかった。
「まずは君の名前だ、その方が話しやすい」
名前、俺はそのとき名前というものをはじめて認識した。知らなかったわけではない、ただ人の名前を聞いても「自分の名前は?」という疑問はなかった。
「でてくるかい?」
自分の名前を自問しながら、頭の中を探す。端から端へと駆け巡る。だが、どれだけ探してもそれはなかった。
「ない……です」
「なるほど、まだでてきてないのか」
納得したように、軽く頷くとアンクは新たに提案する。
「じゃあ目を閉じて頭を空っぽにするんだ。大きく呼吸して、無に近づける。」
言われた通りやってみる。頭に新たなキャンパスを用意するように真っ白に染める。
「そして頭の中に名前という情報だけで埋めるんだ」
脳内キャンパスに名前と殴り書く。追い討ちに脳内で繰り返し呟く。
そしてキャパシティが全て埋まったとき、脳が強く振動した。天地がひっくり返ったように錯覚し、思わずベットに手をつく。
「おい、大丈夫か」
少し慌てたようにアンクは腰を少し浮かした。異変はないことをすぐに伝えたが、心配そうに何度か尋ねてくれた。
頭を振るって集中しなおそうとした時、頭には一つの名前が残っていた。
『カルト・ヴァレノ』それが彼の名前だった。
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