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第9話 婚約への認識の違い

 次の日の朝、レティシアが学園へ向かう為に屋敷を出ると、外には王家の紋の付いた馬車が停まっており、ジルベルトが待っていた。


「ジル……?」


「レティ、おはよう」


「おはよう

 どうして……ここに……」


「学園まで一緒に行こうと思って、迎えに来たんだ」


 ジルベルトが向ける笑みに、レティシアの胸の中には、何ともいえない気持ちが広がる。




 二人を乗せた馬車が動き始めると、ジルベルトが口を開いた。


「昨日は、レティを不安にさせてごめんね

 君のあの怯えた表情が心配で、それにしっかりと君に直接謝りたかったから、君を迎えにハーヴィル邸を訪れたのだよ」


「え……」


「昨日、君があの場所から走り去ったのは、私と彼女との場面を見たからだろう?」


 主人公との出会いの場面に、ジルベルトも気が付いていたのだとわかると、レティシアの胸は苦しくなっていく。


「…………っ……」


「私が、気を抜きすぎていた

 まさか、あの書物と同じ場面に、本当に出会す(でくわす)とは思っていなかったからね

 自分自身、正直驚いているよ」


「書物と全く同じだったの……

 ジルと主人公であるシュタイン様が初めて出逢う場面も、ジルがシュタイン様に掛けた言葉も……

 それを、どうしても見ていられなくて……

 振る舞い方も忘れて、廊下を走ってあの場から逃げてしまったの……」


「うん……

 レティをそんなに怯えさせてしまったのは、全部私の責任だよ

 それなのに、私がレティを守るっていったのにも関わらず、自分の願望を私は優先させた

 あんな状態の君をそのままにして、追い掛けもせずに一人で帰すなんて、酷い婚約者だよ

 本当にすまない」


「願望……?

 あ、ううん、ジルが悪い訳じゃないわ

 ……ぁっ………

 ルドガー殿下は、大丈夫だった?」


「ルドガー王子?」


「アルから聞いていない?

 私、昨日あんな風に我を忘れて、前もよく見ずに廊下を走ってしまったから、廊下でルドガー殿下とぶつかってしまったの

 ルドガー殿下からは、何ともないから気にしなくて良いと、寛大なお言葉を言って頂いたけれど、お怪我がなかったのかずっと心配で……

 アルが、ルドガー殿下と私との間に入って下さって、侍医も向かわせると言ってくれたのだけれど……

 それでも、ルドガー殿下はラノン王国の王太子殿下であるし、殿下のお身体もだけれど、外交問題にもなってしまったらって思って……

 帰ってからお父様に伝えたら、謝罪と確認の為に王城へすぐ向かってくれたけれど、そのまま昨日は屋敷に戻られなくて、何か大事になっているのかと不安で……」


「宰相が屋敷に戻れなかったのは、政の関係で少し問題が発覚していて、その対処をする為だと思う

 ルドガー王子からは何も言われてはいないし、こちらに侍従や侍医からも何も報告はあがってきていないから、恐らくその件は大丈夫であると思うよ

 私もバタバタしていて、アルとは昨日は話せていなくてね

 何も知らなくて、ごめんね」


「ううん、悪いのは私だから……」


 ジルベルトは、レティシアをギュッと抱き締めた。


「レティを沢山不安にさせて、本当に私もまだまだだな

 君の私へ向ける感情を見ていると、もどかしくてね……

 だけど、君を不安にさせてまで取るべき行動ではなかった」


「ジ、ジルっ……」


 レティシアは、ジルベルトに抱き締められている事に身を捩るが、なかなかジルベルトは離してくれなかった。


「あ、あのね……、どうして……私との婚約を解消しないって言うの?

 こんな……、面倒な事ばかりの私で、ジルには迷惑しか掛けていないって思うのに……」


 ジルベルトは、レティシアの言葉にピクリと身体を僅かに揺らす。


「婚約解消なんて絶対にしないよ

 私に、レティとの婚約を解消する理由がないからね

 反対に、何故そんなに婚約解消をしたらなんて、レティは言うのかな?」


「だって、政略結婚でジルの事を縛り付けるなんて、良くないと思うの

 ジルは優しいから、私に気を使って解消はしないって言ってくれているってわかっているけれど、ジルにだって気持ちはあるでしょう?」


「……………レティは、私が政略結婚を命じられたから、仕方がなく君と婚約しているって、本気で考えているの?」


「ジル……?

 この婚約は、陛下とお父様が国の情勢を考えて、決定されたのでしょう?」


「………誰からそう聞いた?」


 ジルベルトの瞳が、何時もの自分へ向ける柔らかい色ではなく、冷々とした冷たい色に変わった事にレティシアは気が付く。


(ジル……怒っているの……?)


「ジルの妃候補の方々とのお茶会で……

 ジルが可哀想だって……

 ジルの気に入る相手がいたとしても、相手は初めから決められているから、変える事はできないからって……

 ジルに運命の相手がいても、側妃に向かえる事が精一杯で、もっとジルの気持ちを尊重したらいいのにと、皆様が言っていたわ……

 お父様に聞いても、ジルとの婚約はどうする事も出来なかったって……」


「そうか……、まぁ、宰相の言い分は置いておいても……

 レティが頑なに、私との距離を取ろうとした訳はわかったよ

 レティ、言っておくが

 私は、政治的な理由から君との婚約を命じられて、仕方がなく承諾なんてしてはいない

 相手が君だったから、婚約したいと思ったんだ

 それだけは忘れないで欲しい」


「私だったから……?」


「今は、私からはこれ以上言わない

 しっかりレティ自身で、気が付いて欲しいからね」


「私自身で気がつくって……?」


 ジルベルトは、レティシアの髪の毛を1束取ると、自分の唇に寄せ口付けを落とす。


「うん……、君自身で自分の気持ちに、気が付いて欲しいんだ」


 ジルベルトから上目遣いでそんな言葉を言われ、レティシアの心臓はトクンと波打った。


「後ね、もう一つ君に伝えたい事があるんだよ」


「伝えたい事……?」


 ジルベルトの言葉に、レティシアは首を傾げる。


「自分の事のように思える悲惨な結末が書いてある書物を読んで、恐いと思う事は当たり前だと思う

 だけどね、やっぱりあの書物は、真実だけを書いてあるとは私には思えないんだ

 だってね、昨日はあの書物の通りには最後までならなかったのだからね」


 レティシアは、胸の中がまた苦しくなっていく。


「………………」


「あの書物が、真実しか書いていないのであれば、私がシュタイン嬢とぶつかった後、その場面を見ていた君は、シュタイン嬢を咎めるような言葉を、彼女へぶつけなければいけなかった


『王太子殿下へ対しての振る舞い方が出来ないなんて、シュタイン家では何を教えていらっしゃるのですか?

 貴女が正式なシュタイン家の令嬢になられたのは最近でしたから、まだ何も教えて頂かなかったのでしょうけど?

 万が一でも王太子殿下にお怪我があったなら、貴女はどう責任をとられるの?』って……


 それから、まだまだ辛辣な言葉を並べて、私が止めるまで彼女を非難するはずが、レティは何も言わずにその場から立ち去ったじゃないか?

 もう、その時点で書物とは全く違う

 だから、あの書物に振り回されないで欲しいんだ」


「真実とは違う……」


「うん

 ま、反対に君がルドガー殿下にぶつかるとは、思わなかったけどね?

 あの書物の悪役令嬢と呼ばれるレティシア嬢と、私の目の前にいるレティは全く違うよ

 私は、君にはそれをしっかり理解しておいて欲しいんだよ

 それでも昨日、君を不安にさせた事は、やっぱり私の不手際でしかない

 今後はこんな失態はしないから、レティも怯えないで今をしっかりと見つめて、前を向いて進んで欲しいんだ」


「ジル……、うん……ありがとう」


 レティシアにとって、今のジルベルトの言葉は説得力もあったし、嬉しくも思った。

 だが、完全に不安な気持ちを失くす事は難しく、様々な気持ちが頭の中を巡る。


(ジルは優しい

 昔から、こんなオドオドとした私を優しく気に掛けてくれて、いつも守ってくれていた

 ジルが側にいると私も優しい気持ちになって、それまで不安で一杯の場所でも安心して過ごす事が出来た……

 ジルが側にいてくれる事が、いつも嬉しくて……

 だから余計に、あの書物のように自分でない相手がジルの側にいる事を受け入れたくなくて、悲しくて……

 その事から目を反らして、逃げたいって思ったの……

 まるで、幼い子どもが駄々を捏ねるように……

 もっと、ジルが向けてくれる優しさに相応しいような人にならなければ、ずっと彼の側になんて居られないって──

 ───………………

 私はジルと……、ずっと側に居たいから……あの書物のようになりたくないって思ったの……?)




ここまで読んで頂きありがとうございます!

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