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第8話 変えられなかった出逢い

 レティシアとアルフレッドを追い掛けてきたジルベルトは、用件を二人へ伝えると、レティシアの頭をフワリと撫でる。


「それじゃあ、気を付けて二人とも帰るんだよ」


 手を振り、にこやかにそう言って踵をかえしたジルベルトの姿を、ぼんやりとレティシアは眺めていた。

 この時までは何事も起こらなかったから、あの拾った書物はやはり作り物だったのだと思えるようになっていたが、ジルベルトが戻る姿と重なるように見えた存在に、レティシアの心臓はドクンと音をたてる。


 書物に記されていた主人公と、その相手であるジルベルトとの初めての出逢いの場面。

 沢山の書類を抱えていた主人公と、ジルベルトがぶつかる事で、お互いの存在を初めて認識する場面を、レティシアは強く思い出した。


 踵をかえしたジルベルトにぶつかった人物が、持っていた書類が廊下の床にバサリという音をたてて落ちる。

 その音が、やけに大きくレティシアの耳には届いた。


(そう……、そしてこの時、転びそうになった主人公を支えた相手であるジルが、優しい口調でこう言うの──

『大丈夫かい? 拾うのを手伝うよ』と……)


「大丈夫かい? 拾うのを手伝うよ」


「申し訳ありません! ぶつかってしまって、お怪我はありませんか!?」


「いや、私もよく見ていなかったから、謝らなくとも大丈夫だよ」


 そんな頭に浮かぶ場面と、全く同じである目の前の光景に、レティシアの手はカタカタと細かく震え始める。


「レティ……?

 どうした!? 真っ青だぞ!? おい……」


 アルフレッドの声にハッとし振り向いたジルベルトは、レティシアの様子に焦りを感じ彼女の名前を呼ぼうとした。


「レ──」


「…………っ!……」


 しかし、ジルベルトが呼び止める声よりも先に、その場からレティシアは走り去っていく。

 そのレティシアの様子に、気を緩め何も考えずに行動してしまった、自分の愚かさに強い苛立ちをジルベルトは感じた。

 だが、ジルベルトの心の中に一つの考えが浮かぶ。

 そして、走り去るレティシアを追い掛けていくアルフレッドという二人の後ろ姿を、その場で黙ってジルベルトは眺めていた。






 普段であれば、廊下を走るなんて事は絶対にしないレティシアが、先程の光景に動揺し、そんな今の自分の振る舞いが淑女として良くないという事すら考えられず、ただあの場から逃げたいという気持ちのまま廊下を走っていた。


(やっぱり、あの書物に書いてある事は起こってしまうのだわ

 あの書物に書いてある、自分の未来は避けられない……

 嫉妬に狂って、そしてジルに幻滅され、最期は……)


「嫌……」


 レティシアの瞳は、涙で目の前がぼやける。

 そんな状態で、前がよく見えないまま走ったせいか、曲がり角から出てきた者に気が付かずぶつかってしまった。


「きゃっ!?」


「危ないっ!」


 倒れかけた身体を大きな手に支えられ、レティシアが顔を上げると、目の前にはラノン王国の王太子で留学生であるルドガーの顔があり、レティシアは自分の振る舞いに我に返る。


「で、殿下っ……申し訳ございません

 お怪我はございませんか?

 淑女としてあるまじき振る舞いを晒しただけでなく、殿下にぶつかるなど弁解の余地もございません」


 ルドガーから慌てて離れたレティシアは、腰を低く落とし頭を下げた。


「レティシア嬢、頭を上げてくれ

 君がぶつかったぐらいで、どうにかなるような鍛え方はしていないよ

 それよりも───」


「ルドガー王子、レティシア嬢が貴殿に何かしたのだろうか?」


 ルドガーの言葉の途中で声を掛け、レティシアを背に隠すように二人の間に入ったのは、レティシアを追い掛けてきたアルフレッドであった。


「あ、あの……、ここで、わ、わたくしが殿下にぶつかってしまったのです……

 わたくしの不注意で、弁解の余地もありません……」


「だから先程から言っているが、羽よりも軽いような君がぶつかっただけでは、俺は痛くも痒くもないよ

 それよりも、どうしてそんなに怯えた表情(かお)をしているんだ?

 俺にぶつかる前に何かあったのか?

 君が周りを気にせず廊下を走るなんて、何かなければそんな事はしないだろう?」


「あの──……」


「ルドガー王子

 彼女は我が国の臣下の令嬢であり、その責任は我が国にあります故……

 何かあれば、自分に仰有ってください

 彼女には、こちらから振る舞い方について伝えておきます

 あと、見えない所にお怪我があっても良くないので、滞在先である王城の貴殿の部屋へ侍医を向かわせます

 この事は、自分の顔に免じてはくれませんか?」


「……………

 レティシア嬢は、一介の臣下の令嬢でありながら、王族の君達に余程大切にされているようだね?

 先日、王太子のジルベルト王子からも彼女の名前を聞いたよ

 今日の事は、そんな大した事でもないし、大事にするつもりはない

 レティシア嬢、だから気にしなくていいし、俺に対してもそんなに畏まらなくていいから」


「殿下の寛大なお言葉に感謝致します

 本当に申し訳ありませんでした」


 ルドガーとその場で別れ、アルフレッドがレティシアを馬車停めまで送ると、レティシアは馬車に乗り込む前に、アルフレッドへ頭を下げた。


「本当に……、さっきはアルにまで迷惑を掛けてしまって、ごめんなさい

 もし……何かあれば、罰を受けるのは私だから……」


「そう何度も謝らなくていい

 大した事はしていないし、さっきのルドガー王子の様子からも、特に大事にするつもりもなさそうだから、そんなに気にするな

 それよりも……どうしたんだ?

 何があったんだよ、お前があんなふうに突然動揺して、廊下を走るなんて」


「それは……」


 レティシアが、アルフレッドの問いに口ごもると、アルフレッドは笑みを浮かべ、彼女の頭をポンポンと撫でた。


「まぁ、言いたくないなら無理に言わなくともいいけど、一人で抱え込まないで、悩みがあるなら俺でいいなら、何でも聞くから言えよ?」


「本当に……、ごめんなさい……」


「…………屋敷まで、本当に送らなくても大丈夫か?」


「うん……大丈夫

 心配かけてごめんね

 ありがとう」


「ああ……

 じゃあ、また明日な」


「うん、また明日」


 レティシアは、手を差し出してくれたアルフレッドの手を借りて馬車に乗り込み、扉が閉められる前にアルフレッドへ向けて手を振った。

 だが、その表情は何時もとは違い、不安気な色を滲ませていた。

 レティシアの乗った馬車を、アルフレッドは複雑な心境で見送る。


(あいつに何かあったのは確実だと思う

 だけどその原因がわからない

 何もないのに、我を忘れて廊下を走るなんて事を、幼い頃から厳しい妃教育を受けているあいつがする訳がないんだ

 それに、様子がおかしいのは今日に限った事じゃない

 入学式に倒れたと聞いた時から、何かがおかしいんだ

 兄上はそれに気が付いているのか?

 あいつが、あの場所から走り去った時、どうして兄上は追い掛けてこなかったんだ?

 普段の兄上なら、あいつが走り去る前に引き止めるだろうし、すぐ宥めて落ち着かせるはずなのに……)


「何なんだよ……訳がわからない

 くそっ……」


 自分は蚊帳の外のような、理由がわからない現状にアルフレッドは苛立ちを覚えた。



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