第58話 恩情
数日後、特別にレティシアも同席を許された謁見の間には、ラノン王国の国王の代理として、ルドガーの弟である第二王子とその側近がルドガーの引き渡し等の対応をしていた。
「父から、今回の事は王太子であるのにも関わらず、自分勝手に個人的な愚行を起こした兄のルドガーに全面的に非があるとの事であり、その事でオーガストラ王国には、多大な迷惑をかけたとの言葉を預かってまいりました
兄のルドガーを一度王太子から外し、我が国で管理をしていきたいと国王として考えているとの事です」
「ラノン王国は、彼に完全な廃太子を命じる訳ではないというのか……?」
「………それは……、僕には何とも……」
オーガストラ国王の言葉に、ラノン王国の第二王子が言葉を詰まらせるような様子を、ルドガーは第二王子である弟の隣に立ちながら、覇気もなく、ただぼんやりと黙って見ていた。
その時、ジルベルトが言葉を発する。
「陛下、途中で口を挟んで申し訳ありません
しかし、今回の事は私に一任してくださるとの事でしたよね?
でしたら、私は彼に完全な廃太子は求めません」
「お前とレティシア嬢は、それで良いのか?」
「宰相は不服かもしれませんが、レティシアと話し合ってはおります
ルドガー王子の今回の行動は、度が越えていたとは思いますが……
拉致されたと思われるシュタイン嬢も、拉致されていたという認識はなかったそうです
彼女の中では、体調を崩した平民の女性を介抱していたという認識であります
無事に保護され、彼女を監視するために体調を崩した振りをしていた者も女性であったり、この事は公にはしていなく箝口令もひいている事から、シュタイン家からは我々に沙汰は任せるとの言葉を貰っております
それに、今回の件は、ルドガー王子の思い込みが発端という事で、私もレティシアも彼に重い責任を取ってもらおうとは思ってはいません。
我々的には後は、ラノン王国のこれからの対応次第かという結論に至りました
ラノン王国の国王陛下や国民からも優秀であると言われているルドガー王子です
そんな彼から、易々と王位継承権を奪うのは惜しい存在であるとも思いますので……」
「王族として、未来の王位につく者としても、そんな精神状態でこのような行動を起こした事は、どうかとは思うが……」
「周囲は、ルドガー王子が今回の騒動を起こした事は知りません
優秀で人望も厚い彼が、王位継承権を何故破棄されたのかと、要らぬ詮索を生む事になるでしょう
我が国としても、公にしたくはない事が幾つかあるので、そこを詮索されるのは良い判断とはいえません
このまま、国の事情でラノン王国へ帰国して頂く事が、一番良い結論かと思ったのです」
「だが、このまま帰らせて、我が国の事を洩らすような危険はないのか?」
「その点は、私も引っ掛かりましたが……
彼が、レティシアが不利になるような事を少しでも洩らす事があればどうなるのか、一番理解しているのは彼自身だと思います」
ジルベルトの言葉に、国王も宰相も納得する他はなかった。
今回、ルドガーは余りにもレティシアの秘密を知った上での行動をとっており、未来の王太子妃、そして国母となる存在の彼女の不利になる情報は洩らしたくはなかったのだ。
宰相はレティシアへ目を向ける。
ルドガーの行動のせいで、あんなにも精神的に痛め付けられていた姿を知っており、ジルベルトの言葉に異論はなくとも、感情的には複雑であったからだ。
「レティシアもそれで納得しているのか?」
「はい、納得しております
それに、ルドガー殿下に重い責を取ってもらいたくはないと言葉を、初めに出したのはわたくしなのです……
そんな我が儘を、ジルベルト殿下は受け入れてくださり、そのような結論に至りました」
「そうか……わかった
殿下のお考えに同意致します」
報告を受けていた国王も宰相も、ルドガーが転生しレティシアに固執していたなどという話は信じられなかった。
だが、その当事者であるレティシアやジルベルトは受け入れている事から、今回の件はジルベルトへ一任すると伝えていたのだ。だが、レティシアの秘密を知っているルドガーの対応には、皆完全に一致する考えは出ない中、ジルベルトとレティシアはルドガーをラノン王国へ戻すとの案を出した。
レティシアの秘密を、ルドガーが他には洩らす事は絶対にしないとジルベルトは考えたのだ。
どうして、そう思えたのか?
今までルドガーは、全て自らの考えの中で自らの手で事を起こしていた。
方法は荒いか、他人に任せる事もなかった。
それは何故か、数日前の王城の応接室でルドガーが心情を吐露した時に、ジルベルトは問い掛けていた。
───数日前……
『何故、お前はレティシアの公にしていない二つの事柄を、誰にも洩らさず一人で事を起こした?
周囲の者にやらせれば、もっと簡単だったのではないのか?
お前の腹心である従者は、色々とレティシアの周りを嗅ぎ回っていたが……、決定的な事は全てお前が起こしていた』
『……………テオは彼女の秘密の事は何も知らない
父上も……
俺が自分の妃としたい者は一人しかいなく、その者を娶れなければ俺は玉座にはつかないと伝えていた』
『それはラノン国王も焦ったのではないのか?』
『…………お前は、何処まで知っている……?』
ジルベルトの言葉に、内密にしているラノン王国の内情が、幾つも漏れているのではないかと、ルドガーは感じて問い掛ける。
『お前の二人の弟達は、かなり曲が強く、其々別の側妃の子であるということ
お前が唯一の正妃の子であること
だが、ラノン王国は実力主義の国であるから、正妃の子に王位継承権一位が与えられる訳ではない
そんな中で、国王は全てのバランスを考えてお前を王太子としたこと
側妃の其々の実家はかなり力が強く、どちらかの王子が玉座に座れば内乱が起きかねない
そして、その王子達に国を率いる力はあまりなく、暴君ともなりかねない
今の安定している、ラノン王国の姿はガラリと変わるだろうな
そして、何よりお前のその優秀な力を国王は欲していた
私が知るのはそんな所か……
内乱が起これば、レティシアがどうだの、この国との争いがどうのと言えない、そんな時にこの国から攻め入れられれば国は落とされる
流石にそれは、国王として放っておけないだろう?
お前にとっては、レティシア以外どうでもいいのだろうがな?
お前は、レティシアの言葉を聞き入れずに、このまま国をも捨てるつもりなのか?』
『何?』
『今の自分を認めないで、このまま過去の記憶やお前が縋っていた物語に固執したまま、国を捨てるようならば、それまでの人間だったという事だ
お前が王族として今まで学んできた事は、ただの偽りでお前の背負っている民の事も見捨て、責任感もない傀儡になるというならば、それなりの対応をこちらがとるだけだ
そんな未来を、お前が今世でも臨んでいるならばな
最後に選ばせてやる
今を生きるのか、過去に囚われたまま朽ちていくのか
お前はどうしたい?』
『………………』
ルドガーの心には、レティシアの居ない世界などどうでもいいという気持ちもあったが、レティシアの先程の『今の自分を認めてあげて』という言葉は心に残っていた。
『レティシアの秘密を洩らすようならば、私は容赦はしない』
ジルベルトの言葉に、ルドガーはレティシアへ目を向け、そして再度ジルベルトを見据えた。
『…………洩らす訳がないだろう?
俺が、シアが俺でない他人に苦しめられるような情報を洩らすと思うのか?
シアが他人に苦しめられるような姿は、俺は見たくはない』
ルドガーの言葉とこちらを見据える瞳の力に、ジルベルトは少し考えてから口を開いた。
『お前が、レティシアを不利にするような悪魔には、決してならないと思っていいのだな?
恩情を与えるのは、これで最後だ、二度目はない
レティシアに何かあれば、その時はどうなるのかよく覚えておけ』───……
ジルベルト的には、制裁を目の前の男に与えたかった。
レティシアを苦しめ、そして彼女の脅威にもなりかねない存在であったからだ。
だが、ルドガーの口を封じた時に生じる他からの詮索で、不利になるよりもルドガーを手中におさめておいた方が得策だと結論付けたのだ。
また、制裁を加える事でラノン王国が荒れ、この国へその飛び火がくる事を防ぐ事も考えなければならなかった。
そして、何よりレティシア自身が、ルドガーへの制裁を臨んでいなかった事も大きかった。
だが、この結論に至った最大の理由は、ルドガーがジルベルトへ『俺でない他人に彼女が苦しめられるような姿は見たくはない』と、いうような曲がった言葉を語ったからであった。
自分にも同じような思考があるようにも感じ、その言葉は彼の本心で何よりも信じられると結論付けた。
決して表には出さないし、実際にそうしようとも思わないが、レティシアの幸せだけでなく、不幸も全て自分の手で握っていたいといった、屈折した想いをジルベルトは自分の奥底に抱えていたのだ。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
評価ポイント、ブックマークもありがとうございます!
後味スッキリしないような感じで申し訳ありません……ルドガーの考えにジルベルトが自分の屈折した思考と同調させた事が制裁を加えない一番の理由とした事に賛否両論な意見を持たれるように思えてなりません……その他にも制裁を加えない理由があったとしても……
◇お知らせ◇
明日(7/19)の更新は私事でお休みさせて頂きたいと思います。申し訳ありません。
更新再開する時に活動報告でお知らせ致します。




