第5話 入学式
レティシアとアルフレッドが講堂に付いた時、丁度ジルベルトの挨拶が始まる直前で、壇上の中央にジルベルトが足を進めていた。
講堂の係員は、第二王子と公爵家令嬢という二人の身分から、前列の特別席へ案内しようとしたが、式の途中でありジルベルトの挨拶が始まるので二人はその申し出を断る。
二人が、扉付近にある下位貴族用の椅子へ気にする事もなく腰を下ろした事に、係員の顔色は青くなっていく。
この大勢の生徒達の前で、堂々と挨拶するジルベルトを見て、彼が未来のこの王国の頂点に立つ存在なのだなと、レティシアは改めて感じた。
そんな存在の隣が、自分に相応しいのだろうかと、複雑な心境になっていった時、またもや先程倒れるまで衝撃を感じた存在が目に入ってしまう。
レティシアの手足が、また細かく震え始める。
視界にいるその存在と、今壇上にいるジルベルトの気持ちが繋がり合った時、自分はどうなってしまうのだろうかという不安が、レティシアを再度襲った。
ジルベルトはそんな事にはならないと言ったが、人の気持ちはどうなるのかなんてわからない。
そして、レティシアは壇上にいる人物へ目を向け複雑な思いが沸き起こる。
どうして、ジルベルトは婚約の話をなかった事にしたいと伝えた自分の言葉を、あんなにも拒否したのだろうか、と……
「レティ? どうした? また具合いが悪くなったのか?」
「ううん……、大丈夫
心配かけてごめんなさい……」
「そんな事はいいんだよ
でも具合いが悪くなったなら、気にせずすぐに言えよ?」
「アル……
うん、ありがとう」
レティシアの様子を心配し、気に掛けているアルフレッドの姿が目に入りながら、挨拶を終えたジルベルトは表面上にこやかな様子を見せて壇上に用意してある待機場所へ戻る。
隣に居る、副会長でもあるアランは前を向いたままそんなジルベルトを小声で諭す。
そして、そのまま楽団の祝いのオーケストラの演奏が始まる中、二人の会話が続いた。
「あの程度で苛つくなよ
どれだけ狭量なんだ」
「苛ついてはいないよ
ただ、距離感をアルは覚えなければいけないと、感じただけだ」
「距離感?」
「今までは、仲の良い幼馴染みであったとしても、これからは兄であり、王太子の婚約者になる相手への距離感をね」
「距離感って……
お前の可愛い弟だろう?
幼馴染みとの関係ぐらい、大目に見ろよ」
「他の事であれば、何も気にならないし、アルが我が儘を言ったとしても容認するよ、さらにもっと我が儘を言わせてあげたいぐらいにね
アルは、なかなか我が儘を言わない弟だからさ
だけど、レティの事はそれとは別だ
レティもまったく何も気が付いていないし、アルだけでなく学園に入学したら、他の貴族の子息達との交流が増えざるをえないこれからの現状、あの無自覚と無防備はどうにかしなければいけないな」
「……ったく、お前程国王に相応しい人間はいないな」
「何故、そこで私の国王への適性が出てくるんだ?」
「その微笑みの下で、どれだけ思慮深く考えて、秘密裏に計画してるのかって事だよ
その人当たりのいい表情に、殆んどの人間は騙されていて、気付けばお前の思うがままに事が動いている
お前を欺ける奴は、国内外を探してもなかなか見付からないと思うし、お前を欺こうとしたら反対に何倍にもなって、その報復を受けるのだろうなと、思っただけだよ」
「心外だな、そんなふうに私の事をアランは見ていたなんて
それに、アランは私の考えている事にすぐ気がつくだろう?
それこそ、今もすぐ気が付いたじゃないか」
「俺はお前との関わりが長いからな
それにお前は、レティが絡む事は他の事よりも幾分わかりやすい
それでも、俺だって読めない事が多くあるんだから、他の浅い関わりの者なんて、お前の考えている事なんて到底気が付く事すらないと思うぞ」
「まぁ……、レティ程、私の事を振り回してくれる存在はいないからね……
……………っ、……」
そんな話をアランとしていたジルベルトは、新入生の中にある人物を見付ける。
「話は変わるが、アランは今年度の新入生で話題になっているエリカ·シュタイン嬢の事は、どこまで知っている?」
「………何だ? 彼女に目を付けたのか?
それならば、今日にでもレティシアとの婚約は白紙に戻すよう、父上へ報告しようか」
「私が他の令嬢にも目を付けるのであれば、宰相とあんなに面倒な話し合いを何年もしないよ
冗談だとしても、そのような言葉を言う事は許さないからな
少し、彼女の事で気になる事があってね……」
「訳は……、言うつもりはないんだな?」
「今はまだ、不確かな事ばかりだからね
だけど、確証を得るような事がわかれば、アランには一番先に報告するよ
私が報告する時には、アラン自身も放置出来ない事になっていると思われるからね」
「………何なのか詮索する事は、お前の報告を受けるまでやめておく
エリカ·シュタイン嬢は出自が少し複雑な令嬢であるが、それ以上に学力や魔力が高いと学園の能力試験でわかったらしく、総合順位は新入生の中で四位だったようだ
今年度はそれでなくても、能力の高い者の入学が重なった中でな」
「四位と数字だけ聞くと人より少し優れているとは感じるが驚く程ではないとも受け取るな
例年であったなら首席であったのだろうが
今年度は、少し特別であるからね……
レティは三位であったと聞いたし、あのアルは二位……
一位は、まぁ彼であったのは仕方がないのだろうね
私的には、アルが首席をとるかと思ってはいたのだけれど……」
ジルベルトは、僅かに表情を変えた。
そんなジルベルトの心情にアランは気が付き言葉を溢す。
「隣国であるラノン王国の王太子が、留学生としてこの王国の学園への入学が決まったからな」
「あの国は、ここ何代か王位継承権のある王子を、様々な国へ留学させているからね
王太子である彼の留学先に、我が国が選ばれた事は光栄な事であると思っているが、王太子同士の交流を深めるという、この時期には些か面倒事を増やしてくれたけれどね?
今の私は、レティとの婚約を磐石なものにしなければならないという大事な時期なのに……」
「お前はぶれないな……」
「アランは本当に失礼であるよ?
私の事をどういうふうに見ているのだい?」
二人の会話は、楽団の演奏終盤まで続いた。
入学式が終了し、ジルベルトは講堂を出ようとしていたレティシアとアルフレッドへ声を掛ける。
「レティ、顔色が少し戻ったようで良かった
でも、まだ少しいつもより顔色が悪いね
このまま教室での顔合わせに、出席させるのが心配だな」
そう言葉にしながら、ジルベルトはそっとレティシアの頬を指先で撫でた事に、レティシアはピクリと身体を揺らした。
そんなレティシアに、ジルベルトは笑みを深める。
「あの……、心配かけてしまってごめんなさい
でも、もう大丈夫だから……」
「兄上、レティとは俺も同じクラスだから何かあれば俺が付いているし、そんなに心配するなよ」
「ああ、レティの事を私が傍にいられない一年生の教室では、くれぐれも頼むよアル
頼りになるアルがレティと同じクラスで私も安心だ」
にっこりと笑みを浮かべたジルベルトの、この表情や言葉に隠れた意味が含まれていることを、その場にいたレティシア以外のアルフレッドとアランはすぐ気が付いた。
『レティシアを手にしているのは兄であるジルベルトである事を覚えておけ』という意味を……
ここまで読んで頂きありがとうございます!
ブックマークありがとうございます!
作者の覚書
エリカ·シュタイン
レティシア達と同じ新入生。
桃色の髪色に紫色の瞳を持つ令嬢。
レティシアの拾った書物では主人公として描かれており、書物の中でのジルベルトの相手とされている。
シュタイン伯爵の愛人との子どもであり、学園入学を機に伯爵家へ迎い入れられた。
学力も魔力も高い事が入学の際に行われた能力試験でわかった。