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第44話 既視感

 レティシアが夜中に悪夢を見て魘される事は、日を重ねた今もあまり変わらなかったが、それでも自分なりに出来る事を頑張ろうと強く思い、何かを一口でも口にしようと食事を頑張っていた。

 それは傍で家族や、ジルベルトが気に掛け支えてくれていた事も大きい。

 あのような執着をみせたルドガーが、あの王城での一件から、その後レティシアに近付く事はなかった。

 だがその事は、レティシアやジルベルトは勿論、ルドガーが彼女を自分の物にしようとしている事を知っている者は、安堵するよりも不気味さを感じるばかりであり、そんな日々が暫く続いている頃それは起こった。



 ある日の学園では、一年生の男子生徒は武道場での武術の講義、女子生徒は教室で刺繍の講義と男女別れての講義があった。

 講義前の時間、アルフレッドは不安気な表情でレティシアとプリシラに向き合っていた。


「彼は、俺と同じ講義であるし何もないと思うが……

 あまり気は抜くなよ」


「ええ、わかってるわ

 でも、次の講義はクラスメートのご令嬢方とずっと教室で一緒なのだから大丈夫よ

 心配掛けてしまって、ごめんね」


 レティシアの置かれている状況を知っているプリシラは、不安そうなアルフレッドへ言葉を掛ける。


「殿下、わたくしもお兄様からも伺っておりますし、レティの様子を見ておりますわ」


「ああ頼む

 じゃあまた後でな」


 そう言って、武道場へ向かったアルフレッドの背中を、レティシアとプリシラの二人で見送った。

 教室へ戻る時、プリシラはその場の空気を変えるかのように、レティシアへ話しかける。


「それじゃあ、わたくし達も教室に行かなければね

 それにしても……刺繍……、苦手なのよね

 どうして女子生徒には刺繍なんて講義があるのかしら」


「プリシラったら

 でも、婚約者のサイモン様のお誕生日にって剣帯を頑張って、今、作っているのでしょう?」


「全然先に進まないし、差し上げられるような代物ではないのだけれどね……」


「プリシラの心がこもった物なら、喜んでくださるわよ」


「レティは刺繍が得意だから羨ましいわ

 レティは、殿下に何か贈らないの?」


「このところ心配ばかりかけているから、お礼に刺繍をした手巾(ハンカチ)を、とは思って今少しずつ作っているわ……

 時間も、出来てしまった事もあるしね」


「その手巾を貰った時の殿下の表情が浮かぶわ

 きっと大喜びなさるわね」


「それならいいのだけれど……」


 そんな他愛のない話を、レティシアはプリシラと交わしながら教室へ戻った。

 講義で出された課題用の刺繍を刺し終わった後、空いた時間は自分の好きな物を作っていいと講師から言われた事もあり、ジルベルトへ渡そうと考えている手巾に彼の象徴とされている鷹のモチーフを一針ずつ丁寧に刺していた。

 王族には、それぞれ一人ずつ象徴とされているモチーフがありジルベルトは鷹、アルフレッドは梟を象徴として、各々の持ち物にも刻印されていた。

 その時、レティシアは小声で声を掛けられる。


「レティシア様は、刺繍がとても上手なのですね」


「え……」


 声を掛けてきたのは前の席のエリカであった。

 突然、声をかけられ少し驚いたレティシアであったが、エリカの言葉に返事を返す。


「あ……、講師の先生から見られたら、まだまだだとは思うのですが、刺繍は好きなので時間があるとよく指しているんです」


「私は苦手で……、今日も課題のもので精一杯です

 他のものまで手にする余裕なんて、全然ないですよ」


 勉学や魔術に秀でているエリカにも、不得意な面があるのだなとレティシアは感じる。


「やっているうちに少しずつ慣れてきますよ

 エリカ様……その手……」


 レティシアが目にしたのは、傷だらけのエリカの指先であった。

 その指先を見られてしまった事に、エリカが少し慌てる。


「あ、お恥ずかしいです……

 本当にこういう作業が慣れなくて……

 針を何度も刺してしまって……」


「そのままじゃ、傷が残ってしまいますわ

 医務室で手当てをしないと……」


「あ、大丈夫ですよ

 それに、まだ講義の途中ですし」


「でも……」


 そんな事を言い合っている二人に気が付いた講師が、二人へ近寄り声を掛けてきた。


「どうされたのですか?」


「あ、先生

 講義中に私語をしてしまい申し訳ありません

 ですが、エリカ様が手に怪我をなされていて、講義の途中でありますが、医務室へ手当てに行っても宜しいでしょうか?」


「レティシア様!?」


「これは、手当てをされた方が宜しいですわね

 でも、シュタインさんをお一人で向かわせるのは……」


「では、私が──」


 講師がどうしたらと考えた時、レティシアは自らが同行すると、とっさに名乗りをあげていた。

 レティシアが付き添う事に講師が了承した事で、レティシアがエリカと一緒に医務室へ行く事になった事を、プリシラが心配そうな眼差しを向けた事に、レティシアは大丈夫と目線を送った。

 医務室までの廊下をレティシアとエリカが歩き、その後ろをあの一件から彼女につけられているレティシアの護衛が付き添っていた。


「レティシア様、何だか申し訳ありません……」


「いえ、気になされないでください」


 レティシアは、自分のとった行為に僅かに不安を覚えた。

 護衛が付き添っているとはいえ、エリカと二人きりでいる事は大丈夫なのかと……

 それはジルベルトから、エリカにも気を付けるように言われていたからだ。

 自分の行動は短絡的な行動だったのかもしれないと思うが、しかし怪我をしているエリカを放ってもおけなかった。

 今、思えば、普段の自分ではとらないような行動に、何故咄嗟に同行すると言葉にしていたのかと、疑問を感じる。

 そして、何か既視感をも感じていたが、エリカと二人で医務室に行くなんて場面はあの書物にもなく、この何とも言えない既視感は何なのだろうかと不安を感じていた。


 医務室には校医が不在で、レティシアが自らエリカの指先の手当てを施す。

 護衛には医務室の扉を開けている事もあり、廊下で待機してもらっていた。


「レティシア様に手当てをして頂くなんて、申し訳ありません……

 レティシア様は、王太子殿下の婚約者様であるのに……」


「困っている時に、身分や立場なんて関係ないです

 それに、学園の方針は皆平等に学び、語り合う事ですもの

 傷痕が残らなければいいのですが……」


「レティシア様は、本当に優しい方なのですね」


 エリカの何も疑う事もない無垢な笑顔を向けられ、レティシアは何とも言えない気持ちになる。

 何も知らないエリカが、自分がエリカへ向けている警戒感を知ったらどう感じるのだろうかと思った。


「私は……、そんなに素晴らしい存在ではないのですよ──」


 ───カタン


 レティシアの言葉と重なるように聞こえた物音に、レティシアがそちらへ顔を向けた瞬間、身体が硬直する。

 その目に映る存在に……


「二人で医務室にいるけれどどうしたの?」


「ルドガー殿下……」



ここまで読んで頂きありがとうございます!

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