第43話 安心出来る居場所
ハーヴィル公爵家の屋敷の庭園に用意されまガーデン用のテーブルセットの上には、様々な菓子やフルーツに軽食などが置かれ、淹れたての紅茶の入ったティーカップの横には花の形に細工がしてある珍しい砂糖の入った入れ物が置かれていた。
ジルベルトは、その花の砂糖を摘まみレティシアへ問いかける。
「レティ、砂糖は幾つ入れる?」
「ジル……」
「ん? 一つ? 二つにする?
以前、レティが可愛いと気に入っていた花の形の砂糖が手に入ったから、一緒にお茶の時間を楽しもうか」
穏やかな笑みを向けるジルベルトに、レティシアは小さくコクリと頷いた。
「二つ……、入れたいな……
それと……」
「ミルクをたっぷりだよね?
レティが紅茶に砂糖を入れる時は、ミルクをたっぷり入れたミルクティーを好んでいるものね
この砂糖をレティへ持って行こうと思ったから、茶葉はミルクティーに合う物を選んだのだよ」
本来ならレティシアは、学園が休日の今日は王城で王妃教育を受けているはずであった。
だが、あの一件があった後、安全を見直さなければ王城でレティシアを一人にする事がある王妃教育は控えたいと、ジルベルトは国王に願い出ていた。
国王は報告を受け事情も知っている事、またレティシア自身幼い頃から行っている妃教育は殆ど合格点を貰っている事もあった為、急を要する事柄もない事から一時的に王城での王妃教育はなくなり、ハーヴィル家の屋敷で出来る事を行う形に変更されていた。
そんな、レティシアと会う時間を増やす為に、ジルベルトはこうしてハーヴィル家を訪れる事を増やしていた。
今日は、レティシアが以前から気に入っていた細工された砂糖や茶葉に、彼女好みの菓子等を手土産にしてジルベルトが訪れていたのだ。
「ジル……、執務が沢山あったのではない?」
「大丈夫だよ、急ぐものは終わらせてきたから心配はいらないよ」
「ごめ──」
レティシアが謝罪の言葉を口にしようとした時、ジルベルトはレティシアの唇に自分の人差し指をあてる。
「『ごめんなさい』はいらないよ
私がしたくてしている事であるし、何よりレティとの時間を沢山とりたかったのは私であるのだからね
私は君からは『ごめんなさい』よりも、できたら『ありがとう』の言葉が聞きたいな」
ジルベルトは、そんな言葉と柔らかい笑みをレティシアへ向けた。
「ありがとう……」
「どういたしまして」
ジルベルトの大きな掌が、レティシアの頭を優しく撫でる。
「レティの好きなミルクティーだよ
少しでもいいから飲んで欲しいな」
ジルベルトは自分の手ずから、紅茶へ砂糖とミルクを入れてレティシアへ差し出す。
それを素直に受け取ったレティシアは一口、口に含むと砂糖の甘さとミルクの柔らかさが口の中に広がり、自然と言葉を口にしていた。
「美味しい……」
その言葉にジルベルトは安堵の笑みを浮かべ、更にレティシアの好きな菓子やフルーツを皿に乗せていく。
ジルベルト自らから、レティシアと二人きりでゆっくりと話したいからと公爵家の使用人に伝え、近くには侍女や執事、ジルベルトの護衛も控えず少し離れた所に待機させていた。
コトリと目の前に自分の好きな物を乗せた皿を置かれて、レティシアはまたジルベルトを見詰めた。
「本来なら、私がジルの事をもてなさなければいけないのに……」
「これも、私がやりたくて、やっているのだから気にしないでほしいな
今、私達の周りには、無粋な事を言う者も指摘する者もいないのだし、私自身が君を甘やかしたいのだよ
はい」
ジルベルトはそう言うと、レティシアの口へ直接自分で摘まんだブドウを持っていく。
その事に、少し及び腰になったレティシアの顔を覗き込んだ。
「レティ、口を開けて?
それとも、私が差し出す物は口に出来ない?」
強い眼差しでそう言われてしまうと、レティシアは拒否する事も出来ず、大人しく口を開ける。
ジルベルトから直接食べさせて貰っているという事に、恥ずかしさからか顔が熱くなる事がわかった。
「ジル……、自分で……食べられるから……」
「そう? 残念だな……、私が食べさせてあげたかったのに」
「………っ……」
ジルベルトが気遣ってくれる優しさに、レティシアは自分がこんなふうに不安定になっている事も合わせて、複雑な気持ちになる。
せっかくジルベルトが、このような穏やかな雰囲気をわざわざ作ってくれた事に水を差す事はわかっていたが、どうしても言わないではいられなかった。
「ジルは……」
「レティ?」
「ジルは……、こんな私の何処がいいの?
どうして、こんなに優しくしてくれるの?
私は……迷惑しかかけていないのに……」
レティシアのその言葉に、ジルベルトはカチャリと持っていたティーカップを受け皿に置くと、レティシアへ視線を向ける。
「何処が、と言われると難しいな……
君へ向ける気持ちは理屈じゃ説明する事は難しいから……
あげればキリがないし、あえて言うなら君だからだろうか……
レティはさ、自分が思っている以上に私にとってはなくてはならない存在なのだよ
反対に聞くけれど、レティが私へ好意を寄せてくれたのは、私が王太子だったから?」
「そんなの違うっ! ジルだったから……」
「そういう事なんだよ
好意を寄せる切っ掛けはあったとしても、それはほんの些細な事で、気が付けば気持ちに理由なんて付けられなくなっている
私は、家柄や容姿などという打算で君を選んだ訳ではない
君自身を望んでいたのだよ
だから、もっと自分を認めてあげて?
そんなに、自分で自分を否定したら君が可哀想だ」
レティシアには、ジルベルトの自分へ向けてくれる優しさも愛情も十分伝わってきたが、よけいに自分でおさめる事の出来ない今の不安定な心が恥ずかしく、悔しかった。
「…………」
「それに、今回の事は君には責任なんてない
咎められるのは、一方的な想いや訳のわからない事柄を君にぶつけて、追い詰めているあの男なんだよ
そして、その男を野放しにしている私の力不足であるんだ」
「ジルは悪くないわ!
私がもっと強い心をもっていたら……」
「君の性格を理解した上での行動なのかもしれないね
君が笑い話で終わらすような事が出来ない性格をしている事も、把握しているのかもしれない
だけれど、君の事は私が絶対に守るから……
だから、少しでも君の心が安心出来るような空間を作りたいと、私は思っているんだ
君が安心出来る場所が、私の隣であって欲しいとずっと願っている
全く気にするなという事は難しくても、私と一緒にいる時は気持ちを少しでもいいから緩めて欲しいんだ」
レティシアは、手にずっと持っていたジルベルトの淹れてくれたお茶を再度口に含む。
ジルベルトの自分へ向けてくれるような、優しい甘さを感じて瞳が潤んでいった。
「ジル……、ありがとう……
ジルの隣は、私にとって小さな頃から安心出来る場所で、今もそれは変わらないわ……
私……、もっと強くなるから……」
そんなレティシアの言葉に、ふわりとジルベルトは優しく頭を撫でた。
「無理に強くなんてならなくていい
君は君らしくいてくれたら、私はそれで嬉しいから」
その言葉と一緒に、ジルベルトはレティシアへ触れるだけの口付けを落とした。
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