第41話 零れ落ちた心の悲鳴
レティシアが屋敷の外へアランと一緒に出ると、エントランス前に停まっていたのは、公爵家の馬車でなく王家の紋の入った馬車であった。
レティシアとアランが外へ出てきた事で、御者が馬車の扉を開けると中からジルベルトが降りてきた。
「え……ジル……?」
「おはようレティ、アラン」
「おはよう……
どうして……?」
「ん?
今日から朝は、二人で一緒に学園へ行きたいなと思ってね」
「そんなことは……」
「私達は、もう正式な婚約者同士だよ?
それに、国内外にしっかりと婚約した事を周知もしているし、なにより婚約式も執り行って国内の貴族の面々に、二人で並んだ姿を披露したのだから、一緒に学園に行く事なんて何も問題はないよ」
「問題というよりも、ジルがここに来てから学園へ向かうなんて、そんな手間を掛けさせるのは悪いわ」
「何も悪くなんてないよ
私がレティと一緒に行きたいのだからね
それとも、レティは私と一緒には学園に行きたくないのかい?」
「そんな言い方は狡い……
そう言われたら、私が何も言えなくなる事を知っているくせに……」
「うん、私は狡いのだよ
レティも知っているだろう?
どんな手を使っても、レティを傍に置きたいのだからね
さあ、おいで
学園に遅れてしまうよ」
ジルベルトの言葉に、何も言えなくなってしまったレティシアは、おずおずと差し出されたジルベルトの手に自分の手を重ねた。
ジルベルトは、レティシアが馬車の中に乗った事を確認すると、アランへ無言の視線を向ける。
そのジルベルトの視線へ、アランは首を振り小声で「悪化している」と呟いた。
そのアランの言葉に、ジルベルトの表情はより険しくなる。
馬車が動き出し、少ししてからレティシアの隣に座っていたジルベルトは彼女に声を掛けた。
「レティ、口を開けて?」
「えっ? ……んっ!?」
レティシアは、ジルベルトに突然何かを口に入れられて驚くが、次第に口の中に広がる甘い味に彼へ顔を向けると、ジルベルトはビンを手に持ち彼女へ見せる。
カラリと音がするジルベルトが持っているビンの中には、色とりどりのキャンディーが入っていた。
「レティは、果実のキャンディーが好きだったよね?
これなら、少しは口に出来るかと思ったのだよ」
ジルベルトの言葉に、レティシアの表情が曇る。
「食事の事……、お兄様から聞いたの?」
「そうだよ
それに学園でも、昼食をとっていないようだとも聞いてね」
ジルベルトがレティシアを抱き寄せると、この数日でもともと細い身体がより細くなったように感じるぐらいであり、ジルベルトは眉根を寄せた。
ジルベルトは、そんなレティシアをひょいと持ち上げ、自分の膝の上に座らせる。
「きゃっ!? ちょっ、ジ、ジルっ!!」
突然のジルベルトの行動に、レティシアは抗議の声を上げるが、そんなことは気にも止めないジルベルトは、そのままギュッとレティシアの事を包み込むように抱き締めた。
「レティ、学園に通う事を少し休もう?」
朝、母親のセシルから言われた事と同じ事をジルベルトからも言われて、苦しい気持ちになりながらもレティシアは首を横に振る。
「行く……」
レティシアが自分の提案へ頷かない事に、ジルベルトは少し語気を強めた。
「レティ、彼と同じ空間にいる事も怖いのだろう?
無理はしなくていい
君の事が私は心配なんだよ
私が離れている間に、彼が君へ何かするのではないかという事が心配であることも勿論だが、それよりも、そんなにも大きな不安と恐怖に襲われたまま、それを与えた存在と同じ空間にいるなんて、君にとっては拷問でしかない
私はそんな拷問の時間を、君にずっと味わわせたくないのだよ」
「嫌……行くの……、行かなきゃいけないの」
学園にレティシアを行かせたくないという、ジルベルトの思いを頑なに拒み続けるレティシアに、ジルベルトは珍しく語気を荒げる。
「どうして!?
何故、そんなに学園に行きたがるんだ!?
講義なんて、どこでも受けられる
生徒達との交流だって、学園でなくても出来る事だ!
そんな辛い思いをしてまで、学園なんて行かなくてもいいんだよ!」
「だって……」
レティシアの瞳から、ポロリポロリと涙が零れ落ちていった。
そして、言うつもりはなかった心の奥に隠していた不安が零れ落ちていく。
「怖いの……」
「だったらっ──」
「違うのっ! 私がいない学園にジルがいる事が怖いの!!」
「え……? 私がいる事……?」
レティシアの思いもしなかった言葉に、訝しげな表情をジルベルトは浮かべる。
「………ジルの事は信じているし、信じたいけれど……
だけど……あの書物のように……
ルドガー殿下が言ったように……
ジルとエリカ様の距離が近付く事があったらって、考えたら怖い……
それも、私が学園を休んでその場にいない時に、二人の気持ちが近付いてしまったら……
何も知らないまま私の隣からジルが離れてしまったらって……、そんな事ばかり頭に浮かぶの……」
レティシアの溢した言葉に、ジルベルトは彼女を抱き締めている腕に力を入れた。
「レティ、そんな事は大丈夫だよ……」
「こんな、ジルの事を信じていないような考えばかり思い浮かぶ自分が嫌……」
「大丈夫だから……」
「ジルの事を信じているのに、自分の弱い心のせいでジルの気持ちを信じられなくなってしまう事も嫌……」
「レティ……わかった……」
「学園に行けば少しでも安心出来るって、そんなふうに私は自分の事しか考えていないの……
こんな最低な私はジルには相応しく──」
「もう、わかったからっ!!」
レティシアの不安定な心を落ち着かせるよう、彼女の言葉を遮るようにジルベルトは彼女をきつく抱き締めた。
レティシアが口に出そうとした言葉に気が付き、そんな言葉は聞きたくなかったからでもあった。
レティシアは、ジルベルトに抱き締められたまま涙を溢し呟く。
「ごめんなさい……」
「レティ……」
「ジルの事を信じられなくて……、ごめんなさい……」
「私は怒っている訳でないのだから謝らなくていいのだよ」
「ごめんね……こんな私で……」
「レティ……謝らないでくれ……」
「ジルの事を信じたいのに……ごめんね……」
「レティは悪くないのだから謝らないで……」
「ジルの事を好きなのに……ジル……、ごめんね……」
「レティ……!!」
ジルベルトは、ずっと自分へ謝り続けるレティシアを抱き締めたまま怒りが沸き起こる。
その根元であるルドガーに、そして無力でしかない自分自身にも……
(こんな状態が続いてしまったら、レティの心は壊れてしまう……
私はどうしたら、君を癒せる?
どうしたら君の心を救う事が出来る?)
レティシアの心へ届くように……
そして、それは自分へも言い聞かせるかのようにジルベルトは言葉を紡いだ。
「レティいいのだよ
不安の中で、無理に信じようとしなくていい
君が、君へ向ける私の気持ちが信じられなくなって不安になったら、その都度君へ私の気持ちを伝えるから
何度でもね
私の心の中にいるのはレティだけだよ
誰でもない君しか、私には見えないんだ
レティを愛してる
君だけを想い続けるから、これからもずっと……」
ジルベルトは、涙でぐしゃぐしゃのレティシアの顔に、彼女への想いを言葉で伝えては口付けを落としていく。
その言葉と行為はまるで彼女へ暗示を掛けるように、学園へ着くまで何度も繰り返された。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
ブックマークもありがとうございます!
作者の呟き
モヤモヤが続きましてごめんなさいです。
皆様がレティシアにイライラしていないかと心配になります…
万人受けするヒロインのキャラクター作りは難しいですね。
私が作るキャラクターはどうしても後ろ向きで、受け身体質になりがちなので…好き嫌いが別れそうなキャラクターばかりだ…
それと、どうしてルドガーを特に何もせずに国も周りも放っている事に疑問を持たれている方がいるかと思われますが、その理由はもう少しでわかるかと…