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第4話 物語の始まり

 学園に馬車が到着すると、先に降りたジルベルトが、次に降りようとするレティシアの前へ、手を差し出した。

 レティシアは、御者やジルベルトに仕えている侍従や護衛ではなく、王太子である彼の手を取る事に一瞬躊躇したが、ジルベルトから「降りておいで」と言われたら断る訳にもいかず、おずおずと自分の手を彼の手に重ねる。

 その時、レティシアが思っていたよりも差し出したその手を、ジルベルトがしっかりと握りしめた事に、レティシアはピクリと身体を揺らした。

 ジルベルトは、レティシアの降車の為に握りしめたその手をそのまま自分の腕に置くと、柔らかな笑みを彼女へ向ける。


「レティ、入学式を行う講堂まで送っていくよ」


「え……

 でも……忙しいんじゃ……?」


「レティを送るくらいの時間なら、余裕であるから大丈夫

 だから、私に君を送らせてほしいな」


 ジルベルトからそこまで言われてしまうと、断る事も出来ずレティシアは頷いた。

 王太子であるジルベルトが自らエスコートしている新入生という事もあるのか、レティシアは学園の生徒から多くの注目を浴びている事に、居心地の悪いようななんとも言えない気持ちになっていく。


「あの……で、殿下……他の方々にこのような所を見られる事は……

 まだ、婚約が正式でないのに良くないと思うのですが……」


 ジルベルトは、レティシアの外向きの口調に、面白くなさそうな表情を浮かべた。


「…………

 どうして口調や呼び方を戻しているのかな?」


「このような、多くの人々の前で馴れ馴れしくする事は、やっぱり良くないかと………、思います……」


 ジルベルトは、レティシアの言葉に一つ溜め息を吐いた。


「全く、レティのそういう所は本当に頑なだな……

 いいんだよ、どうせすぐに私達の事は周知されるのだし、すでに知っている者は知っている

 それに、こうして私との仲を見せ付けておかなければ、余計な虫が付きかねない……」


「余計な……?

 …………っ……───」


 レティシアがジルベルトの言葉に視線を動かした時、視線の先にいた人物の姿に、ドクンと心臓が音をたてた。

 そして、次には手足が震え始め、全身の血の気が引くことがわかった。


「レティはね、全く自分の事をわかっていないのだよ

 それに───

 レティ……?」


 レティシアの視線の先にいる人物。

 フワフワの桃色の髪に、紫色の瞳が印象的で、小柄で庇護欲がそそられるような令嬢の姿があった。

 ドクドクと、レティシアの心臓は音をたてる。

 そして、レティシアの頭の中には、あの書物を手にした時から何度もその頁に目を落とした内容が強く思い出されていく。

 あの書物の絵姿と全く同じ姿の目の前の令嬢が、今は自分の隣にいるジルベルトの隣で、当たり前のように彼に支えられながら、自分の最期の処刑場(あの場)で、微かに笑みを浮かべる挿し絵である姿が……

 その瞬間、身体の力が抜け、視界が暗転した。


「レティシアっっ!!?」


(ああ……、

 やっぱり……、あの物語は作りものではなかったのね───)



 ◇*◇*◇


 医務室の寝台で横になっているレティシアの横には、まだ瞳を閉じている顔色の悪い彼女へ、ジルベルトが複雑な表情を向けながら、椅子に腰掛け付き添っていた。

 そこへ、慌てて駆け付けてきたのか、すこし身なりが乱れた様子のアランが、医務室の扉を開けレティシアの側に近寄る。


「レティシアの様子は!?」


「まだ目覚めていないが、校医は貧血ではないかという事であった」


「そうか……、しかし何故貧血なんて?

 今朝、体調が悪そうにはしていなかったのに……」


「緊張……、していたのかもしれない」


「ああ……

 まあ、数日前から考え込んでいるような姿を、多く目にしたからな

 見知らぬ貴族子息令嬢もいるが、見知っている人間だって多くいる学園に入学する事に、そんなに緊張するなんて、この性格は幼い時からなかなか変わらないな」


「……………」


「ジル、どうかしたのか?」


「いや……、何でもない」


「…………?

 ジル、それでどうする?」


「どうするとは?」


「もう少しで入学式が始まる

 入学式では、生徒会長でもあるジルの挨拶があるだろ?

 そろそろ講堂へ向かわなければ、間に合わなくなるぞ」


「ああ……

 だが、レティをこのまま一人にしておく訳には──」


「レティは俺が見ているから、兄上達は講堂へ行けよ」


「アル」


 そう言葉をかけてきたのは、ジルベルトよりもより銀色に近い髪色に、ジルベルトと同じ金色の瞳を持つ、彼の弟でこの王国の第二王子であり、レティシアとは同い年のアルフレッドであった。


「入学式に、生徒会長の挨拶がないなんて、新入生へ示しがつかないだろう?

 それに、兄上は王太子でもあるのだから、そういうけじめはしっかりと付けなければ、いけないんじゃないか?」


「……………」


 アルフレッドの申し出に、ジルベルトは少し考え込む中、アランは安堵の顔を向けた。


「アルが、レティシアに付いていてくれるなら、俺も安心だ

 迷惑をかけて悪いな」


「レティの事が放っておけないのは、俺も同じだからさ

 兄上? 俺が付いている事に何か心配でもあるのか?」


「………いや、……アルが付いていてくれるなら、私がレティから離れても心配はないよ

 アルはレティとは、とても仲の良い()()()()()()なのだからね」


 ジルベルトは、そんな言葉を鋭い視線をアルフレッドへ向けながら残すと、アランと一緒に医務室を後にした。

 医務室に残ったアルフレッドは、まだ目覚めていないレティシアのさらさらの髪の毛に、指先でそっと触れる。


「婚約まで内定させて、それでも牽制してくるのかよ……

 ……………………どうして、……お前が兄上の婚約者(相手)なんだ……」


 そんな小さな呟きを、アルフレッドは溢した。



 ◇*◇*◇


 レティシアの長い睫毛が震え、ゆっくりと瞳をあけたレティシアへアルフレッドは声を掛けた。


「気が付いたのか?」


「え……アル……? え? 私……?」


「馬車停め前で、倒れたんだよ

 校医は貧血だって、言っていたらしいけど……」


「貧血……? 倒れた……?

 ……………………

 それに、どうしてアルが……」


「さっきまで、兄上とアランも医務室(ここ)にいたけど、入学式での生徒会長の挨拶があるから、ここから離れなければいけないって事で、俺が代わりにお前に付き添っていた」


「ありがとう……

 でもアルも入学式が……、あっ……

 っ……、馴れ馴れしく申し訳ありません……殿下…」


 急に口調や呼び方を変えたレティシアに、アルフレッドは訝しげな表情を向ける。


「何だよその口調

 それか、兄上の不機嫌な原因は

 レティの態度が、余所余所しくなったって嘆いていたぞ?」


「え……、嘆いて……?

 でも……もう幼い子どもではないし、王族の方々を愛称で呼んだり、馴れ馴れしい口調で接するのは、良くないって思ったから……」


「それなら、アランの奴はどうするんだよ!?

 未だにあんな口調だろ?

 宰相だって、私的空間では父上へ気安い態度をとっている所を、何度も見たことあるぞ?

 公の場所での接し方は変えなくてはいけない事は理解するけど、こういう私的な場所では今まで通りで構わないよ

 レティからそう距離を取られると、兄上でないけど、俺も嫌だな」


「えっと……」


「今まで通り、俺の事はアルと呼んでくれ」


 アルフレッドは、レティシアの頭を優しくポンポンと叩くと、幼い頃と変わらない悪戯っ子のような笑みを彼女へ向ける。

 そんなアルフレッドの態度に、ホッとしたような柔らかい笑みをレティシアも向け、頷いた。


「うん、ありがとうアル」


「で、どうする?」


「え?」


「まだ、入学式は始まったばかりだとは思うけど

 体調が何ともないなら出席するか?」


「あ、うん! 出席したい」


(だって、せっかくの入学式だし、それに挨拶するジルの姿も見てみたい……)


「なら、今から行こうぜ」


 アルフレッドは幼い頃と同じように、レティシアの手を取り医務室を後にした。


ここまで読んで頂きありがとうございます!

ブックマークもありがとうございます!



作者の覚書


アルフレッド·オーガストラ

ジルベルトの二つ下の弟でオーガストラ王国の第二王子。

シルバーに近い髪色に金色の瞳を持つ。

身長はジルベルトより少し低いが、まだ成長中。


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