第38話 共有したい想い
レティシアの涙を指で拭っても尚、零れ落ちてくる彼女の涙にジルベルトは胸が痛む。
レティシアが怯え動揺している事はわかったが、その理由をなかなか彼女が口にしない事に何か訳があるのだろうと察したジルベルトは、レティシアを抱き上げた。
「キャッ……えっ!? ジっ……ぁ……
殿下、歩けますのでお降ろしください」
「いや、降ろさない
君と待ち合わせしようと持ちかけたのは私であるのに、時間に遅れただけでなく、君を一人で待たせて更には危険に晒したかもしれないと考えたら……
このまま、私の執務室で君に話を聞かせてもらう
ここでは、言いにくいのであろう?」
周囲には、護衛である近衛騎士達を始めジルベルトの侍従や、ガゼボで給仕をする為のメイド達もいた。
そのような者達に聞かれる事は良くない話なのではと、ジルベルトは察したのだ。
ジルベルトの言葉にレティシアは、未だに震える手をギュッと握りしめて小さく頷いた。
「でも、こんな姿で執務室まで行くのは……、その……」
「何が悪いのだ?
私達の婚約は既に周知されて、婚約式でその姿も披露もしている
誰かに咎められる理由はない」
レティシアはジルベルトの言葉に、婚約者であっても王太子に抱き上げられながら臣下の者達がいる場所を通る事は、咎められるとかそんな事の前に、もっと色々あるのだと抵抗しようとするが、ジルベルトはそんなレティシアの抵抗など気にも止めずに歩き出す。
「ほら、私にちゃんと掴まっていないと落ちてしまうよ?
危ないから腕を私の首に回して」
「流石にそんな事はっ!」
「全く、レティは恥ずかしがり屋なんだから……
仕方がないな……、私の上衣を掴むだけでもいいから、そんなに離れない!」
「ひゃっ!?」
ジルベルトは少し不満気にそう言うと、レティシアを更に自分へ近付けるよう抱き直した。
その反動に、思わずレティシアはジルベルトの上衣を掴む。
ジルベルトのそんな行動に、先程まで止まらなかった涙も引っ込んでしまっていた。
「漸く涙が止まったようだね」
「もしかして、その為にわざと……?」
「君の涙が止まればいいとは思っていたけれど、君を抱き上げて連れて行こうと思った事に、涙は関係ないかな?
君をまた傷付けられた……
………私はどうしようもないね、君の事を危険に晒してばかりだ……」
「ジ……っ……、殿下は何も悪い所なんてありません……」
「ジルでいいよ
これだけ近くにいるなら、周囲には聞こえない小声でも私には聞こえるから……
敬称ではなくて……、君にはジルと呼んで欲しい」
切なげな表情で、そんな事を言われレティシアは何も言えなくなってしまう。
「狡い……」
「狡い?」
「そんな顔で、そう言われたら抗えないじゃない……」
「抗わないでよ
レティからジルと呼んで貰える事は、私にとって至福な事であるのだから
狡くても、こんな事でレティが抗えなくなるなら、ずっとこんな顔で君に懇願しようか?」
「もっ、もうっ!! 知らないっ……」
レティシアはそんな会話が恥ずかしくて、思わずジルベルトの胸元に顔を埋めた。
その時、鼻腔を擽るジルベルトの香りに安堵する自分がいる事に気が付く。
先程まであんなにも強く感じていた恐怖心が、ジルベルトが傍にいる事で和らいでいく事がわかった。
(………運命の相手……)
ルドガーが言った言葉に、レティシアの胸が痛む。
エリカの顔が思い浮かび、目にはじわりと涙が再び浮かび始めた。
(………運命で決められていたとしても……、ジルの相手は私でありたい……)
「ジル……好きよ……」
「え……?」
胸元に顔を埋めたまま呟いたレティシアの言葉は、聞き取りにくかったが、ジルベルトの耳にははっきりと聞こえた。
レティシアを抱き上げているジルベルトの手に力が入る。
「私もだよレティ
私が愛しているのは君だけだ」
「………っ、………っく……」
ジルベルトの言葉に、上衣を掴んでいたレティシアの手は更に強く上衣を握りしめた。
そして、ジルベルトは自分の胸元に顔を隠しながら、彼女がまた涙を溢し始めた事に気が付く。
ジルベルトは、普段のレティシアでは今のように自分への想いを恥ずかしがって、なかなか言葉にしてくれないのにも関わらず、彼女自らが突然口にした言葉に、先程彼女の身に何が起こったのかと更に不安を感じた。
ジルベルトの執務室には、数人の補佐官と一緒にアランもいた。
突然ジルベルトが、レティシアを抱き上げて戻ってきた事に、皆一同驚いた表情を見せる。
ジルベルトがアランへ目で合図をすると、アランは他の補佐官達へ休憩してくるように伝え、護衛達も部屋の外で待機させた。
「アラン、アルも自分の執務室にいると思うから呼んできてくれるかい?
恐らく、その4人だけで話すべき事が起こったように思う」
「何があった?」
「レティと待ち合わせしていたガゼボの近くで、レティが怯えて震えながら座り込んでいたんだ
うまく消したつもりだったのだろうけど、僅かにあの男の魔力が残っていた
レティの座り込んでいた辺りで、それを感じたんだ」
ジルベルトのその言葉にアランの表情は険しくなり、「わかった」と言うとアルフレッドを呼びに執務室を出ていった。
執務室で二人きりになると、ジルベルトはレティシアを抱き上げたまま長椅子へ座る。
自分の膝の上に乗せたまま、胸元に顔を埋めているレティシアの顔を覗き込むと、ジルベルトは眉間に皺を寄せた。
彼女の涙で濡れた頬を、一度自分の親指で拭い、瞳に溜まった涙を唇を寄せて吸い取る。
「レティ、これだけは覚えておいて?
何があろうとも、私が愛する相手はレティだけであるからね
それは絶対に変わらない事であるし、それに君の相手である事は誰であっても譲るつもりはないよ」
レティシアの瞳からまた涙が溢れ出す事に、ジルベルトは苦し気な表情を浮かべ、優しく抱き締めながら背中を大きな手で何度も撫でた。
「レティ、もう一度聞かせて?」
「……え?」
「先程、君が言ってくれた私への君の気持ちをまた聞きたい」
「………………」
「レティ、私は凄く嬉しかったのだよ
君の素直な気持ちを、君の言葉で聞けて」
「……っ………」
「ねぇ、レティ……、私も君の気持ちが聞きたいんだ」
ジルベルトの望む強い想いが、レティシアが感じていた羞恥心や戸惑いから躊躇する気持ちを溶かし、自然と自分の中にジルベルトへ向ける気持ちが溢れた。
「………好き……」
「ああ……、もっと……」
「……好きよ……ジルの事が……」
レティシアが言葉を紡ぐ度、ジルベルトはレティシアの顔へ口付けを落としていく。
「もっと聞きたい……」
「……大好き………」
「レティ……、もっと聞かせて……」
「……ジルを愛してる………」
ジルベルトは、涙で潤む瞳を向けられながら、自分の欲しい言葉を沢山レティシアが言葉にしてくれた事に、彼は蕩けるような笑みを彼女へ向けた。
「レティ……、私が愛しているのはこれからもずっと君だけだよ」
(君の全てを自分のものに出来たなら、どれだけ嬉しいのか……
身も心も、君の嬉しい事も、辛い事も、悲しい事も全てを共有出来たなら……)
「君の憂いも全て私が代わりたい……」
ジルベルトはそんな思いを抱えながら、レティシアの唇と自分の唇を重ねた。
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