第36話 一夜明けて
婚約式の次の日の朝、学園ではレティシアの心配はよそに、昨夜舞踏会の途中で退席した彼女の体調を気遣うような声を掛けてくる生徒達が殆どであった。
その事にホッと胸を撫で下ろすものの、レティシアはずっと身体を固くしながら緊張感と不安感で一杯であった。
そんな様子のレティシアへ、彼女の教室まで送ると言ったジルベルトはふわりと頭を撫でる。
「レティ、やはり昨日の事もあったし、今日は学園を欠席した方が良かったのではないかい?」
ジルベルトの言葉にレティシアは首を横に振る。
「ううん
休んでしまったら、もっと行きたくないって強く感じてしまうもの」
「私は君と、何故同じ学年の同じクラスではないのだろうね……」
「ジル……?」
「君を私の見えない所で、彼と同じ空間に居させるという事を考えると、それが学園の教室であったとしても、拷問のようだ……」
「……………」
ジルベルトの溢した言葉と、レティシアも同じような気持ちであった。
昨日の事があったのにも関わらず、同じ空間にルドガーがいるという事を考えると、手は緊張で冷たくなり指先は細かく震えてくる。
ジルベルトはレティシアの教室まで彼女を送り届けると、固い表情で彼女へ顔を向け、レティシアの手を取り彼女の指に光る指輪のはまっている指へ口付けを落とした。
「レティ
何かあったら、この指輪の石を強く握るのだよ?」
「ええ」
レティシアの指に光る指輪は、婚約の証しとして王族が婚約者へ贈る指輪であった。
直系の王族に生まれた者は、誕生した時に守護石と呼ばれる石が与えられる。
その石は不思議な力が秘められているが、誰でもその石の力を手に出来るものでもなく、誕生した王族の者の魔力にしか反応しない石であり、その他の者では何の反応も示さない石であった。
その石は、守護石に反応する人物の魔力を増幅したり、その者を守る力を秘めている。
王族はその石を自分の身に付けるものにはめて、普段から身に付けていた。
そして、自分の婚約が決まるとその相手へ自分の守護石の欠片である兄弟石を贈るという習慣がある。
己の力をこめた守護石の兄弟石は、本人ではないが必要な時に反応しその大切な相手を守る力を得る事ができた。
「守護石だけでは不安が尽きないが──」
「教室では俺がレティの事を気を付けて様子を見ている」
教室の前で話し込む二人へ声を掛けたのは、アルフレッドであった。
「アル、おはよう」
「レティ、おはよう
兄上、彼の動きは気を付けて俺が見るよ」
「そうだね
アルがレティの傍に居てくれる事は安心だよ」
「……………」
ジルベルトの言葉に、アルフレッドは複雑な表情を浮かべる。
「どうかしたのかい?」
「いや……」
(安心だなんて思ってもいないくせに……
兄上の本心は、自分の力でレティを守りたいのだろう?)
アルフレッドの脳裏には昨夜の事が浮かんだ。
(兄上の、あんなにも鬼気迫るような姿は初めて見た
そして、静かに深い怒りを見せる姿も初めて見たんだ……
普段の姿は、冷静という言葉が真っ先に浮かぶ兄上であるけれど、あの時の兄上が感じていた怒りも恐怖も、一部かもしれないが俺でも理解できた
あんな姿を俺達の前で晒すくらい、レティへの想いが深いのだとよく思い知らされた
だけど、それは俺だって……
レティの最近の様子がおかしかったのは、あの気味の悪い書物のせいであったのだろうと理解した
それでも、そんな恐怖を感じている中、あの臆病なレティが必死にその事に向き合おうとしていたんだ)
「兄上が傍に居られない教室の中だけでも、俺にレティを守らせて欲しい」
アルフレッドの言葉に、ジルベルトは弟である彼を見据える。
「………お前にレティを託さなければいけない事は、安心でもあるが、脅威でもあるよ
だが、それも致し方ない
今は、お前とは休戦としようか
レティを頼むよアルフレッド」
「ああ」
そんな二人のピリッとした雰囲気を察したレティシアは、不安気な表情を二人へ向ける。
「二人共、喧嘩してしまったの……?」
レティシアの的外れのような言葉に、ジルベルトは苦笑した。
「本当に君は……、全然気が付かないのだから……
その無防備はどうしたらいいのだろうね?
レティ、君の傍には私だけでなくアルもいるから、あまり不安にならないで君らしく過ごして欲しい」
レティシアは、ジルベルトの言葉にアルフレッドへ目を向ける。
そんなレティシアへ、アルフレッドは笑みを向けた。
「俺がレティの盾になってやるから、心配するな」
「ありがとう」
二人の気持ちに、レティシアは漸く何時もの柔らかい笑みを溢す。
その事に、ジルベルトもアルフレッドも表情を和らげた。
◇*◇*◇
レティシアが自分の席で講義に使う資料等を手にした時に、あるものが目に入る。
それは、以前ルドガーがくれた花の栞であった。
その栞に、そっとレティシアは触れる。
(この栞を頂いた時に浮かべていたあの優しい笑みは、偽りだったのかな……
どの顔が、本当のルドガー殿下なのかわからない……
私はこれから、ルドガー殿下にどう接したらいいのだろうか……)
そんな事をぼんやりと考えている時、教室にルドガーが入ってきた。
その姿が目に入った瞬間、レティシアの身体に緊張が走る。
一歩一歩と、自分へ近付くルドガーにその緊張は大きくなり、心臓がドクドクと大きな音をたてた。
手も足も細かく震えている事が自分でもわかる。
レティシアの前に来たルドガーは、何時もの笑顔を顔にのせる。
「レティシア嬢おはよう」
「あ……、おは……よう……、ございます……」
レティシアの震えた声に、ルドガーは笑みを深めさらに一歩近付こうとした時、アルフレッドが二人の間に入りルドガーへ声を掛けた。
「ルドガー王子、おはようございます」
「…………」
アルフレッドの鋭い視線とピリッとした纏う空気感に、ルドガーは「クッ」と笑いを溢した。
「レティシア嬢の周りには、騎士が沢山いるようだね?
流石、妖精姫であるな
アルフレッド王子、殺気だっているようだけれど、教室ではさすがに何も事は起こさないよ」
ルドガーはそう言うと、二人の横を通り過ぎ自分の席に座った。
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