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第34話 未だ手がかりの掴めない書物への怒り

 ジルベルトは、自分の膝の上で抱き締めているレティシアが、少し身動ぎした事に気が付いた。


「レティ、少し落ち着いてきたのか?」


「ん……、痺れも少し治まってきたわ……」


 ジルベルトはレティシアの言葉に、彼女の全身の様子を調べるかのように優しく撫でると、まるで壊れ物を包むかのように彼女の事を抱き締めた。


「良かった……」


 ジルベルトの溢れ落ちた言葉は、レティシアの胸に痛いくらい響く。

 そして、ジルベルトの腕の中で感じる彼の温もりに、大きな安堵感を感じた。

 この温もりを、二度と感じる事は出来ないかもしれないと、あの時、頭を過ったからだ。


「心配かけてごめんなさい……」


「レティが謝る事じゃないよ」


「あの……、ジル……、もう大丈夫だから……その……」


 レティシアが身動ぎ、ジルベルトの膝の上から降りようとする事を、ジルベルトは彼女を抱き締めている腕にさらに力を入れ止めた。


「駄目だよレティ

 私の傍にいなければ、君に万が一また何か変調があってもすぐ気が付けないだろう?」


「で、でもっ」


「君のあんな様子に、私がどれだけ不安だったのか、わかるかい?

 君があのまま、どうにかなってしまっていたら私は自分を制御なんて出来やしなかったのだよ?」


 ジルベルトのそんな言葉や不安気な表情に、レティシアは何も言えなくなってしまう。


「君が私の傍にいるという事を、しっかりと実感させて欲しい」


「………っ!」


 そんなジルベルトの様子に、アランは溜め息を吐くとレティシアへ顔を向けた。


「レティシア諦めろ

 こうなったこいつは、何を言ってもお前の事は離さないぞ

 それよりも、『青の雫』をルドガー殿下が使用した事は事実なのか?」


 アランの問いにレティシアは頷いた。


「殿下のクラバットに仕込んでいると、殿下ご自身が仰有っていたわ……」


「それは、お前の体質の事を知った上でなのか?」


「うん……

 そう、仰有っていたし

 私の事を、学園で一緒のクラスになる前から知っていたとも仰有っていたの……

 それに……」


 レティシアが言葉を詰まらせた事にジルベルトは彼女の名前を呼ぶ。


「レティ?」


「ジル……、ルドガー殿下があの書物の事を知っているって……」


「え……? 知っているって、何故?」


「わからない……

 だけど、私が城下町であの書物を拾った事を何故か知っていて……

 その書物についても教えてあげるって……」


 レティシアの言葉に思案顔になるジルベルトへ、二人にしかわからないような事を話している事に、アランが訝しげな表情を浮かべる。


「書物とは何の事だ?」


 アランのその言葉に、ジルベルトは一つ息を吐いた。


「ここまで事が大きくなってしまったら、二人の間では収められないね」


 心配そうな表情を向けるレティシアへ、ジルベルトはそう言うと優しく頭を撫でてから、アランとアルフレッドを見据えた。


「先に伝えるが、今から話す事はここだけの話しにしておいてもらいたい

 アラン、入学式の時にエリカ·シュタイン嬢の事で気にかかる事があると、私が言った事は覚えているかい?

 確証があった訳ではないが、その事とも関係している事なのだよ」


 ジルベルトは右手に魔力を少し集め、パチンと指を鳴らすと小さな魔方陣が現れた後、そこに一冊の書物が出現した。

 その書物を手に取り、アランとアルフレッドの目の前に差し出す。


「何だ……これは?」


「先程、レティと私が話していた書物の実物だ

 レティが入学前に城下町で拾ったもので、その書物の文字は私やレティも初めて見る文字で書かれていた

 見たこともない文字で書かれているのにも関わらず、読むことができる事からも言語の魔術が施されているように思う」


「いや……、文字よりも……この表紙に描かれた姿絵は……」


「この書物の物語には、何故か私達が登場人物のように書かれていて、アランやアル、レティも話の中に登場する

 そして、この書物の物語の主人公はエリカ·シュタイン

 さらに、その相手が腹立たしい事に、私であるとされているのだよ」


 アランが頁をペラペラと捲っていくと、目に入る挿絵にアランも、隣から覗いていたアルフレッドも訝しげな表情を濃くしていく。

 そして、内容を読まずに頁を捲っていたアランの手が止まる。

 その頁には、断頭台で押さえつけられているレティシアの姿があった。

 その事にアランやアルフレッドは言葉を失い、アランの形相は見る間に怒りの形相に変わる。


「何なんだこれはっ!?

 何故、こんな挿絵が描かれているっ!?

 レティシアのこんな姿など、作り物とはいえ描いた者はただではおけないっ!」


作者(それが)わかっていたならば、私が黙っていると思うか?」


 アランへ言葉をかえしたジルベルトの声は、鋭く冷たいものであった。

 それは、ジルベルトの強い怒りが伝わってくるものであった。


「私は、この書物に腸が煮えくり返っているのだよ

 レティはこの書物を手にして、予言書かもしれないと怯えきっていた

 ………私に婚約解消を願い出る程にね

 それは、今もまだ変わらず多くの不安や恐怖で彼女を苦しめている

 作者の手掛かりは未だに掴めてはいないが、レティをこんなにも苦しめている存在を、私は絶対に許しはしない

 それに一冊の書物の存在によって、私とレティの関係性が揺るがされたのだ

 怒りがわかない筈がない」


 アランは、ジルベルトの言葉に引っ掛かりを覚え聞き返す。


「レティが婚約解消を願い出ただと?」


「アランや宰相の耳には入らないよう細心の注意をしたんだよ……」


 ジルベルトは、アランの怒りがより大きくなった事を察しながら、書物についての説明を始めた。


「改めて口にする事にも吐き気がするが、その書物のあらすじをお前達に伝えようか──


 主人公とされているシュタイン嬢と、私が運命的な出会いをし、徐々にお互い惹かれ合い障壁を乗り越えた末、結ばれるという内容だ

 だが、その障壁とされているのが書物の中でも私の元々の婚約者であるレティの事であり、その書物の中のレティとされる者は嫉妬に狂いシュタイン嬢を蔑む

 その事を私が観衆の前で断罪し婚約破棄を突き付け、その事に逆上したレティとされる者はシュタイン嬢へ危害を加える

 最後はその罪で、レティとされる者が断頭台で処刑されるという結末だ

 そんな自分とされる者の、最悪な最期が書かれている存在(もの)に恐怖を抱くのは当たり前だ


 しかも、書物の中には公にされていないような事まで書かれており、ただの作り物の書物ではないのかもしれないと、レティが疑うのもわかる

 そして、その事に怯え最悪な最期を向かえる事を避ける為に、婚約解消という事を選ぼうとした事も理解したくはないが、レティの内心を考えると理解はできる

 だが、私はこの書物を予言書だとは思えなかった


 出てくる登場人物は、背景や性格なども実在の人物と同じように書かれていたが、レティだけがあまりにも酷い書かれ方であって、そして現実のレティとはかけ離れた性格であった

 それは、まるでレティに何か恨みがあるのではと思わざるを得ない程にだ

 それに私がレティ以外を見初めるなど、有り得ない話である


 だが、不思議な事に完全に同じではないとはいえ、書物の中と同じような出来事が何度も起こった事は、私自身も実際に体験した

 そのなかで、己が発する言葉までも同じであった事には、気持ち悪さをも感じた


 私はこの書物を許せない

 レティの最期をあのような形で描くなど、どんな理由があろうともこの怒りはおさめる事が出来ない」


「何故、俺や父上それだけでなく国王陛下にも、この書物の存在を黙っていた?」


「こんな気味の悪い書物の存在を知り、更にその事に怯えたレティが私との婚約解消を望んでいると知ったら、アランも宰相もどうしたと思う?

 私とレティの婚約内定を取り消して、白紙に戻そうとしたのではないか?

 だから、絶対にこの婚約を強固なものにするまでは、悟られてはいけないと思っていたのだよ

 父上にも伝えれば、宰相に伝わるのは明白だ

 それ程、私には余裕などなかった」


 そんなジルベルトの言葉にアランは、ジルベルトが言ったように、二人の婚約が周知される前にこの事を知っていたとすれば、恐らくレティシアとジルベルトの婚約を白紙に戻すよう奔走しただろうと思った。


ここまで読んで頂きありがとうございます!

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