第33話 青の雫
レティシアが抵抗しようが、まるでレティシアの重さなど感じないかのように、ルドガーは足を進めていく。
レティシアは、口も痺れ声も出せない状況の自分は、無力でしかないと感じた。
(どうしたらいいの?
何がなんだかわからない
思考が追い付かないけれど、もうこれ以上ルドガー殿下と一緒に居てはいけないという事はわかる
なのに、いうことを聞いてくれない自分の身体が憎い
こんなの……嫌……、ジル……助けて……、ジルっ!)
瞳に涙を浮かべながらキッとルドガーの事を睨む事しか、『青の雫』の影響が出ている今のレティシアには出来なかった。
「抵抗しても、そんな状態になれば無理な事がわかっただろう?」
「やめ……て……、くださ……」
「大丈夫
こんな国で、彼の婚約者になって苦しめられるよりも、俺のもとに来ることは君にとっては幸せになれ──」
「私の婚約者を何処へ連れていくおつもりですか?
ルドガー王子」
バルコニーまで後僅かという所で、レティシアの耳に届いた声はジルベルトの声であった。
ジルベルトの声を聞いて、気を張りつめていたレティシアの瞳からは、涙が一粒零れ落ちていった。
ルドガーはその声に舌打ちする。
「……ジルベルト王子、エリカ嬢はどうしました?」
「貴殿の行動が目に入ったのでね
こちらへ向かわせてもらいました」
「令嬢を一人残してなど、紳士のする事ではないのでは?」
「嫌がる令嬢を、無理やり薄暗いバルコニーへ連れて行く事も、紳士のする事ではないでしょう?
心配しなくとも、シュタイン嬢は私の護衛にエスコートを頼んでおりますよ
それで? 話を変えないで頂きたい
レティシアをどうするおつもりですか?」
「………レティシア嬢がダンスに疲れたようなので、バルコニーで少し涼めればと思ったのですよ」
「そうですか
それは、お心遣いありがとうございます
しかし、彼女は私の婚約者でありますので、後は私が様子をみます」
ジルベルトは、ルドガーからレティシアを離し自分の側へ引き寄せた時、レティシアの様子がおかしい事に気が付く。
そして、微かに感じた香りに眉根を寄せた。
ジルベルトのその反応に気が付いたのか、そうでないのかわからないような含みを持った表情を、ルドガーは二人へ向ける。
「婚約者であるジルベルト王子が付いていてくれるのなら、心配はありませんね
また、学園で会おうかレティシア嬢」
そう言い、踵を返したルドガーを呼び止めようとしたジルベルトが、足を前に一歩踏み出そうとした時、レティシアの身体がぐらりと揺れた事に、ジルベルトは慌てて彼女を支えた。
「レティシアっ!?」
レティシアの手足が硬直している様子がわかると、ジルベルトはレティシアを抱き上げようとしたが、レティシアはそれを止める。
「駄…目……、騒ぎ……に……、なってしま……う……
入り……口ま……で…、歩け……るから……」
「………っ……レティ……
わかった
私が腕で君の身体を支えているから、君は寄り添っているだけでいい」
コクりと頷いたレティシアは、前に視線を向けると痺れがある顔に笑みをのせた。
貴族達の挨拶をジルベルトがかわしていきながら、入り口の扉へ向かう。
そんな二人の異変に気が付いたアランとアルフレッドが、二人へ近寄り声を掛けるとジルベルトはアランの耳元へ呟いた。
「何かあったのか?」
「恐らく青の雫だ
解毒剤を持ってきてくれ、私の執務机の抽斗に入っている」
「………っ!? 何処で!?」
「説明は後だ早くしろ!」
舞踏会が行われている大ホールを出ると、まだ舞踏会が始まったばかりという事もあり廊下には殆ど人気がない。
人気がない事を確認したジルベルトは、レティシアを抱き上げ近くに用意してある休憩室へ足を進めた。
「アルは付いてきなさい
護衛は外で警護し、アラン以外の誰も中に入れるな」
アルフレッドには、何が起こっているのか全くわからなかった。
部屋に入ったジルベルトは、レティシアを抱き上げたまま腰をおろし、自分の膝の上にレティシアを座らせるよう抱き締める。
そして、声を掛け続けた。
「レティ、大丈夫だ
もう少しでアランが解毒剤を持ってくる
あの香りは青の雫だな?」
レティシアは痺れて硬直している腕を必死に伸ばし、ジルベルトの袖を弱々しい力で握り小さく頷いた時、アランが部屋へ入ってきた。
「ジル!解毒剤だ!!
レティシア、しっかりしろ!」
「レティ、これを飲むんだ」
レティシアは解毒剤の入った瓶へ手を伸ばそうとするが、手は既に硬直しており上手く腕を伸ばせない姿にジルベルトは気が付くと、瓶の中身を自分の口に含む。
そして、そのままレティシアへ口移しで飲ませ、レティシアの喉がコクリと動き解毒剤を飲んだ事を目で確認した。
「アラン、水っ!!」
「あ、ああ」
アランが中身を確認した水差しの水をグラスへ注いで、ジルベルトへ渡す。
ジルベルトは水も自分の口に含み、再度口移しでレティシアへ水を飲ませた。
「レティ、もう大丈夫だ
暫くすれば解毒剤が効いて痺れも収まってくるはずだ」
ジルベルトはレティシアへそう言葉を掛けると、そのままギュッと彼女の事を抱き締める。
ジルベルトのその手は微かに震えていた。
その訳は、不安からかそれとも怒りからなのか……
そんなジルベルトとレティシアの姿を、アルフレッドは何も出来ない自分の無力さに憤りを感じながら、黙って見詰めていた。
解毒剤をレティシアが飲んだ事に少し安堵したアランが、ジルベルトへ問う。
「ジル、青の雫って……、何処で?」
「…………ルドガー王子だ」
「はっ!? 何故そんな事をあの方が?」
「ルドガー王子とダンスを踊っていたレティシアのステップに違和感があり、ダンスが終わったらすぐ傍へ行こうと足を向けると、あろうことか彼はレティシアが僅かに抵抗しているにも関わらず、バルコニーへ足を進めた
レティシアを抱えるように……
恐らくあの時は既に『青の雫』の効能のせいで、レティシアは思うように身体を動かせなかったのだろう
私が寸前で声を掛け、レティシアを自分のもとに引き寄せた時に香ってきた独特な香りに、『青の雫』が使用されている事を確信した
本当にごく僅かな香りではあったが、レティシアにとっては危険な程であったと思う
彼のレティシアに向ける目は、ただの級友やこの国の王太子の婚約者に向ける目とは違うと思っていたが、こんな行動にまで出るとは思わなかった私の手落ちだ」
ジルベルトの言葉に、アランは表情を固くした。
「それは、レティシアの事をあの方が馬車に乗せて王城へ連れていった時から、俺も気にかかっていたが……
しかし、何故殆ど誰も知らないレティシアの『青の雫』との事を知っている?
レティシアが幸いにもこの程度の状態で済んだという事は、本当にごく微量であったという事だろう?
その事を知らないで『青の雫』を使って何かをしようとしていたのなら、普通の人間に使う量にする筈だ
だが、そんな量を使われていたらレティシアはもっと酷い状態に陥っていた
良くて後遺症が残ったか、悪くて命を落としていたかもしれない」
「………知っていたからこその、あの量であったのだろう」
「なあ……、レティと『青の雫』って何が……?」
アルフレッドの問いに、ジルベルトは顔を向けると口を開いた。
「アルは知らなかった事であったね
アラン、アルにも伝えていいだろう?
ここまで巻き込んでしまったら、無関係ではいられないだろうし」
「ああ
アル、レティシアはな『青の雫』と呼ばれているセルイラの花が持つ効能に、他の人間よりも敏感に反応してしまうんだ
ジルの婚約者候補に決まって、将来を見据えて毒の見極め方をを学んでいる時にそれがわかった
他の人間が反応すらしないような微量なものでも、酷い反応を示す
何度か生死の境を彷徨った程であった
今回も、誰も気が付かない微量なものであっただろうと推測するが、こんな状態になった事からも、その体質は依然として変わっていないという事がわかった」
アルフレッドは、その事に驚きを隠せなかった。
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