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第32話 転換

 レティシアの手をひき、ダンスホールの中央へ足を進めるルドガーは、一度足を止めるとレティシアへ言葉を掛ける。


「申し訳ない、こちら側の手袋を先程ワインで少し汚してしまったようだ

 取り替えるから少し待ってもらえるかな?」


「ええ、構いませんわ」


「ありがとう」


 ルドガーが軽く手を挙げると、いつもルドガーの側に付いてラノン王国から同行している護衛であり、補佐も行っている者がルドガーへ近付き、新しい白手袋を手渡した。


「悪いなテオ」


「いいえ、このような舞踏会は飲食も伴いますので有り得る事です

 このような晴れの場で、オーガストラ王国王太子のご婚約者様でもある、ハーヴィル様のお召し物を汚されたら大事です

 ルドガー様も、よく気付かれましたね」


「ああ

 レティシア嬢の、その素晴らしく似合っているドレスを汚さなくて良かったよ」


「あの……、色々とお気遣い頂きありがとうございます」


「紳士としては当然のことだな

 待たせてしまって悪かった

 さあ、一曲お願いするよ」


「はい」


 レティシアとルドガーは向き合い、各々お辞儀をする。

 レティシアの視線の先には、向き合ってお辞儀をし合うジルベルトとエリカの姿が目に入ったが、なるべく気にしないように自分に言い聞かせた。

 手を重ねホールドされた後、ルドガーが囁いた。


「どうしたの?

 何か気になる事があった?」


「えっ!? い、いえ……、何もないです

 申し訳ありません、集中していないような姿をお見せしてしまって……」


「謝る事ではないよ

 本当に今日は一段と綺麗だね」


「ありがとうございます

 勿体ないお言葉です」


 ダンスの曲が始まり、足を動かしていく

 レティシアは、ルドガーがとてもダンスが上手い事に気が付いた。


「とても、ダンスがお上手なのですね」


「まぁ、身体を動かす事は好きだから、ダンスの練習も楽しかったからかな?

 それに、上手く動けると、相手の令嬢方も踊りやすいだろう?」


「そうですね

 とても踊りやすいです………?」


 その時、レティシアは違和感を感じる。

 ルドガーのリードはとても上手く踊りやすいと感じたはずなのに、何故か動き難いと感じたのだ。


(何……?)


 それでも、そのまま曲に合わせてステップを踏み踊っていく中、その違和感は大きくなり続け、そしてその正体が少しずつわかってくる。


(……足が痺れてる……?

 どうして? さっきジルと一曲踊っただけで、いくら婚約式で緊張していたとはいえ、こんなに早く足が動かし難くなるなんておかしい……)


 そう感じた時、ふわりと香る、香りに気が付く。

 先程までは、舞踏会の会場のホールに広がる様々な匂いに混じり気が付かなかったが、この香りはいつから香っていたのだろうかと……


(この……独特な甘い香りは……

 覚えがある……

 これは……)


「こんなにも効果があるとはね」


「え……?」


 ルドガーの突然の呟きに、レティシアは彼へ顔を向けた。


「他の者なら絶対に気が付かない程の香料程度の量でも、こんなにも効果があるとは、実際に見て驚いたよ」


「ルドガー殿下……?」


「足に痺れがきているのではないかい?」


「何を言って………

 ……っ!!?」


 その時、足の痺れがより酷くなったことで一瞬よろけそうになったレティシアを、ルドガーは背に手をあて、ぐいっと自分の方へ抱き寄せる。

 ルドガーの胸元に顔が近付いた事で、より強く感じた香りにレティシアは背筋に冷たいものが流れ落ちた。


「君にとっては禁忌であるもの……

『青の雫』と言った方が、分かりやすいかな?」


 レティシアの心臓がドクンと嫌な音が鳴り、声が震えていく。


「どうして……?」


「どうして?

 俺が知っているのか?って聞きたいのかな?

 君の事は何でも知っているよ

 万能薬と言われているセルイラの花が、君にとって禁忌だという事もね」


「………っ!?」


 ルドガーの言葉に、レティシアはヒユッと息を飲んだ。



 ────『青の雫』と、通称でオーガストラ王国で呼ばれている秘薬。


 何故、あんなにも神経質にレティシアの家族や、ジルベルトがレティシアを王太子妃の立場に置くことを思案していたのか、それも『青の雫』が深く関わっていた。


 オーガストラ王国の、ある場所の湿地帯にしか咲かないセルイラという名の花は、花が咲いた姿が青い雫の形に見える事から『青の雫』と呼ばれていた。

 この花は、花弁から茎、葉、根までどの部分も使う事が出来、煎じ方によって良薬にも毒薬にもなる植物であった。


 効能も多岐にわたり、傷薬から致死量の高い毒薬、媚薬の成分をも煎じ方によって含むことができた。

 またその効能から、国で管理し簡単には手に入らないようにしているが、それでも様々なルートから手に入れる者もいる。

 そして、この花から抽出した成分を食事などに混入し、暗殺を企てる者もいるような危険と隣合わせの花であった。


 王族の人間はセルイラの花だけでなく、様々な毒の耐性を暗殺などの危険に備え付けてきており、レティシアもジルベルトの婚約者候補に名前があがった時にジルベルト達程ではないが、多少は毒を見分ける事を学んでいった。


 しかし、このセルイラの花にだけは過剰な反応をしてしまい、生死の境をさまよった事が数回あった。

 それはどんな煎じ方でも、どれだけ微量で、耐性をつけていない普通の人間でさえ何も感じない程度の量であっても、大きく反応が出てしまうのだ。

 そして、その事柄は暗殺の危険も孕む為、ごく一部の人間しか知らない。

 レティシアの両親、兄のアラン、レティシア専属侍女のエマ、公爵家専属の医師、そしてジルベルトと国王夫妻しか知らない筈であった。

 それなのにも関わらず、目の前にいるルドガーがこの事を知っているというような口調に、レティシアは何故?という疑問ばかりが浮かんだ。

 その間にも、足だけでなく手にも痺れが出始め、さらに額には汗が滲む。


「俺が、この国でも知っている者が少ない、君のその情報を知っている事に疑問をもっている顔だね

 それに、どこで『青の雫』を口にしたのかわからないといった顔か……、いや気が付いているのかな?

 俺が、香料として使用している事を」


「どこ……、に……」


「俺のクラバットに、ごく微量を仕込んであるんだ

 だからこうして身体をより近付けると、セルイラの香りをよく感じるだろう?

 クラバットに仕込む時に、手袋に付いてしまった事は失敗であった

 あまり目立つ動きをしたくはなかったのだが、流石にその液が付いてしまった手袋で、君の手を手袋(グローブ)越しとはいえ、触れれば肌に酷い炎症など起こす危険も考えられるから、取り替えざるを得なかった

 顔が紅潮してきたようだね?

 この香料の調合としては、全身の痺れを誘発させる成分と、催淫剤になる成分も微量だが入っている

 他の人間だったら、この程度の量じゃ何も変化などないのに、本当にすごい効き目だ」


「どう……、して……?」


 段々とレティシアの口元にも痺れが伝わり、言葉がうまく発せられない。


「どうして? それは、俺は君の事を君と学園で出会う前からよく知っていたからね、どんな事も……

 本当は、こんな婚約式の前に全てが上手くいくはずだったのに、全くもって計算外もいいところだよ

 君はね、俺のものになる運命であるのだよ?」


「何を……、仰有って……いるの……、ですか?

 わた……くし……は……、ジル……ベルト……殿下の……、婚……約者です……」


「うん

 予定外な事にそうなってしまった

 だけれど、彼なら君でなくとも、誰とでもうまくやれると思わないか?

 ほら、例えばエリカ嬢とか……、踊っている姿もお似合いだ

 まるで、既に決められている運命の相手かのようにね」


 レティシアは、目に写るジルベルトとエリカの姿に胸が痛む。

 そしてその姿は、あの書物でも目にした挿絵と同じ姿であった。二人が着ている服の色も全てが同じだという事に、今、気が付く。


「………っ……」


「婚約式まで執り行った君を手に入れるには、少々手荒な事をしないと、国際問題にも発展しかねないからね

 だから、これから君は俺と夜のバルコニーへ出て、既成事実を作ってもらう

 君の評判は多少落ちてしまうだろうが、そこは俺が庇ってあげるよ

 その為に、痺れの成分と催淫剤の成分の入ったものにしたんだ

 初めては、もっと色々と演出してあげたかったが、婚約式までされてしまうと手段を選べないからね

 そこは、申し訳ないが悪いようにはしないよ」


 ルドガーの発した言葉に、レティシアはゾワッと恐怖心が全身に走った。

 警告音がレティシアの中で鳴る。

 この目の前の人間は、笑顔で何て事を言っているのだろうかと恐怖感、嫌悪感、様々な感情が交錯した。

 自分の歯が恐怖心からか、カタカタとぶつかる音が聞こえてくる。


「何を……」


 ダンスの曲が終わり流れるような動きで、ルドガーは身体が思うように動かす事の出来なくなったレティシアの身体を支えながら、バルコニーへ足を進めていく。


「やめ……て……、くだ……、っ……、い……」


 レティシアは、自分が出来る限りの抵抗をしようとしたとき、ルドガーはレティシアの耳元へ囁いた。


「あまり、抵抗すると悪目立ちするよ?

 大人しく俺に付いてきてくれたら、良いことを教えてあげるよ」


「そん……な……、嫌っ……」


「君が、城下町で拾った書物の事とかね」


「え……?」


 思いもしないルドガーの言葉に、レティシアは時が止まったかのようにルドガーを見詰めた。

 何故、あの書物の事をこの人は知っているのだろうかと……

 そんなレティシアの様子を、笑みを浮かべながらルドガーは見下ろした。


(ジル………、助けて……)


ここまで読んで頂きありがとうございます!

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