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第3話 物語のヒロインの事情

 学園の入学式当日の朝、ハーヴィル公爵家には王家の紋の入った馬車が停まっていた。

 公爵家の応接室では、黒色の髪色にレティシアと同じ瞳の色を持つハーヴィル公爵家嫡男のアランが、とても不機嫌な顔を応接室の長椅子で優雅にお茶を口にしている人間へ向ける。


「早朝っていう、礼儀のない時間に先触れを送り付けてきたかと思えば、中身は当日の朝に来訪するなんていう内容が書いてある

 こういう振る舞いは、王侯貴族としてどうかと思うのだけどな?」


「ん? だってさ、大切な婚約者の入学式もある初日には、しっかりエスコートしたいじゃないか?

 だけど、先に伝えたらアランから阻止されるかもしれないと思ったから、阻止出来ないようにしただけさ」


「………まだ、俺は完全にお前とレティの婚約を認めた訳ではないからな?

 レティを傷付けるような事があった時は、どうなるかしっかり覚えておいてくれよ?」


「王族である私に、そういう態度をとるのはアランぐらいだよ」


「かしずいた方がいいならそうするが?」


「アランのそんな姿は遠慮したいな

 近しい間柄の人間に、私はそんな他人行儀な態度はとって欲しくない」


「だったら、初めからそういう事を言わなきゃいいだろう?」


 ハーヴィル家は古くからある家柄で、これまで何度も王家の者がハーヴィル家の者と婚姻を結ぶなど王家との結び付きも深い。アランとレティシアの曾祖母は、王家から臣下であるハーヴィル公爵家へ降嫁しており、現在のハーヴィル家当主であるレティシア達の父親のハーヴィル公爵と、ジルベルトの父親である国王は再従兄弟である。

 さらに国王と公爵が旧知の仲である事からも、同い年のジルベルトとアランは、生まれた時から頻繁に関わる事が多く、王族と臣下という関係でありながらこのような気安い仲であった。

 そんな言い合いをしているジルベルトとアランへ、ハーヴィル家の執事がレティシアが来たことを伝えた。

 執事が扉を開けると、レティシアは綺麗な淑女の礼(カーテシー)をジルベルトへ向ける。


「おはようございます

 お待たせしまして申し訳ありません」


「おはようレティ」


 レティシアはジルベルトの自分へ向ける視線に小さく息を飲む。


「…………あの……」


「レティ?」


 レティシアは、ジルベルトの自分へ何かを求めるような視線に気が付くと、少し迷ったがおずおずと少し上目遣いになりながらも、ジルベルトが望んでいる言葉使いで接することにした。


「おはよう……ジル……」


「うん、正解」


 レティシアの幼い頃と同じような言葉遣いで自分へ接してくれた事に、満足そうな表情をジルベルトが浮かべた様子を見たアランは、呆れ顔になる。


「あの……、こんなに早い時間にどうしたの?

 それに、今日は入学式……」


「うん

 レティ、入学おめでとう

 学年は違うけれど、それでも漸く学園で一緒に過ごせるね」


「ありがとう」


「今日は入学式だし、私がレティの事を学園までエスコートしたいと思って、迎えに来たんだ

 初めての環境だから、緊張もしているだろう?

 学園までの馬車の中で、色々と学園の事について教えてあげるよ」


「そんな……ジルも今日は忙しいのではない?

 そんな手間を掛けさせてしまって、大丈夫なの?」


「レティの為であれば、どんな事も手間だとは思わないから気にしなくていいよ」


「えっと……」


 レティシアが、どうしたらいいかと戸惑っていると、アランが口をはさむ。


「レティ、嫌なら気にせず断っていいんだぞ」


「アラン! 余計な口を挟むなよ!

 レティ、迷惑だったかい?」


 そんな二人のやり取りに、フワリと表情を和らげたレティシアは口を開く。


「ううん……迷惑だなんて思わないわ

 私の事を気に掛けてくれた、ジルの気持ちが嬉しい」


 柔らかい笑みを浮かべたレティシアの表情に、ジルベルトもホッとし、笑みを彼女へ向けた。





 ジルベルトの乗ってきた王家の紋の入った馬車で、彼と一緒にレティシアは学園へ向かう事となった。

 道中、レティシアの横に腰を下ろしたジルベルトは、レティシアの手を取り手の甲へ口付けを落とす。

 レティシアが着ている学園の制服は、白地にイブニングドレスよりも少しスカートの丈は短く、脛辺りの長さであり、胸元の切り返しからフワリと裾が広がる形のワンピースであった。

 その上から、短めな丈の上衣を重ね、ワンピースの大きな襟を見せて着る。

 そして、襟元には一年生の色である大きな臙脂色のリボンが飾られていた。

 そのリボンにジルベルトは触れながら、レティシアへ笑みを浮かべた。


「学園の制服も似合っているね

 レティは、ドレスだけでなく何でも着こなしてしまうな」


「そんなこと……

 ジルの制服姿の方が素敵よ?

 …………あの……、ジル……」


「ん?」


「あの……、」


「先日の書物の事かい?」


「あ……、うん……」


「今日は、あの書物の始まりの入学式だからね

 あの書物で、ヒロインと記されていた令嬢が、本当に居るのか不安なのだろう?」


「……………うん……」


「確か書物では、シュタイン伯爵家の庶子と記されていたね

 シュタイン伯爵家がこの王国に実在する家名である事は、レティも知っているから余計不安に思ったのもわかるよ

 うん、その事だが……

 先日、レティと同じ学年にシュタイン家の令嬢が新入生として入学してくる事を、学園側へ確認がとれた」


「ご令嬢がやっぱりいらしたのね……

 お子様に恵まれていないと、聞いていたのだけれど……」


「正妻であるシュタイン伯爵夫人との間には、子どもがいない事は確かだが、シュタイン伯爵の長年愛人として別邸で暮らしていた、トキソン男爵未亡人の生んだ子らしい

 元々、シュタイン伯爵とトキソン男爵未亡人は恋人同士だったらしいが、トキソン男爵未亡人の婚姻前の家格との違いから、前伯爵から二人は結婚を強く反対され、彼女の両親へ圧力をかけた事もあり、彼女はトキソン男爵の後妻として、嫁がされたそうだ


 高齢であった男爵が婚姻後すぐ亡くなられて、彼女が男爵未亡人となってから、シュタイン伯爵はずっと政略結婚させられた自分の妻には目もくれず、トキソン男爵未亡人の元へ通っていたそうだよ

 その二人の間に生まれた令嬢が、今年王立学園へ入学する事を機に、子どもに恵まれなかった正妻のシュタイン夫人を説き伏せ、側室と実子としてシュタイン伯爵家へ母子を迎える事になったと聞いた」


「複雑な環境で育たれたのね」


 ジルベルトは、握っていたレティシアの手を自分の唇に寄せ、レティシアを見詰めた事に、彼女の心臓はトクンと高鳴る。


「書物に出てくる人物達が、本当に実在している事に、ただの作り物の物語の書物だとは私も思わないが……

 だけどね、幾つか絶対に有り得ない事柄があるのだよ」


「有り得ない事……?」


「そう、私がレティを傷付け断罪するなんて事は有り得ない

 ましてや処刑して命を奪うなんて事は、どんな事があったとしても絶対に有り得ない

 それに、レティは書物に出てくるような、傲慢で我が儘な相手の気持ちを考えないような人間じゃない

 寧ろ、反対だろう?

 レティは、相手の事を考えすぎて、自分の気持ちを伝える事を我慢してしまうくらい、優しい

 そんなレティを、私が見限る訳がない」


「そんな事……、わからないわ……

 思い詰めて、自分の気持ちをコントロールする事が出来なくなるかもしれない……」


 そんなレティシアの言葉に、ジルベルトは彼女の瞳をじっと見詰める。


「どうして、レティはそう思うの?」


「え……?

  どうして? 、って……?」


「うん、私が他の令嬢へ目を向けたなら、レティはどうして自分の気持ちをコントロール出来なくなるくらい、思い詰めると思うの?」


「それは……」


 レティシアがジルベルトの問いかけに言葉を詰まらせた時、馬車が止まった。


「学園に着いたようだね

 レティ、今の答えだけれど、どうしてそう思ったのかわかったら私に教えて欲しいな

 それまで、ゆっくり自分の気持ちと向き合ってみて?」


 笑みを向けられて言われたジルベルトの言葉に、レティシアは何も答えられなかった。


(私はどうして、自分の気持ちがコントロール出来なくなると思ったの……?

 ジルとの婚約は、陛下とお父様が決められた事で……

 この婚約は……

 政略結婚……する為の婚約なのに……)



ここまで読んで頂きありがとうございます!

ブックマーク、そして二話目で評価ポイントまで頂き感謝です!!



作者の覚書


アラン·ハーヴィル

レティシアの二つ年上の兄で、ハーヴィル公爵家の嫡男

髪色は黒色で、瞳はレティシアと同じ翠眼。身長はジルベルトと同じくらい。

頭脳も武術も魔力も人よりかなり優れてはいるが、ジルベルトの方が上である。しかし、その事を気にする素振りもなく受け止めている。

ジルベルトとは幼馴染みであり気安い態度をとっている。

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