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第26話 予期せぬ接触

 王城の石畳の回廊に、慌ただしい足音が響き渡る。

 その足音の主は、王太子のジルベルトとハーヴィル公爵家嫡男のアラン、そしてジルベルトの護衛達であった。

 本来ならば、学園で講義を受けているはずのジルベルトが、普段とは違う形相でこんな時間に戻ってきた事に、鉢合わせた者達は戸惑いを隠せなかった。

 何故、こんなにもピリピリとした様子で、ジルベルトが学園から王城へ戻ってきたのか──


 侍従の一人が、ジルベルトへ戸惑いながら問い掛ける。


「で、殿下……、学園からこんなお時間に戻られるとは、どうなされたのですか!?」


「どうしたのだって……?

 わからないのか!?

 ルドガー王子は何処に居る!?

 レティシア嬢も共にいるはずだ!!

 直ちに彼等の居る場所を申せっ!!───」










 ───学園で、レティシアを探していたジルベルトへ護衛の一人が、ジルベルトへ報告した内容は、思いもよらなかった人物がレティシアへ接触した事であった。

 その事にジルベルトは、疑問と焦燥感を感じる。

 そして次にジルベルトの中に現れた感情は、言い知れぬ怒りであった。


『殿下、学園の門番の者からなのですが……

 レティシア様が馬車寄せへ戻られ、ハーヴィル家の馬車を探している際に、丁度学園に到着されたルドガー殿下がレ、ティシア様にお声を掛けられたようです

 ルドガー殿下のお声に、躊躇されているレティシア様を、ルドガー殿下はご自分の乗ってきた馬車に乗せられ、学園を出られたと───』


 護衛の報告に、すぐ反応し声を出したのはアランであった。


『レティシアがルドガー殿下と共に!?

 何処へ向かったというんだ!?』


『アラン様……

 恐らく、ルドガー殿下の我が国での滞在先である、王城ではないかという事です』


『何だって!?

 ジル───』


 その護衛の言葉に、アランがジルベルトへ顔を向けた時、彼の表情にゾクリとするような殺気を感じた。


『…………………』


 アランはジルベルトの今の感情が、怒りが大部分を占めているとすぐ察した。


『ジル、わかっていると思うが、ルドガー殿下はラノン王国の王太子であるからな?』


『アラン、さすがの私であっても、隣国の王太子に向かって、昨日オスカーにしたような、短絡的で荒々しい行動に出ようとは思ってはいない

 だがね、彼が隣国の王太子であろうが何だろうが、やっていい事とそうでない事がある

 あのレティが、あんな不安定な状態であったのにも関わらず、自分から進んでルドガー王子の申し出を受け入れると思うか?

 王族という立場、さらに言えば隣国という我が国との関係性をも使って、レティを馬車に半強制的に乗せたのであるならば、私は許さない……』


 アランは頭が痛む。

 それでなくとも、ジルベルトとレティシアの関係が何故だか拗れ、ジルベルトが普段とは違い感情的になっている。

 さらに、予想だにもしていなかった隣国の王太子までも、何故かレティシアとジルベルトの間に入っている状況に、これ以上大事にならないでほしいと願うばかりであった。


『ったく……、レティシア(あいつ)はどうしてこうも無意識に、周りの人間に影響を与えるんだ……』




 そんな学園での護衛の報告に、ジルベルトはアランと共に王城へ急ぎ戻ってきていたのだ。

 ピリピリとしたジルベルトの感情が伝わるような口調に、応対した侍従はジルベルトとアランを連れ、回廊の途中にある薔薇園の中のガゼボの一つまで、慌てて二人を案内した。







 王城の庭園にある、薔薇園の中のガゼボで優雅にお茶を口にするルドガーへ、戸惑いを隠せないレティシアは口を開いた。


「あの……、殿下………もう講義の始まっているお時間です

 あんなにもお断りをしましたのに、どうして、こちらへわたくしをお連れになったのですか?」


 レティシアの言葉に、ルドガーは彼女へ視線を向ける。


「あんな状態の君を、放っておけなかったからだよ?」


「わたくしの事で、殿下の貴重な勉学のお時間を奪う事は許されません

 本当に、わたくしの事は気になされなくて大丈夫ですので……」


 ルドガーは手にしていたティーカップをソーサーへ戻すと、レティシアを真っ直ぐ見詰めた。


「勉学なんて何時でも挽回できるが、あんな状態の君の事を気にしないなんて、俺にはそんな事はできないな

 あんな状態だった訳は、まだ教えてくれないのかな?」


「それは……」


「当ててあげようか?

 ジルベルト王子と何かあったのではない?」


 ルドガーの言葉に、レティシアの表情は僅かに歪む。


「……………」


「彼から、酷い事でも言われたのかな?」


「そんな事はありませんっ!

 あんな無様な姿を、沢山の人前だけでなく殿下の前でまで晒してしまったのは、全てわたくしの不徳の致すところなのです

 ジルベルト殿下に、非はありません

 わたくしが……、悪いのです……

 わたくしが全て──」


「レティに悪い所などないよ」


「え……?」


 レティシアの言葉を、訂正するかのように声を掛けたのはジルベルトであった。

 ジルベルトの後ろにはアランの姿も見える。


「レティ、やっと見付けた

 君に、色々と伝えなければならない事が沢山あるのだけれど……

 その前に、彼に伝えなければならない事があるから、少し待っていてほしい

 もう、私から絶対に逃げないでくれるかな?」


 ジルベルトの姿を認識したレティシアが、ビクリと身体を揺らし、彼の姿に不安気な表情で視線を彷徨わせる。

 そんなレティシアへ、ジルベルトは今までのような柔らかな笑みの中にも少し憂いも含ませた表情を彼女へ向けると、レティシアの手を優しく握りしめた。

 もう、絶対に離さないという、強い意思を込めながら……


「ど、どうして……ここに……?」


「それも含めて、後で全て伝えるよ」


 ジルベルトはそう言うと、彼女の手を握りしめた自分の手に少し力を込めてから、ルドガーを見据える。


「それでルドガー王子、これはどういう事か教えて頂けますか?」


「これは、というと?」


「彼女を何故、学園から連れ出したのですか?」


「レティシア嬢が涙を浮かべた顔のまま、馬車寄せで自分の家の馬車を探している様子は、放っておく事が出来なかったからであるからかな?

 学園で何かがあった事は確かであるし、学園から離れた方が気分も落ち着くと思ったからだよ

 それが悪い事であるとは、俺は思わないが?」


 ルドガーはジルベルトの自分へ向ける射抜くような視線から目を反らす事もなく、ジルベルトの事を見据えた。


「貴方の気遣いで、彼女の心配をして頂いた事は理解します

 ですが、貴方の使用している馬車の御者や護衛からは、貴方の申し出を断ろうとしていた彼女が、断れなさそうであったとも話していました

 彼女の意思を無視して、馬車へ乗せたのではないですか?

 それに、なにより彼女は私の婚約者に内定している者であります

 正式な確定はまだとはいえ、そんな彼女と二人きりで馬車に乗るなど、それを見た者がどう誇張して噂をするかもわからない

 その事はお考えにならなかったのですか?」


「彼女の意思を無視したつもりはないが……

 まぁ、別の立場から見れば、それも正論ではあるのかもしれない

 だが、あんなにも傷付いたような彼女の姿を見て、放っておけるほど俺は冷酷ではないのでね

 そこまで言うのであれば、ジルベルト王子は何故、婚約者に内定しているという彼女の、あんな様子に気が付かなかったのだろうか?

 生徒会の仕事が忙しいとは聞いてはいるが、婚約者の不安定な様子よりも、他の誰かとの関わりを優先させる方が重要で、彼女はその程度の存在だと考えていたのではないのだろうか?」


 ルドガーの言葉は、ジルベルトの怒りを煽ったが、ジルベルトは感情を押し殺す。

 ジルベルトとルドガーの間に、ピリッとした緊張がはしった事をその場に居た者は感じた。


「まぁ、今回は理由がどうであれ、俺が少し軽率な行動をした事は認めるよ

 ただ、謝罪をするつもりはない

 彼女を放っておけなかった気持ちは、悪い事とは思っていないからね

 レティシア嬢、自分の立ち位置を少し自分なりに、考えたらどうかな?

 俺でよければ、相談にのるからね」


 そう、含みをもった笑みをレティシアへ向けて、ルドガーはそれ以上何も言わずにその場を後にした。

 同じようにジルベルトも、ルドガーにそれ以上何かを言う事もなく、事が今よりも大きくならなかった事に、アランは僅かに安堵の表情を浮かべる。


 ただジルベルトは、ルドガーの後ろ姿をじっと黙ったまま鋭い視線を向けていた。


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