第21話 仲裁
庶子という複雑な生まれではあるが、両親に愛されて育った事がよくわかる性格を、彼女はしていた。
出自が複雑な環境であるという事など感じさせないぐらい、明るく快活とした性格で、ごく一部を除けば彼女に親しみを持って関わる生徒が殆どである。
そのごく一部とは、出自に拘るような部類の者達だ。
そんな部類の者達が、エリカが趣味だと話していたお菓子作りで作ったものを、クラスメートの友人達へ作ってきて一緒に楽しんでいる場に、わざと聞こえるように話し出す姿があった。
「また、使用人でもないのにご自分で作ったという粗末なものを、配っていらっしゃるのね
それにお付き合いされる方々も、大変よね?
やっぱり出自が複雑だと、常識とは違う事をされるのかしら?」
そんな教室での様子を、同じ教室の片隅でレティシアは、嫌悪感を抱きながら見ていた。
(どうして、あの方々はいつもあのように言うのだろう……
そんな事を言うぐらいなら、関わらなければいいのに……)
エリカを嘲り、嫌味をわざと聞こえる声で話す一部の生徒達の姿が、レティシアはとても気になり、嫌で仕方がなかった。
それは、レティシアの性格のせいもあったが、あの書物の中で自分とされる存在が、同じような言葉をエリカへ言っている場面があったのだ。
そういう訳もあってか、そのような場面を見る事が辛くて仕方がなかったという事も大きかった。
クラスの女生徒の中では、レティシアが一番位が高く、レティシアが仲裁する事が一番効果がある。
レティシア自身、あまりエリカとは関わりたくはない事が本音ではあった。
さらに今までのレティシアでは、仲裁に入るなど躊躇し、行動に移す事がなかったであろうが、この日のレティシアは我慢が出来ずに立ち上がり口を開いていた。
「皆さん、私は思うのですが……」
「レティ?」
急に立ち上がり、エリカを侮辱している女生徒達へ言葉を発するレティシアに、側にいたプリシアもアルフレッドも驚いた表情を彼女へ向けた。
「皆さんのその言葉は、仲良く楽しまれている方々に言うような言葉ではないと、わたくしは思います
手作りのお菓子を、学園に持ち込んだら駄目だという規則はないはずです
それとも、そういう事をエリカ様へ伝えて欲しいと、誰かから言われたのですか?」
「あ……、レティシア様……
ですが彼女は、あろうことか王太子であるジルベルト殿下にまで、あのような素人の手作りの物を渡したそうではないですか!?
素人の作った物を、殿下へ渡すなんて考えられませんわ」
お礼の品としてエリカが作り、レティシアを通してジルベルトへ渡そうとしたクッキーを、彼が直接エリカへ教室で返した事は既に噂になっていた。
ただ、王族の決まりの為とやんわりと返した事で、そんなに悪いようには言われてはいないが、「決まりも知らなかったのか?」「短絡的すぎる」等の言葉は、身分を重んじる者達からは幾つも聞こえていた。
「殿下は……、厚意はありがたく受け取ると仰有っておりました
エリカ様の厚意に困惑されていた訳ではない事は、直接殿下がこちらへ来てエリカ様にお伝えした事からも、皆様はおわかりかとは思うのですが?
それに、殿下へお礼の品として渡した事と、ご友人との間で楽しまれる事は関係ないですし、その事に他の者が何か言う事は良い事とは思えません
皆さんは、この学園の方針を理解しておりますよね?
それに皆さんは色々と言われていますが、エリカ様は歴とした由緒あるシュタイン伯爵家のご令嬢でありますよ?」
背筋を伸ばし相手を見据え、堂々と言葉を発するレティシアの姿は、アルフレッドやプリシアの目には、未来の王太子妃を見ているように写った。
おそらく、教室にいた他の生徒達もそう感じたであろう。
しかし、レティシアが言葉を掛けている目の前の女生徒は、嘲笑うような表情をレティシアへ向ける。
彼女は侯爵家の娘で、父親である侯爵は貴族派寄りの派閥にいる人物であった。
家も財力がある為か発言力も高く、そのような立場である事から、王政の中心にいる家柄のレティシアには、口調は身分の礼儀を重んじてはいたが敵対心を露にしていた。
「レティシア様は、ジルベルト殿下の婚約者候補筆頭でいらっしゃる事を、何か勘違いなさっているのではありません事?
まるで、すでにご自分は王族であるかのような口調で……、偉そうに……」
「……………」
レティシアが言い返さない様子に、その令嬢のレティシアに対する蔑むような言葉はエスカレートしていく。
「妖精姫だと囁かれて、いい気分なのかもしれませんが……
殿下がお優しく接してくださっている事をいいことに、色々な男性に色目を使っていると有名でありますよ?
例えば女性関係が派手でいらっしゃる、マルクス家のオスカー様とも、ご親密でいらっしゃるとか……?」
「なっ───」
そんな女生徒の言葉に反応したのはアルフレッドであった。
「貴方は、その言葉の重みをわかっているのですか?」
しかし、アルフレッドが立ち上がり反論しようと口を開きかけた瞬間、言葉を先に発したのはレティシアであった。
「…………重みとは、レティシア様は何を仰有りたいのですか?」
「わたくしの事は、どう仰有られても構いません
ですが、オスカー様はマルクス公爵家のご子息でありますよ?
いくら学園の理念は平等の精神であるとはいえ、臆測で公爵家のご子息の方の事を、そのように発言して大丈夫なのですか?
貴女のご実家であるヘインズ侯爵家は、発言力のある家柄でありますが、それでも貴女は侯爵家令嬢でありますよね?
オスカー様は、殿下やわたくしの兄の古くからのご友人であります
人々の間で言われている事は、あくまでも噂にすぎません
オスカー様ご自身は、とても立派なお方ですわ
わたくしの行動で、皆さんに誤解を生じるような事があれば謝罪しますが、弁解しなければいけないような行動は、わたくしはとってはおりません」
そう言いきったレティシアは、小さく息を吐いた。
表面上、堂々と言葉を発していたレティシアであったが、実際は握りしめた手も足も小さく震え、心臓は周りに音が聞こえるのではないかと思うくらい、ドクドクと音を鳴らしていた。
それでも、何も知らない目の前の人間が、オスカーの事を侮辱するように言った事は許せなく感じたのだ。
レティシアの言葉の後、それまで黙っていたアルフレッドは、目の前にいるヘインズ侯爵令嬢を見据えた。
「レティシア嬢は気にしないと言ったが、彼女も由緒あるハーヴィル公爵家の令嬢である事を、君は軽く見すぎだ
それに、彼女の事を愚弄するという事は、彼女を婚約者候補筆頭に置いている兄上までも、愚弄するという事になる
俺が何を言いたいのか、ここまで言ったらわかるだろう?」
「………っ!!」
「令嬢方の言い合いに、あまり男は口を挟まない方がいいと思うが?」
クラスメートの前でアルフレッドから咎められた女生徒は、顔を赤くさせ口元をわなわなと震えさせた時、教室の入り口から言葉を発したのは、隣国の王太子で留学生であるルドガーであった。
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