第20話 婚約の背景を伝えない訳
───君は、どうしてこんなにも、私以外の男を引き寄せるのだろうか?
「ジル? まだ生徒会室にいたのか?」
生徒会室の窓辺に立つジルベルトへ声を掛けたのは、アランであった。
「もう、クラス役員の生徒は全員解散したぞ?
王城での、執務がたまっているのだろう?
学園を出なくていいのか?」
「うん、もう帰らせてもらうよ」
そう言いながらも窓の外を眺めたまま、なかなかそこを動かないジルベルトへアランは近づき、彼の視線を辿る。
「レティとアル?」
「今日はレティも、城での妃教育の日であるから、一緒に帰ろうと伝えて待っていてもらっていたのだよ
アルが……、話し相手になってくれていたようだね」
穏やかな口調とは裏腹に、表情を消しながら二人の様子を眺めているジルベルトを見て、アランはため息を一つ溢し言葉を発した。
「さすが兄弟、嗜好は同じなんだな?」
アランの言葉に、ジルベルトは乾いた笑みを浮かべる。
「アルは顔に出すぎだね
気が付いていないのは、レティぐらいだよ」
「完全無欠の我が国の王太子様は、自分の弟に戦々恐々としているのか?」
ジルベルトの今の心境を察していながら、からかうような口調でアランは問い掛けた。
「愚問だよ
まぁ、アルは考え方の根っこの部分がレティに似ているからね
自分の事よりも、相手の事を先に考えてしまうという所がそっくりであるから……
だからなのか、昔からあの二人は、話しもよく合うし仲がいい
だけど……、私が弟のアルであれば、己の唯一である存在を簡単に譲るとでも、アランは思うのかい?」
「弟であろうと、お前なら容赦無しで叩き潰しそうだな」
「可愛い弟であるけれど、だからこそ余計に手加減などしたくはない
それに、いくら私であっても、アル相手には手加減など出来ないよ
アルは、私の弟であるのだから、あいつが本気になれば、私であってもそう簡単にはいかないだろうからね」
「いくらお前でも余裕を持てないって事か……?」
「まあね」
考えの読みにくい表情を浮かべているジルベルトへ、アランは目を向けると、ずっと引っ掛かりを覚えている事を問う。
「…………どうしてレティシアに、婚約の背景の事をお前は伝えていないんだ?」
「レティから聞いたのかい?
私達の婚約は、国の情勢を考えた政略結構の為の婚約なのだと、レティが認識している事を」
「ああ
お前が深く望んだ婚約で、反対していた父上に何年にも渡って頼み込んでいたのだとわかれば、レティシアだって安心するだろう?
それに、お前へ向ける目も兄のような幼馴染みの存在から、自分を想ってくれる婚約者という存在に、すぐ格上げするだろう?」
「おそらく表面上はね
だけど、そうしてしまったら、レティの心の扉を開かないまま、成婚式を向かえてしまう事になる
私はどうしても、レティ自身で彼女自身の気持ちに気が付いて欲しいのだよ」
「お前らしくないな
そんな合理的でない方法だなんて」
「レティだけだよ
私をここまで、翻弄する存在は
それでも、レティの気持ちを無視して、無理矢理私の隣に繋ぎ止めるのではなくて、レティ自身が誰でもない私だけの隣に居たいと思ってから、私の隣に立って欲しいのだよ
私は、欲張りなんだ
私が手にしたいのは、レティの心を含めた全てだからね」
ジルベルトは、レティシアの事となると、心の中に沸き起こる感情を暴走させないよう、そしてその感情を表情に出さないよう、抑える為にいつも気を抜く事は出来なかった。
少しでも気を抜けば簡単に、己の暗く大きな重たい欲望で、レティシアの事を傷付けてしまうだろうと想像も容易かったからだ。
────愛しくて……
何よりも大切で……
どんなものにも変えられない、唯一無二の存在である君は憎らしいくらい、私の手中に簡単には収まらない
いつも私の手の中から、するりと抜け出してしまう……
君に惹かれる者が、その度に現れ君の隣に立とうとしている事を、君だけが気が付かない
そして無防備すぎる君は、私だけのものにしたくてたまらない至高の微笑みを、知らず知らずに君に惹かれる者達へ向けてしまうんだ……
その度に、私の心の中が黒く染まる事を、君は知らない。
アランは隣にいる幼馴染みで友人でもあり、そして未来の主君となる存在の横顔を見詰める。
才能に恵まれたジルベルトが、幼い頃からレティシアへ向ける一途な想いの事はずっと知っていた。
ジルベルトになら、レティシアの事を任せても、安心であるだろうとは思っていた。
だが、ジルベルトの立場、そして彼のもとへ嫁いだ時のレティシアの立場が、心配でならなかった。
王太子妃であり、未来の国母という立場は、表向きはそれ以上ない程の敬われる立場である。
しかし、その立場は華やかさだけではない。
様々な重責、それから反対勢力だけでなく、その立場に成り代わりたいと目論む者達から、狙われる立場であるのだ。
アランには、レティシア自身のある事情によって、彼女の身の安全を考えると不安しかなかった。
複雑な表情を浮かべるアランへ、ジルベルトが問い掛ける。
「アランはまだ、私のもとへレティを嫁がせる事を反対しているのかい?」
「お前自身だけで見れば、俺はレティシアがお前の隣に立つ事を望むなら、お前は最良の相手であると思っているよ
俺が……、父上や母上もだが、心配で仕方がない事は、お前の隣という立場だよ
その立場は、どんな事をしても絶対に安全面がクリアにはならないからな……」
アランの言葉に、ジルベルトも固い表情を浮かべた。
「そこは、レティの事を考えると私も不安で仕方がない。
だからこそ、何よりも最優先でレティの安全を一番に考慮したいと思っている
だがその事は、ごく一部しか知りえないことではあるし、これからも洩らさない限りは、誰も気が付かないだろう
なにより、レティ自身も気をつけているからね」
「まぁ、その事を憂慮するのも、先ずはお前達の婚約が確定されてからだけどな」
「そうだね
それまでにはレティに、自分の気持ちに気が付いてもらえるよう、私は努力するだけだよ」
ジルベルトは、アランにそう伝えると、生徒会室を離れた。
◇*◇*◇
柔らかな風にのって、爽やかなベルガモットの香りが香る。
「楽しそうだね?」
カサリと草を踏む音と声に、学園の庭園で話をしていたレティシアとアルフレッドは振り向いた。
声の主はジルベルトで、柔らかな笑みを二人へ向ける。
ベルガモットを主とした香りは、ジルベルトが好んでつけているものであった。
「レティ、待たせてごめんね
思ったよりもクラス役員の質疑が多くてね」
「ううん、待つぐらい何ともないわ」
「アルと待っていたのかい?」
「私がここで待っていた時に、声を掛けてくれたの」
「そうか
アル、レティシアの相手をしてくれてありがとう」
レティシアの変わりに、ジルベルトが礼を言うと、アルフレッドは複雑な表情を浮かべる。
「いや……、兄上からお礼を言われるような事はしていない
ただ、レティと話していただけだし……」
「生徒会室の窓からも、二人が楽しそうに話している姿がよく見
えたよ」
ジルベルトは、アルフレッドへ目の笑っていない笑みを向けた。
「え……」
「よく見えていた
アル、お前の表情もね」
そのジルベルトの言葉は、アルフレッドのレティシアへ向ける感情に気が付いていると、アルフレッド本人に指摘するかのようであった。
「…………っ!」
「さぁ、レティ早く城へ行かないと、君の妃教育の時間に遅れさせてしまうね
アルも、私達と一緒に帰るかい?」
「………いや……
教室に忘れ物をしたから、先に帰っていい」
「アル?」
突然表情を曇らせたアルフレッドの事を、どうしたのかと伺うように見詰めるレティシアへ、アルフレッドは笑みを向けた。
「あんまり、考え込みすぎるなよ
妃教育頑張ってな」
「え……、あ……、うん……」
その場を離れるレティシアとジルベルトの後ろ姿を見ながら、アルフレッドは拳を握りしめた。
(兄上は……レティへ向ける、俺の気持ちに気が付いているんだな……)
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今回のお話は少し伏線もはったお話であり分かりにくい部分もあったかと思いますが、後々に繋げていきたいと思います。
今回はジルベルトの心情を少し語らせました。