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第2話 婚約の背景

 ジルベルトは、涙で濡れたレティシアの頬を大きな手で撫でながら、親指で幾つも零れ落ちてくる涙を拭う。


「その預言書という書物は?

 今日は、持ってきていないの?」


「持ってきているけれど……」


「私も自分の目で確認したい

 見せてくれるかな?」


 レティシアは、持参した書物をジルベルトへ渡した。

 ジルベルトがその書物の表紙に目を向けた瞬間、嫌悪感からか彼の眉間に皺がよる。

 そこには自分の絵姿が描かれていたが、描かれている自分は婚約者になるはずのレティシアではなく、見覚えのない令嬢を抱き寄せているような絵姿が描かれていたからだ。

 そして、題字もそうであったが、適当に開いた頁に書かれている文字は、全く見たこともない文字であるのにも関わらず、内容が理解出来る事に、ジルベルトは更に訝しげな表情になった。


「この書物……、魔術が掛けられているようだね

 私はある程度の国外の文字を知っているつもりではあったが、私でも見たこともない文字なのにも関わらず、内容が理解出来る事から、言語の魔術が施されている事は確実だ

 この書物……、何処で手に入れたんだ?」


「城下街を散策するのに、いつものように街外れに馬車を待たせていたの

 馬車へ戻ると我が家の馬車の前に、この書物が落ちていたのよ

 他の方の持ち物かもしれないとも思ったし、良くない事だとは思ったけれど、この表紙を見てそのままにしておく事も出来なくて、持ち帰ってきたの

 ジル程ではないけれど、私も他の国々の事を学んできたのに、初めて見る文字だったわ

 だけど、何故だか最後まで読む事が出来た……

 そして、知らない文字か書かれているのにも関わらず、この絵姿も、中に描かれている挿し絵も、ジルやジルの周りにいる方々に、そっくりの絵姿ばかりだった

 勿論、私も……

 そして、文章の端々に公になっていないような事まで書いてあったの……」


「だから、レティは預言書だと思ったのだね?」


 レティシアは、ジルベルトの言葉に小さく頷いた。


「この書物の事や、私との婚約を考え直したいと君が思い至った事は、レティのお父上の宰相や、兄上のアランはもちろん、他の人間の誰かに相談はしたのかな?」


「いいえ? 初めにジルへ直接伝えなければと思ったから、まだ誰にも伝えていないわ」


「そうか、良かった……」


 ジルベルトは、レティシアの言葉に安堵の息をもらす。


「え?」


「いや……何でもないよ

 レティ、この書物を少し私に貸してくれるかな?

 私も中を確認したいと思う

 それと婚約の件だけれど、婚約式に向けて既に臣下達が動き始めて準備を進めている段階だから、今すぐどうこうできる問題ではないんだ

 でも悪いようにはしないから、この件は少し私に預からせて欲しい

 それでも構わないかな?」


「ジルが困らないなら、私は構わないわ」


「後ね、この事をまだ誰にも言わないで欲しいんだ

 本物の預言書かどうかまだわからないし、周りを混乱させてしまっても大変だからね

 この書物の事は二人だけの秘密にしてほしい」


「ええ、わかったわ」


 ジルベルトはレティシアの手を取ると、指先へそっと口付けを落とした。


「レティに、辛い思いだけは絶対にさせないから

 私を信じてくれるかい?」


「ジル……うん……」


 ジルベルトはレティシアへ向けて柔らかい笑みを向け、優しく彼女を抱き締めると、彼女の頭を何度も撫でる。

 そんなジルベルトの優しさに、不安に押し潰されそうであったレティシアの心は軽くなり、温かくなっていった。




 ◇*◇*◇*◇*◇



 ───君は恐らく、私との婚約の背景を知らない……


 ジルベルトは王城の王太子用執務室で、ある書物の頁を眉間に皺を寄せながら捲っていた。


(昨日、レティから私との婚約の話を考え直して欲しいと突然言われて、思考が一瞬停止した

 その訳を問い質してみたら、思いもよらない言葉が返ってきた

 レティがそんな考えに至った理由(わけ)が、今、自分の手元にあるが──

 何なんだ、これは……)


 ジルベルトは、昨日レティシアから預かった書物の内容に、怒りが沸き起こる事が押さえられなかった。


(私がレティ以外の令嬢を見初める等……

 しかも、レティを断罪してまでその令嬢の手を取るなど、あり得ない……

 さらに、レティの命を私が奪うなんて、作り話だとしても許せない

 大体にしろ、レティのどこをどうみたら悪役になどなるのだ

 悪役令嬢などという作り言葉すら、忌々しい

 この話を考えた者は、どういうつもりなんだ?

 この手で捕らえた時は、ただではおかない

 そもそも、私とレティとの婚約は、私自らが願い出たものであるというのに……)


 王国の貴族の間では、ジルベルトとレティシアの婚約は、家柄、年齢、教養、容姿どれを見ても申し分ない事から、王太子婚約者候補筆頭であったレティシアが選ばれる事は、当然の流れであると言われていた。

 その決定に異を唱える者は殆んどいなかったが、その中で強く異を唱えたのは、宰相でありレティシアの父親でもあるハーヴィル公爵である。

 公爵は、自分の愛娘に苦労はさせたくはないと考えており、レティシアを多大なる重責が伴う未来の王妃にさせたくはなかった。その公爵の首を縦に振らせる為に、ジルベルトは何年にもわたって、何度も直接願い出たのだ。

 王太子であるジルベルトが、婚約者候補筆頭とはいえ、何故そこまでレティシアに執着したのか……

 それは、ジルベルトとレティシアの幼き頃に始まった。


(私は、レティ以外の令嬢を妃になど、娶るつもりはない……

 それは、幼き日からずっと心に強く決めていた事だ

 何故レティでなければ駄目なのか、その理由なんてあってないようなもので、レティへ向ける感情と同じものを、私は他の者にはどうやっても向けられない

 レティしか、受け入れられない

 レティへ向ける感情に気が付いた切っ掛けは、恐らくあの日からなのだろうが……

 この感情はそれよりも前から……、もしかしたらレティと初めて出逢った時から、自分の心の中に灯ったのかもしれないとまで感じるくらいなのだから───)





 ────今から十二年前……


 王城の端にある樹木で囲まれた池の畔で、他の者に見られないよう膝を抱え涙を溢している幼い少年の姿があった。

 第一王子のジルベルトである。

 ジルベルトは、幼い頃から何でも器用にそつなくこなす事が出来ていた。

 その事が仇となり、勉学や武術、魔術の指導に対して手を抜いている訳ではないが、どの事にも気持ちが入らなく、本気で打ち込むという事が見出だす事が出来なくなる時期があった。

 そんなジルベルトの姿勢を視たみていた国王である父親から、『本気で物事に取り組まなければ、後々大きな失敗につながる』と、叱咤されたのだ。

 ジルベルトは頑張っていない訳ではない。

 だが、すぐ理解出来たり習得出来る事に、打ち込む意味がわからず、楽しさを感じる事が出来ないでいるのに、その事で叱咤され、『では、自分はどうしたらいいのか?』と、理由がわからないモヤモヤとした気持ちの悪い感覚に苦しくなり、涙が何故だか溢れてきたのだ。

 そんな自分へ近付いてきた人の気配に、ジルベルトはそちらへ目を向けると、そこに居たのは幼いレティシアだった。


『レティ?』


 レティシアは、ジルベルトの何時もと違う様子を目に止めると、隣へ近付きそっと彼の頭を撫でた。


『ジル……どこか、いたいの?』


『痛い?

 あ……、泣いていたから……?

 これは違うんだ……

 何を直したらいいかわからなくて……って

 レティにこんな事を話してごめんね──

 えっ!? レティ!?』


 ジルベルトはレティシアの様子に驚いてしまう。

 その場でレティシアが、大きな瞳から涙を沢山溢したからだ。


『ジルを、いじめたひとはだれ?

 そんなことをしちゃダメって、レティがいう!!』


『苛め? 違うよ!

 私が頑張れてないって、父上から叱られただけなんだよ』


 レティシアはそんなジルベルトの言葉を聞くと、ジルベルトにギュっと抱きついた。


『ジルはいつも、がんばってるよ!

 たくさん、おべんきょうも、けんのおけいこも、まほうのれんしゅうも、がんばっているもの!

 おうさまが、ジルががんばっていることをしらないなら、レティがおしえにいく!』


『レティ……

 大丈夫……、父上も知っているんだよ、だけどもっと違う頑張り方を見付けなさいって教えてくれただけなんだ

 うん……、なんだか今なら父上の言いたい事が、わかったかもしれない……』


 引っ込み思案で大人しいレティシアが、一生懸命彼女から見た彼の姿の事を国王へ伝えるんだという言葉は、ジルベルトの心に深く刻まれた。


 《大切な人を守る為にもっと真剣になれって、父上は言いたかったのかな?

 父上の大切な人とは、国民の事なのだろうけど……

 私は──》


『レティ、ありがとう』


『え?』


『レティのおかげで、違う頑張る方法を見付けられたから』


『レティのおかげ?』


『そう、私にとってレティが応援してくれる事は、何よりも力になるんだ』


 そんなジルベルトの言葉に、レティシアはふわりと笑みを浮かべた。

 その微笑みに、ジルベルトは胸がいっぱいになるような、堪らない気持ちを覚える。

 この目の前の儚げな雰囲気でありながら、心を鷲掴みするような微笑みを向ける存在を絶対に手に入れ、手放したくはないと、幼いながら強く思ったのだ────



 ────………




 過去のレティシアとの思い出を、思い出していたジルベルトは、開いていた彼女の持ってきた書物を閉じる。


(レティとの今まであった事や言葉は、全て今の私を作ってくれた要素となっているんだ

 どんな事があったとしても、レティを手放すつもりも、誰かに渡すつもりもない

 この書物の出所を探るとともに、本当にこの書物のような事が起こるのか調べなければならない

 だが、例え同じような事が起こったとしても、私がレティ以外へ気持ちが移る事はないと断言できるがな

 そんな事よりも、この事がハーヴィル公爵の耳に入って、レティとの婚約の話が白紙に戻される事の方が厄介だ

 どうしたものか──)


 ジルベルトは、背を椅子の背凭れに預けると足を組んだ。


ここまで読んで頂きありがとうございます!

そして、1話目からブックマークありがとうございます!!



作者の覚書


レティシア·ハーヴィル

蜂蜜色のストレートヘアに、翠眼という容姿。

引っ込み思案、臆病、大人しい性格であるが優しく心を開いた相手には柔らかい笑みをいつも向ける。

物語の始めでは15歳で、もうじきデビューできる16歳になる。


ジルベルト·オーガストラ

オーガストラ王国の第一王子で王太子。

襟足が長めのプラチナブロンドに金色の瞳。長身で細身であるが、剣術が得意であり鍛えている体躯である。頭脳も魔術能力も武術能力も高くハイスペック。

レティシアの二歳年上で、レティシアの兄と同い年でハーヴィル兄妹とは幼馴染み。レティシアと同い年の弟がいる。

レティシアとは婚約内定中。

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