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第19話 希求

 木漏れ日が振り注ぐ木陰で、レティシアはそっと目の前にある建物を見上げた。

 レティシアの視線の先にあるのは、学園の生徒会室の窓で、その窓から時折その中にいる者達の人影が見える。

 レティシアの目にすぐとまるのは、プラチナブロンドの背の高い人影。

 穏やかな表情で、何かを中にいる人物へ語り掛けている姿に、レティシアにも自然と笑みが浮かぶ。

 そんな彼女の表情を曇らせたのは、視線の先にいた人物に近寄る、桃色の髪色の人影であった。

 プラチナブロンドの人物が優しげな笑みを浮かべながら、桃色の髪色の人物に語り掛けている姿に、レティシアは表情を歪めながら目を反らす。


(二人の姿を見て、胸の奥が重く痛むのは、何故なのだろう……)


 レティシアがその場から立ち去ろうとした時、自分の名前を呼ぶ声に振り向いた。


「レティ? こんな所でどうした?」


「アル……」


「何か見ていたのか?」


 その声の主はアルフレッドで、彼女が見ていた先へアルフレッドが視線を向けると、そこには生徒会室の窓があり、彼の目にも中にいるジルベルトの姿が写る。

 胸の中に広がる複雑な感情を、アルフレッドは覚えた。

 アルフレッドは、その感情に気が付かない振りをしながら、レティシアへ問う。


「………放課後にどうしてこんな所に?」


「今日は、学園から真っ直ぐお城へ向かう予定なの

 ジルが一緒に帰ろうと言っていたから、ジルの生徒会のお仕事が終わるのを、ここで待っていたのよ」


「ああ、今日は妃教育の日だったのか」


「ええ」


 アルフレッドは、複雑な表情を僅かに浮かべるレティシアに気が付いた。


「学園での勉強と、妃教育の両立は大変じゃないか?」


「私なんかよりも、アルやジルの方が帝王学等の学びや、王族としての公務や執務と、学園の勉強との両立の方が大変でしょう?

 そんな二人の姿を見ていたら、私が大変だなんて言えないわ」


 レティシアの言葉と同時に、少し強めの風が木の葉を揺らし、レティシアの髪の毛が靡く。

 アルフレッドは、レティシアが風で靡く自分の髪の毛が顔にかからないよう手で押える姿に、彼女が大人の女性に近付いてきたように、その時改めて強く感じた。

 そんな彼女の姿に、アルフレッドは自分の心臓がドクンと波打った事がわかった。

 レティシアが、長い睫毛が縁取る瞳を軽く伏せる姿。

 ぷっくりとした形の良い唇に、他の令嬢のように毒々しい色の口紅でなく、控えめな色の紅をさしている姿。

 それらが逆により目をひき、レティシアの美しさを際だ経てている事に、アルフレッドはどうしようもない胸の高鳴りを感じた。

 もうかなり前から、自覚していたレティシアへ向ける自分の感情をアルフレッドは再認識する。

 ただの仲の良い幼馴染みへ向ける感情ではない気持ちに──。

 そして、その気持ちが報われない結末を向かえるのであろという事も改めて強く感じ、様々な感情が綯交ぜになったような感覚を彼は覚えた。


 レティシアは、アルフレッドが複雑な表情を浮かべながら、自分の事を見詰めている事に、首を傾げながら彼の名を呼ぶ。


「アル?」


 レティシアの柔らかな声で自分の名前が呼ばれた事に、アルフレッドの心は、何とも言えない感情にぐっと掴まれたかのような、甘い痛みを感じた。


「………お前さ……、近頃どうしたんだよ?」


「え?」


「入学式の頃から、何か様子がおかしいだろ?

 何があったんだよ?」


「…………おかしいって……?」


「それは、何て言ったらいいのかわからないけど……

 不安そうな表情(かお)をしてる事が多いだろ?

 何がそんなに、お前の事を不安にさせているんだ?」


 レティシアが言葉を詰まらせた事に、アルフレッドはレティシアへ向ける感情による複雑な考えが、より強くなっていく。


(もし、それが……

 兄上との婚約の事であるならば、俺は絶対に放ってなんかおかない

 卑怯だとしても、二人の間に綻びがあるのならばと、僅かな希望を願う自分がいるんだ……)


 アルフレッドの問いに、レティシアは戸惑った。

 ずっとあの書物の事で不安を抱えていた事が、表情(かお)に出てしまっていたのだなと強く反省する。


「お妃教育で、感情を表情に出さない訓練を何年も教えられた筈なのに、全然駄目ね……」


「以前までのお前なら、ちゃんと教えられているように出来ていたし、取り乱す事もなかった

 だけど、ルドガー王子とぶつかった時といい、お前らしくもなく取り乱した事も気になっていたんだ」


「自分でも……わからないの……、自分が……」


「……は?」


「昔から、人前では特におどおどしてしまう自分が大嫌いだった

 だけどそんな私を、ジルもアルも受け止めてくれて、小さな事でも私の良いところを探して教えてくれる事が、自信になっていたの

 だけど、そんな自信さえもなくなるぐらい、最近の自分は嫌な所ばかりで辛いし、そんな自分は嫌になる……」


 レティシアがポツリと溢した言葉に、アルフレッドの疑問はより大きくなっていく。


「何だよ、嫌な所ばかりって……?」


「それは……

 自分の事ばかり心配になって、自分さえ良ければっていう考えばかりなの

 他の人が悲しい思いをしても、自分が嫌な思いをしなければいいって、すぐ考えてしまうの」


「そんなの、人間なら当たり前だろ!?

 それを、本当に行動に移すか移さないかが、大切なんじゃないのか!?

 お前は、他人に嫌みを言ったり、他人が傷付くような行動に移したりなんか、していないじゃないか

 それどころか、相手の感情にすぐ気が付いて、自分の事よりも相手をいつも気にかけている

 そんな……、心の中でまで人の事ばかり考えているなんて、聖女じゃないんだから普通だよ!

 俺だって、他人には言いたくないような事を考える事だってあるしな」


 レティシアの言葉に、アルフレッドは思わず声を大きくして言葉を返す。

 そんなアルフレッドの言葉に、レティシアは幾分表情を和らげた。


「アルも……? どんな……?」


「は!? だから、他人には知られたくない事だって言ってんだろ!?

 口に出して、お前に教えてどうするんだよ!!」


「あ……、そうよね……ふふふ」


「何、笑ってるんだ?」


「あ、ごめんなさい……

 でも、やっぱりアルだなって思って」


「え……?」


「アルは昔からいつもそうやって、私の事を励ましてくれるなって思ったの

 優しい所はいつまでも変わらないわね」


 レティシアの何かを隠してるかのような、何時もとは違う笑みに、アルフレッドの心の中はより複雑な感情が巡る。


「お前だって、変わってないよ……」


「もし……、私が変わっちゃったらどうする?」


「変わるって、どう変わるんだ?」


「……………我が儘で、傲慢で……

 自分の欲の為に人を傷付けるような人間になったら……、アルはどうする?」


 レティシアが語った言葉に、アルフレッドは一瞬呆けてしまった。

 何の冗談なのかと口に出そうとした時、冗談ではないのだとわかるような憂いを含んだ表情を浮かべているレティシアを見て、訝しげな表情を向けた。


「…………何の妄想なのか、よくわかんないけど……

 万が一にも、お前がそんな振る舞いをする事があるなら、俺が止めてやるよ

 どんな事をしてもな」


 レティシアはアルフレッドの言葉に、今までグルグルと悩んできた事が、少し癒されていく事がわかった。


「お前の真の部分は、絶対に変わっていない筈なんだから、そういう振る舞いをする事に理由が絶対にあるんだ

 その理由を見付けて、俺がそんなお前の気持ちを受け止めてやる」


 アルフレッドの自分を信じてくれている言葉に、レティシアは救われたような気持ちになり、胸が苦しくなるくらい嬉しいと感じた。


「止められるかな?」


「俺を誰だと思ってんだよ、お前の行動ぐらい止められない訳がないだろ?」


「うん」


 嬉しさからか、レティシアは先程までの表情陰った表情から、いつも以上に笑みを深めた。

 レティシアのそんな表情を向けられたアルフレッドは、ぐっと胸が締め付けられるぐらい、彼女を手にしたいという切望を覚える。

 ここが学園の庭園でなかったら、彼女を抱き締めてしまっていたかもしれない。

 それ程までに、自分へ無防備な笑みを向ける、目の前の存在への感情が溢れたのだ。


(どうして……

 どうして、お前は兄上の婚約者なんだ?

 俺にはもう……、お前の事を手にする機会は絶対にないのだろうか?

 お前は兄上の事を、どう想っているんだ……?)


 そんな考えがアルフレッドの頭の中を何度も駆け巡った。



ここまで読んで頂きありがとうございます!

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少し解説


副題の希求ききゅうという言葉ですが、例文ではよく世界平和等に用いられますが、強く願い求めるという意味あいである事から今回のお話の副題にしました。


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