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第16話 癒しの言葉

 オスカーは歪めた表情をすぐ消すと、感情のわからないような顔をレティシアへ向けた。


「……じゃあ、俺にどうすれと?」


「サイモン様と将来の事について、しっかりお話をされた事はありますか?」


「……は?」


「サイモン様が将来の事をどうお考えなのか、一度お聞きになったら良いかと思うのです

 オスカー様が考えている事でない事も、わかるかもしれないと思うのです……」


「どうして……そんな事を?」


「……私からは、これ以上は言えません……

 約束ですから……」


「約束?」


 レティシアは、ジルベルトから先程の昼食の時に、もう一つオスカー達兄弟の事について、聞いていた事があった。

 そして、以前に他の者から聞いた事と、その事柄が合わさり思うところがあったのだ。


 ───昼食時の生徒会室での事……


 ジルベルトは、オスカーの話を持ちかけたレティシアへ、オスカーの兄であるサイモンから聞いた事を伝えた。


『あとね……、サイモンからも色々と聞いていたから、オスカーの振る舞いに、より納得がいったのだよ』


『サイモン様から……?』


『そう

 これは、ここだけの話しだよ

 サイモンも気が付いているんだ

 オスカーがサイモンの為に、あのような振る舞いをするようになった事をね

 切っ掛けは、心ない貴族達の噂話であったようだ

 武術の力量にも差があり、そして第一王子である私の手合いの相手に、私自らオスカーが名指しで選ばれた事から、オスカーは次男ではあるが、マルクス家を継ぐのも、次期騎士団長へ任命されるのも彼かもしれないという、憶測ばかりの噂話をね……

 その噂をオスカーが耳にしてしまってから、あいつはあのような令嬢の間を渡り歩くような、軽い振る舞いをするようになったんだ」


「噂……」


 心無い者の根拠もない噂は、時に人を大きく傷付ける事を、レティシアは自分の経験上知っていた。

 ジルベルトの婚約者候補に自分の名前があがった時から、他の候補の令嬢方からの、レティシアに対してのやっかみが、大きかったのだ。

 レティシアを敵視していた令嬢方からは、幾つもの心の傷をつけられていた。

 そして、その心の傷は未だに消えず、レティシアの心の奥底に深く残っていた。

 レティシアが、表情を曇らせた事に気が付いたジルベルトは、彼女の隣に移動すると、優しく頭を撫でながら話を続ける。


『オスカーは、マルクス公爵家の令息である事からも、遊び相手の令嬢方は必然的に格下となり、その令嬢方の親は何も言う事が出来ないそうだ

 それに遊ぶといっても、未婚の令嬢とは一線を越える事もないから、責任を取れとも言えない

 ただ、あいつのあの目を引く容貌に惹かれてしまう令嬢も多く、揉める事も多いとも聞くが、同意の上であるのに心を奪ったから、責任を取るという事までは出来ないのだろう

 あいつなりに、一線は決めているのだろうな

 自分の評判だけが悪くなればいいのだと……』


 レティシアは、オスカーの偽り振る舞いの訳を理解し、表情に影を落とすと、そんな彼女の頭をまたジルベルトは優しく撫でた。


『サイモンは、自分と(オスカー)とでは、武術の力量の差がある事は、理解していて受け入れているんだ

 だが、サイモン自身だって人並み以上の力量ではあるのだから、マルクス家を継ぐ事も、将来の騎士団長として任命される事も、遜色はないだろう

 何より、対人面の関わり方は、サイモンはかなり優れている

 人を動かす事や指示をする事は、オスカーよりもサイモンの方が秀でているんだよ

 だからオスカーにも、その事に早く気が付いて欲しいのだけれどね』


 レティシアは、ジルベルトの言葉に友人であるプリシラの言葉が浮かび、ポツリと呟く。


『プリシラの言う通りだったのね……』


『プリシラ嬢は、サイモンの婚約者だからね

 サイモンから色々と聞いているのだろう』


『プリシラはオスカー様の振る舞いの事とか、そんな事は何も言っていなかったのだけれど、サイモン様がオスカー様は自慢の弟なんだと、いつも言っているって私にも教えてくれていたの

 そして、サイモン様はとてもお優しい方だって事も……

 だから、余計にオスカー様の学園での振る舞い違和感を感じてしまったの』


『オスカーも、サイモンが憎めるような相手であれば、あのような馬鹿げた振る舞いなんて、しようとも思わなかったのだろうね

 オスカー自身が、サイモンの事をとても慕っているのだよ

 だから、より貴族間の愚かな噂話が許せないのだろう

 サイモンの思いを、間にいる者がオスカーへ伝えれば早いのだろうけど、オスカー自身で気が付かなければ、今までやってきた自分の行いにただ落胆して、オスカー自身の気力すらも削いでしまう事にも成りかねないからね

 オスカーには、慎重に気が付かせなければと、思っているのだよ』


『そうだったの──……』



 ────………




 オスカーはレティシアの言葉に、彼女を訝しげに見詰める。


「約束って、誰と?

 殿下? それとも君の友人で、兄上の婚約者でもあるプリシラ嬢?

 兄上が何を言っていたのかわからないけど、兄上は優しすぎるから、どうせ俺の振る舞いの事を、弁明でもしていたんだろう?」


「そうではありません!

 そもそも、私はオスカー様の今のような振る舞いの事を、ジルからもプリシラからも、学園に入学するまで聞いてなんていなくて、知りませんでした

 知っていたのは、オスカー様が剣術が大好きな方であるという事ぐらいです!

 違和感を覚えたのは私自身で、久しぶりにオスカー様と生徒会室でお会いした時でした

 以前にお会いしていた時の表情と、何かが違うような気がしたんです

 でもお優しい所は、以前と変わっていない事も気が付きました

 鍛練場で泣いていた私に、優しく声を掛けてくださったオスカー様と、今日私が悩んでいる時に、声を掛けてくださったオスカー様の表情は、一緒でしたもの」


「レティシア嬢、君は何が言いたいんだ?」


「それは……、私も良くわかりません……

 今のオスカー様が、今のご自分の振る舞いに納得しているならいいんです

 でも、以前こちらで言い合いになっていた方へ、わざと傷付けるような言葉を言われていた時のお顔が、気になって仕方がなかったんです

 だって、とても辛そうなお顔をしていたから……

 ご自分の事を、ご自分で傷付けないでください

 そんな事は……、オスカー様の心が可哀想です……

 ただ、それだけなんです」


 レティシアは、オスカーの本心である気持ちを思うと、とても苦しいのではないかと感じた。

 自分の事のように、オスカーの気持ちの事を考えながら、言葉を伝えるレティシアの表情を見たオスカーは、固く閉じていた心の中の鍵を、簡単に開けられるような不思議な感覚を覚える。

 そして、レティシアの瞳が潤んでいく様に気が付くと、胸がグッと締め付けられた。


「………どうして君が、涙目になってるの?」


「え……?」


「こんな俺に、こんな一生懸命になって……

 本当に君は……、何なんだよ……

 ………俺自身、馬鹿な事をやっているって、自覚はあるんだ

 兄上の立場は、殿下が守ってくれると、殿下の事を信じているから、心配もしていない

 だけど、何も知らない連中が、兄上の事を蔑んだような言葉で言っていた事が、許せなかったんだ

 それなら、俺の事を罵ってくれた方が良いって、思うぐらいにね……」


(今まで、絶対に明かしたくなかった気持ちなのに、どうして彼女には、こんなにも簡単に明かしているんだ?

 こんな俺に、見返りなんかを求めずに、一生懸命になってくれる存在が居るなんて──)


「何なの君は……(本当に癒しの妖精かよ……)」


「え? オスカー様?」


「今度は、俺が君の憂いを癒してあげなきゃな……」


(ある時から、頑なにひねくれた考え方しかしなかった俺が

 自分の本心を、こんな簡単に話すなんて……

 まるで呪縛のようだった、自分の傷

 こんな単純に、そんな自分の傷が救われたような気持ちになるなんて、訳がわからないけれど……

 目の前の妖精のような少女に、荒んでいた心を癒されたのは事実

 何なのだろうか……、この感覚は……

 無性に彼女の言葉を、もっと側で沢山聞きたいと思う……

 ずっと、自分の側に居て欲しいと──)


 オスカーが、レティシアの涙が零れ落ちる頬へ、触れようと手を伸ばしかけた時──


「それ以上その手を伸ばしたら、いくら信頼しているオスカーだとしても、許さないよ」


「……っ!?」


 自分を貫くような鋭く感じる声に、オスカーはビクリと身体を揺らした。


「レティ、こんな所にいたのだね

 探したよ」


 冷たい声色の主は、先程の声とは打って変わり、レティシアに対しては甘い声で彼女の名前を呼ぶ。


「ジル?」


 オスカーの後ろから聞こえた声は、ジルベルトの声であった。



ここまで読んで頂きありがとうございます!

ブックマークありがとうございます!





○作者の解説という名の言い訳?


オスカーの心の傷に付いてですが……もう少し頑なな傷にする予定でありましたが、ダラダラと長く続きそうで本来の話の本筋から外れそうであったので、こんなにもあっさりレティシアが呪縛を解いてしまったような形になってしまいました。

まだ、オスカーが自分の立場について完全に吹っ切ってはいませんが、この事が切っ掛けでオスカーの心情に変化が芽生えたという形を表現したかったのです……でも、なかなか上手く表現できず……な感じになってしまいました。

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