第15話 偽りの振る舞い
レティシアは、ジルベルトと一緒に生徒会室で昼食をとった日の放課後、一人で学園の庭園の端にあるガゼボで、ぼんやりと空を眺めていた。
頭の中では、様々な考えが巡る。
「……………」
(………ジルはあの書物のように、私に対して嫌悪感を示す事もなく、今までと同じように温かくそして優しく接してくれている
それでも……、物語とは切っ掛けは違っていても、流れは同じように進んでいる……
無理矢理、未来を変えようと私が抗っても、まるで強制的にあの結末へ導かれるように……
私はどうしたいの……?
物語の結末のようになりたくないからと、ジルに婚約解消の話を持ち出したくせに、ジルとエリカ様との接点を遠ざけようとしている自分がいる……
どうして……?
婚約解消を望むなら、ジルとエリカ様が物語のように仲を深めたっていいじゃない……
エリカ様へ嫉妬を向けなければ、婚約者でなくなった私の未来と、あの物語の結末は重ならないかもしれないのに……
どうして、ジルとエリカ様が関わる姿を見る度、胸が苦しくなるの……?)
「お姫様は、こんな所で一人で何を思い悩んでいるの?」
「え……?」
ぐるぐると思い悩むレティシアへ、声を掛けきたのはオスカーであった。
振り向いたレティシアがオスカーを見た時、オスカーのある一点に目がいき狼狽える。
オスカーにその事を告げようか、どうしたらいいのか悩んだ末、レティシアは自分のハンカチを、オスカーに差し出した。
「あ、あの……、オスカー様……
その……、口元に……口紅が……」
「え? あ、ああ
ごめん、まだ付いていたんだ」
そう言うとオスカーは、自分の手の甲で口元を拭った。
レティシアは、オスカーが自分に声をかける前に何をしていたのか、聞かなくともわかるような状況に戸惑いを見せる。
「この間からレティシア嬢には、変な所ばかり見せているね
それで、こんな所で講義も終わったのに帰らないで、一人で何をしているの?」
「えっと……」
「殿下と喧嘩でもした?」
『殿下』という単語に、レティシアの表情が僅かに歪む。
恐らく今のこの時間、エリカは生徒会室に居る。
講義が終わった後、教室ではエリカがクラス役員になった事が、講師から発表があった。
その後、講師からエリカへ、クラスの書類を生徒会室へ届けて欲しいと言われていたからだ。
ジルベルトとエリカが個人的ではないが、直接会っているという事に、レティシアは複雑な心境になるのを止められない自分がいることが、書物の中の自分とされる姿と重なるように思えて仕方がなかった。
そんなレティシアの表情の変化に、オスカーは茶化すような姿勢をやめた。
「本当に殿下と喧嘩しちゃった?」
「え? あ、いえ、そうではないのですが……、あの……」
「何? それじゃあ、不安な事でもあるの?
あ、こんな俺じゃあ信用できなくて相談なんか出来ないか」
「そんなこと、ありませんっ!
あの……
………………オスカー様は、決められた未来があったとしたら、どうされますか?」
レティシアは、ジルベルトとあの書物に関する事はまだ二人だけにとどめておこうと話していたので、オスカーに今の現状を全て話す事は出来ないが、それでもこの気持ち悪い心境から、思わず口から言葉がポロリと出てしまった。
「え? 決められた未来?」
「あ、何でもないんです!
忘れてください……」
慌てて立ち上がろうとするレティシアの手を、オスカーは軽く握りレティシアを引き止める。
「どうしたの? 殿下との未来に不安でもあるの?」
「あのっ……、そうではないのですが……、でも……
でも……、もし……ジル……殿下に、本当に想う方ができたら、私はどうしたらいいのだろうって……」
「殿下に本当に想う相手……?
何でそんな事……、どうみたって殿下は……」
オスカーは言葉を途中で止めると、ふわりとレティシアの頭を撫でた。
「どうなるのかわからない未来は、不安にはなるよね
良くない方向へ考えてしまうのも、仕方がないのかもしれない
俺もそうだから……」
「オスカー様……?」
「殿下が、どうしてこんなにもだらしない振る舞いをしている俺を、未だに側に置いているのかわからない
殿下の為にも、早く俺のような人間なんて見限ってくれればいいんだよ……」
自分の本心が溢れ落ちたオスカーの言葉に、レティシアは思わず反応してしまった。
「ジルは、オスカー様のその振る舞いが偽りだとわかっているから、今もオスカー様と一緒にいるんです」
「……え?」
「私が話してしまっても良いことなのかわかりませんが、ジルは……、殿下は言っていました
オスカー様が危惧している事も、その事で自分を偽ってそんな振る舞いをしているって事も、わかっているって
そして、今も大切な友人であるって……」
「……………」
「オスカー様が優しい方である事も、不器用な感情表現をなさっている事も、側にいる方は皆わかっていると思います
オスカー様は、オスカー様のお兄様であるサイモン様の事が大切なのですよね?」
「……君に、何がわかるの?」
レティシアの言葉に、オスカーの表情は変わり、先ほどとは違う冷たい声色になる。
そんなオスカーの変化に、レティシアは彼の目を真っ直ぐ見て、言葉を続けた。
「私には、自分の見た事や感じた事しかわかりません
だけど、オスカー様がそのような軽い振る舞いをなさっている時に、いつも苦しそうな表情を浮かべている事には気が付いてしまいました
本当は、そんな振る舞いをしたくてしている訳では、ないのではないですか?
私がオスカー様に、今のような振る舞いを止めろとは言えません
それは、オスカー様自身がお決めになる事ですから……
だけど、オスカー様が困っている人を放っておけないくらい優しい方である事は、真実ですよね?
私にも、今声を掛けてくださったのですから……
そんな優しい真の部分まで、偽って苦しんで欲しくはないと、私は思います
私は、それ程親しくしている訳でもありませんので、詳しくはわかりませんが、きっとお兄様であるサイモン様も、同じように思っていると思うんです……」
「………兄上がどう思っていようと、きっと俺の存在は兄上の未来の足枷になってしまうと思う
だから、それならいっそのこと、こんな奴には期待はできないと思われていた方が、俺は楽なんだよ
……って、レティシア嬢の悩みを聞いていたのに、どうして俺の事を話しているのかな?
他人の心配なんてしている余裕はあるの?
あんなにも、不安そうな表情をしていたのにさ?」
レティシアは、オスカーの言葉に僅かに表情を曇らすが、再度オスカーの事を見据える。
「私は……
以前ジルに言われて、ずっと考えていた言葉があったんです
だけど、今何となくジルの言いたい事が、わかったような気がしました
『自分を幸せに出来ない者は、相手の事も幸せには出来ない』と、言われたんです……
別に私は、自分の事を蔑ろにしているつもりはありませんでした
でも、私の振る舞いからジルはそう感じとって、私に伝えてくれたのだと思います
今のオスカー様の事を見ていると、漸くその言葉の意味を理解しました
きっとサイモン様は、そのようにオスカー様からお立場を守られても、嬉しくないと私は思います」
「………っ!!」
レティシアの言葉に、オスカーは自分が今まで見ないふりをしてきた事を言われたように感じ、表情を歪めた。
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