第14話 物語の強制力
レティシアとオスカーが、学園の庭園で会った日から数日後の昼休憩時間の今、レティシアはジルベルトと二人で生徒会室に居た。
生徒会室の中央に置いてある応接用のテーブルセットには、食堂から運ばれた食事が二人分並んでいる。
「あの……、でん…、……ジル?」
レティシアが、ジルベルトの事を敬称で呼ぼうとした時、含みを持った笑みを向けるジルベルトの様子に、何時ものように彼の事を呼ぶ。
自分の考えを理解してくれたレティシアに対し、嬉しそうにジルベルトは彼女へ答えた。
「レティ、どうしたんだい?」
「あの……、どうして生徒会室で、昼食を一緒に食べようだなんて……」
「食堂じゃ、レティが周りの視線が気になると言って、私と一緒に食べてくれないじゃないか
だから生徒会室なら、他に人もいないから気にせず一緒に過ごせるだろう?」
「でも……、生徒会室を役員でもない私が、こんな風に使用しても大丈夫なの……?」
「生徒会長の私と一緒なのだから、心配いらないよ」
有無を言わさないようなジルベルトのニコリとした笑みに、生徒会室でレティシアは一緒に昼食をとることにした。
一通り食べ終わった頃、レティシアの前にイチゴとクリームがふんだんに使われているケーキの乗った自分のデザートの皿を、ジルベルトから差し出される。
「え?」
「あげる
イチゴ好きだっただろう?」
「えっ、私の分もあるし、それはジルの分でしょう?」
「私は甘いものはあまり食べないから、美味しく食べてくれるレティに食べて欲しいんだよ」
「あの……、それじゃあ──っんッ!??」
ジルベルトにそう言われて、レティシアが言葉を言おうと口を開いた瞬間、口の中に甘いクリームと甘酸っぱいイチゴの香りと味が広がった事に、一瞬何が起こったのかレティシアは戸惑った。
言葉を発しようと開いたレティシアの口の中に、フォークに刺したクリームの付いたイチゴを、ジルベルトが直接食べさせたのだ。
「美味しい?」
「~~~っ!?
な、何っ!?
こ、こんな事をしなくとも、子どもでないのだから一人で食べられるわっ」
「そうだけど、私が食べさせてあげたかったのだよ
あ、レティちょっと待って付いてる」
「……え? っ!?」
ジルベルトの長い指が、レティシアの口の横に触れた事に、ピクリとレティシアは身体を揺らした。
「うん、甘いね」
「っ!!?」
そしてジルベルトは、レティシアの口の横に付いていたクリームを拭った自分の指を、そのまま自分の口に運び舐めた事に、レティシアの動揺はおさまるどころか、さらに顔が熱くなっていく。
「~~~っっっ………」
「レティの好きな甘いイチゴを食べて、少し悩みも軽くなったかい?」
「……え?」
「ここ数日、君が何かを思い悩んでいる事に、私が気が付かないとでも?
今は何に悩んでいるの?
あの書物の事? それとも、シュタイン嬢の事かい?」
「……………
ジルは、何でも気が付いてしまうのね」
「レティの事だからだよ
君は私にとって、特別だからね?
悩みを私に相談してくれないのは、シュタイン嬢との廊下での事で、レティを一人で傷付けたままにしたような事があったから?
相談するのに私は力不足だと、君に思わせてしまったのかな?」
そんな事を言い、憂いを含んだような表情のジルベルトを、レティシアはじっと見詰めた。
「ううん、力不足なんて思ってなんていないわ
少し、気になっている事があったの……
あのね………、ジルとオスカー様って、昔からのお付き合いだったのよね?」
レティシアの口から、思ってもいなかったオスカーの名前が出てきた事に、ジルベルトはピクリと表情が歪みそうになる事を抑える。
「そうだね、アランの次に古い付き合いかな?
オスカーが、どうかしたのかい?」
「私が学園に入る前に、王城でお会いしていた頃のオスカー様と、今のオスカー様は少し雰囲気が変わられたようで……
それに、無理をなさっているようにも感じて、少し気になっていたの」
ジルベルトは、レティシアがオスカーの事を気にするような言葉に、複雑な感情がふつふつと沸き起こってきた。
「………貴族社会は、複雑であるからね
オスカーが、今のような振る舞い方をするようになったのも、オスカーなりの貴族社会の偏った愚かな考え方への、反発と大切な存在を守ろうとしている姿なのだろうと、私は捉えているよ
自分が兄よりも剣術が秀でている事を、今のような振る舞い方をして、他の者の目を自分から反らしている事は、自分は嫡男には相応しくないと言われる為に、わざと振る舞っているように、私には見えているからね」
「やっぱり、真の部分は変わられていないのね」
「あいつは、私の友人で私の武術の専属の相手だという事が、自分の兄の立場を揺るがすのではないかと、私の相手になって欲しいと私が伝えた時から、危惧しているのだよ」
レティシアは、ジルベルトの説明に、オスカーの振る舞いに違和感があった事を納得する。
「………そうだったの……
あの……、どうしてジルは、オスカー様をお相手に選んだの?」
「人間はね、対等に向き合える存在がいなければ、成長する事が出来ない生き物なのだと思っているからかな?
人間は良きライバルが居なければ、現状の力量で良いと満足してしまう
私と同世代で、私の武術の力量と対等な者がなかなかいなかった時に、オスカーと出会ってね、唯一あいつだけが私の武術の力量よりも上回っていたのだよ
あいつとの手合いは、とても楽しくて、そして負けたくないという感覚を教えてくれたんだ
オスカーだけではなくてね、勉学はアラン、魔術はミカエルが得意で、オスカー同様競い合う事が出来る存在であって、人間性的にも信頼出来、私にとってはとても大切な友人で、そして私を高めてくれる存在でもあるのだよ」
「ジルにとって、大切な方達なのね」
「そうだね」
少し考え込むレティシアを、ジルベルトは見詰めた。
「そんなに、オスカーの事が気になるのかい?」
「気になるというか、あんな風に無理をしているような振る舞い方をして、苦しくないのかなと思ったの……」
ジルベルトは、レティシアの言葉に一つ息を吐く。
「本当に、君のそういう所は昔から変わらないね……
だから……、目を離せないし、気も抜けない」
「え……?」
ジルベルトは、自分の中に時折現れるドロドロした黒い感情が、今もまた胸の中に広がっていく事を感じながら、自分の言葉にキョトンと首を傾げるレティシアを見詰めた。
(その、無意識に人の心の中の傷を見付け出し、そしてさらにその傷を無意識に癒してしまう所……
そんな風に、自分のしまいこんでいる心の傷を癒された者が、君へ吸い寄せられるかのように、心を奪われてしまうという事を、君は全くわかっていない……
友人のオスカーに対してだとしても、君が無意識でもそんな目であいつの事を見ている事に、黒い気持ちが沸き起こる
こんなにも、私の思い通りにならない存在は、君だけだよ……)
ジルベルトは、レティシアにわからないよう一つ小さく息を吐く。
「いや、何でもないよ
オスカーの事は、私も気に掛けておくよ
私にとっても、大切な存在だからね
だから、そんなにレティが気にしなくても大丈夫」
「うん! ありがとうジル」
ホッとした笑みを溢すレティシアに、ジルベルトは黒く染まる気持ちを隠した笑みを彼女へ向けた。
「レティ
話は変わるが、新入生のクラスでも、そろそろクラス役員の指名が講師からあると思うのだが……」
そのジルベルトの言葉を聞いた瞬間、レティシアの表情が強ばる。
「………………」
「あの書物では、彼女がクラス役員に指名されて、この生徒会室に出入りする事になるとあったね」
「…………そうね……」
「その事だが、クラス役員の人選は成績順も考慮されているから、本来ならクラスで一番の者が指名される事が通例なんだ
だが、レティのクラスで一番であるのはルドガー王子であって、彼は留学生である事から、恐らく除外される
その事を考えても、アルに指名がいく可能性が高いと思う
あの書物では、私からの推薦でシュタイン嬢が選ばれたという記述もあったから、そのような事がなければ、彼女が選ばれる事はないと思うんだ
私からも、アルの名前を教師に伝えておくから、あまり不安にならないで欲しいと思ったのだよ」
「ジル……
本当に沢山手間をかけてしまって、ごめんなさい……
でも、ありがとう」
「謝罪もお礼もいらないよ
レティの不安を取り除くと、約束しただろう?
こんな事は当たり前の事だよ」
そんな事を二人で話している時、廊下で待機していたジルベルトの護衛が、ジルベルトへ伺いをたてた。
「殿下、休憩中に声をおかけして申し訳ありませんが、殿下へ取り次ぎをして欲しいとの事で、どうなされますか?」
「ああ、恐らく各クラスに配布した書類の事だろう
中に入れていい
レティ、休憩中なのにごめんね
少し、生徒会長としての仕事をさせてもらうよ」
「私の事は気にしないで
部外者であるのに、生徒会室にいるのは私なのだから」
「ありがとう」
ジルベルトはレティシアの頭を優しく撫でる。
それからすぐに護衛が開いた扉から、生徒会室に入室してきた人物にレティシアの表情は強張った。
「失礼致します
休憩中のお時間に、申し訳ありません
クラスで回収した書類を届けにきました」
「君は……」
ジルベルトは目の前で、淑女の礼を自分へ向けた人物に、一瞬怪訝な表情をその人物へ向ける。
「殿下、先日は助けて頂き、ありがとうございます
先程、先生からクラス役員に指名されました、エリカ·シュタインと申します
先生から書類を預かり、こちらへ提出しに伺いました
これから、何かとお世話になると思いますが、どうぞ宜しくお願い致します」
レティシアは少し離れた場所で、ジルベルトとエリカのやり取りを、ぼんやりと見ていた。
自分がどう抗っても、あの書物の物語と同じような流れに、強制的に戻されているような感覚を覚えていく。
(やっぱり……抗う事は出来ないの……?)
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