第11話 噂の妖精姫
生徒会室で、レティシアがエリカから受け取ってしまったクッキーを囲み話している時、生徒会室の扉を開けて入ってきたのはオスカーであった。
「おはよ~って、あれ?
アルフレッド殿下とレティシア嬢?
朝から生徒会室で、何している訳?
でも、そんな事はいっか~
朝からラッキーだな、俺」
生徒会室に来て早々、全く室中の空気を読まないオスカーの振る舞いに、呆れるジルベルトとアラン。少し引きぎみのアルフレッド。そして、戸惑うレティシアの様子に、オスカーは気が付くもそのまま言葉を続けながら、レティシアへ近付いた。
「お姫様は、何にラッキーなのか知りたい?」
「えっ!?
お、お姫様って……
オスカー様、何を仰有っているのですか?」
「レティシア嬢の事だよ、姫っていうのは
君が入学してから、学園ではどの学年も君の噂で持ちきりな事を知らなかった?
漸く妖精姫を見られたって、ね?
だから、そんな妖精姫に朝から会えるなんて、俺はなんてラッキーなんだって思ったんだよ」
オスカーは、レティシアの手を取ると指先に唇を寄せた事に、生徒会室の温度が急速に下がった事を、アランとアルフレッドはすぐ察した。
アランは、オスカーへ忠告をする。
「オスカー……、もう黙った方がいいと思うぞ」
「えっ? なんで?
でもさ、アランも心配で仕方がないよな?
こんな可愛い、妖精姫の妹を持つとさ
本当に殿下は羨ましいよ、妖精姫を婚約者に出来るなんて」
「よ、妖精姫って……
オスカー様、からかわないでくださいっ」
「からかってなんかいないし、言葉通りだよ
レティシア嬢の儚げな見た目から、妖精や天使みたいだって、周囲の子息達は気になって仕方がないんだよ
そんな妖精姫の微笑みを見られた時なんか、もう天にも召されるような気持ちになるっていう声ばかりなんだ
だけどさ、レティシア嬢の周囲のガードが固いせいなのか、今まであまり他の子息達との交流がなかっただろう?
でも、学園に君が入学して、漸く妖精姫の姿を目にする事が出来るようになったって、それはそれは皆、喜んでって──」
オスカーは、話の途中であるものに気が付く。
「あれ? これ何?
クッキー? 珍しいものがあるね、殿下もアランも甘いものは、あんまり好きではないのにさ
今日、俺起きるの遅くてさ、朝食食べてないんだよなぁ
一つ、貰おっと」
「「あっ!!」」
ジルベルトの前の執務机の上に置かれたクッキーを、オスカーが一枚手に取り口に運んだ瞬間、アランとアルフレッドは同時に声を出し、レティシアは息をのむ。
その様子を無表情で、ジルベルトは黙って見ていた。
そんな周りの反応に、オスカーはクッキーを慌てて飲み込むと狼狽える。
「な、何だよ……? 食べたら、まずかったのか?」
「オスカー……
その何も考えないで行動する性格、本当にどうにかしろ
万が一、今食べたものに毒でも混入されていたら、どうするんだ!?」
「ど、毒っ!? って、アラン何だよそれ!?
殿下どういう…………っ!?」
オスカーが、ジルベルトへアランの言った訳を聞こうと目を向けた時、ジルベルトの向ける冷気を伴った笑みに、背筋に嫌な汗が流れ落ちる。
「オスカー……、もう……言いたい事がありすぎて、何から言ったら良いのか、迷うくらいだよ」
「あ……? え……? な、何なんだよ……?
アラン……? どうして、殿下は怒ってるんだ!?」
「空気を読まない、お前の自業自得だ」
「えっ!? 何それ!?」
◇*◇*◇
無言でレティシアの手をひき、学園の廊下を歩くジルベルトの様子に、レティシアは不安気な表情を彼へ向けた。
そんなレティシアの視線に気が付いたジルベルトは、歩く速さを少し緩めると、口を開く。
「レティが、彼女からこのクッキーを受け取った本当の理由は、あの書物が原因であるのかな?」
「それは……」
「私と彼女が、二人で会うかもしれない可能性を防ごうと思ったのではない?」
レティシアは、ジルベルトには隠し事は出来ないのだなと思い、コクリと頷いた。
「うん……」
「レティはどうして、私が彼女と書物のように二人で会う事を防ごうと思ったのだい?」
「え……?」
「書物と同じ未来になりたくなかったから?
それとも、もっと違う理由があったから?」
「ジル……?
あっ……、で、殿下っ───」
「君って子は……」
今いる場所が学園の廊下であるという事もあって、レティシアがジルベルトの呼び方を愛称から敬称へ変えると、ジルベルトは握っていたレティシアの手を持ち上げ、そして指先に口付けを落とす。
「───っ!?」
その瞬間、ピクリと身体を揺らしたレティシアは狼狽えた。
「な、こんな場所で、あのっ」
「君には私という存在がいると、周囲には勿論、君にも早くわからせないといけないな」
「えっ?」
ジルベルトの胸の中では、黒く染まるような感情が沸き起こる。
(周囲が噂する妖精姫は、私の手中にあるんだ
その事を、羨望の眼差しで見詰められる事は仕方がないと思うが、それ以外の君へ対しての他の男からの眼差しは、全て取り除かなければ、私はその眼差しを向ける者をどうにかしたくさえなってくる)
「レティ、早く気が付いて……」
「気が付いて……?」
───早く自分の気持ちに気が付いて……、私だけの無垢な妖精姫……
レティシアの教室前へ二人は来ると、近くにいた生徒に、教室内にいるエリカを呼んでもらった。
エリカは満面の笑みで二人へ近寄ってくるが、そんな中ジルベルトの片手は、レティシアの腰に添えられたままであった。
まるで、自分の気持ちはレティシアにしかないという事を、レティシアだけでなく、周囲の者達そしてエリカにもわからせるかのように。
エリカは、その事にあまり気が付いていないのか、嬉しそうに声を掛ける。
「王太子殿下、おはようございます!
わざわざ来て頂けるなんて、思っていませんでした
昨日は助けて頂いて、ありがとうございます!」
「おはよう、シュタイン嬢
昨日の件は、私は特に何もしていないよ
君の感謝の気持ちを、レティシア嬢から受け取ったのだけれどね……
私達王族は、飲食物を無闇に受け取る事が出来ない決まりがあるんだ
せっかくの君の厚意なのだけれど、受け取ってしまうと、他の者への示しを付ける事が出来ない事もあって、受け取れない
気持ちだけ、ありがたく受け取らせて頂くよ
あと、もう一つ伝えなければいけないのだが、私の友人が間違えてこれを一つ口にしてしまったんだ
そんな状態で君へこれを返す事に、気を悪くさせなければ良いのだが……」
「あ……、いえ……
私の方こそ、何も知らずに手作りのものなんかお渡ししようと考えて、ごめんなさい……
大丈夫ですので、わざわざ伝えに来て頂き、ありがとうございます……」
「そうか、そう言ってくれるとありがたいよ」
「いえ……、し、失礼しますっ……」
明らかに肩を落としたようなエリカの姿に、レティシアは複雑な気持ちになった。
(私は……、間違えた事をしてしまったのかしら……
あの時、クッキーを受け取らずに、書物のように二人が再び出会っていたら、エリカ様はあんなに悲しそうな顔をしなかったのかもしれない
だけど、私はジルと彼女を二人で会わせたくないと思ったから、あんな自分勝手な事をしてしまった……
でも、それはどうして?
自分の平穏な未来の為に、一人の方の幸せを奪う事になるかもしれないのに、私は──)
表情を曇らせ、考え込むレティシアへジルベルトは、強めの口調で彼女の名前を呼び掛ける。
「レティ」
「えっ!?」
「自分のした事を、後悔している訳ではないよね?」
「後悔……? それは……」
「相手の事を考える事は、とても素晴らしい事であるけれど、自分の幸せを踏み台にして、相手の事を考える事は私は許さないよ」
「え……?」
「そんな事をしたら、レティだけの気持ちが犠牲になる訳ではないのだからね」
「犠牲って……?」
「私はレティの幸せを脅かす存在は、どんな相手でも許しはしない
それは、レティ自身だとしてもだよ」
「私……自身……?」
「レティ、自分を幸せに出来ない者は、相手の事も幸せには出来ない
それは忘れないで欲しいな
そろそろ講義が始まるから、私も自分の教室へ戻るね
また、後でゆっくり話をしよう」
「私は……」
ジルベルトは、ふわりとレティシアの頭を優しく撫でると、彼女へ笑みを向けその場を離れていった。
そんなジルベルトの後ろ姿を見詰めながら、レティシアは自身に問い掛ける。
(ジルは私に何に気が付いてほしいと思っているの……?)
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