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*****9 過去をたどる傷痕

 退魔師にも様々なタイプが存在する。

 その中の一つである使役、召喚。その才がある者は時に異界より呼び出した霊体を従え、妖異討伐は元より、術者が入れない領域への探索をさせるなど、様々なことが可能だ。

 一樹とフク、神崎とカノの様に、血の繋がりをもってその関係を結んでいる者達の他に、己の力をもって霊体を屈服させ従わせるタイプが存在するのだが、そのどちらも霊体をより長く現世に留まらせる為、契約を結ぶ際に名付けは必須の筈なのだ。

 霊体にとって、術者より与えられる名が人界での己の姿を認識させる1つの術である。

 それはその個体をより強固にするといっても過言ではない。そうである筈なのに。

 神崎に付き従う白狐達を一樹はじっと見つめた。その小さな瞳に光はあれど、何を思っているのかは一樹には判りようもない。だが何故かその時ふっと、物悲しいような不思議な気持ちを白狐達から感じたのだった。

「俺が名前つけてもいい?」

 それはごく自然に、口から出た言葉だった。神崎の足元にいた白狐達がピクリと身動ぎする。

「神崎がいいならだけど」

「俺は構わないよ」

 眷属の名付けを他人がするなど一樹自身聞いた事がない。言ってからしまったと神崎を見遣るも、即答で許可を得てしまった事に、思わず聞いた本人がぎょっとする。

 それほどに、今一樹が見た神崎は無表情だったのだ。

 カノを返還した神崎はそのまま踵を返し、先を歩き出していってしまった。

 神崎とはまだ出会って間もない間柄だが、これほど素っ気ない態度を見せたのは初めてだった。やはり名付けを出しゃばったからなのだろうか、それとも先ほどの一樹の様子に呆れたのか。

(……そのどっちもな気がする)

 一樹は項垂れた。

 神崎よりも明らかに劣っている一樹から、あんな余計な一言を言われて癇に障ったのかもしれない。

「一樹君! こっちこっち」

 手を振る神崎の方に向かう一樹の足取りは、瘴気に中てられただけではなく重い。

 しかし神崎はあっさりとそんな一樹の不安を打ち砕いてしまう。

「大丈夫? ちょっと座ろうか」

 そう微笑んだ神崎の手にはペットボトルが握られていた。

 駅前のロータリーの花壇。人通りもそう多くなく、ざわつきも少ない。

 どうやら神崎は一樹の為に自販機で飲料水を買いに行っただけのようだった。

「はい、温かいよ? 飲みな」

 受け取ったボトルからじんわりとした温かさが伝わる。

「……あ、りがと」

 自身もボトルを手に一樹の隣に腰を下ろした神崎はパキッとキャップを開けた。

「一樹君は、この仕事嫌い?」

「……!」

 思いもよらないことを聞かれ、一樹は飲んだお茶でケホッと咳き込んでしまった。

「あー、ごめんごめん。さっきの見て何となくそう思ったから」

 さっき、とは、あの失態の事だろう。同い年の神崎と比べて明らかに動けていなかった。返す言葉が見つからず黙り込む一樹を神崎は困ったように見つめている。

 ふたくち程お茶を飲んでから、ようやく一樹は言葉を紡ぎ出した。

「好きか嫌いかで言ったら、嫌いだよ」

「うん」

「生まれたのがあの家で、幼い頃から見える体質がデフォルトで、退魔の訓練をするのが当たり前で」

「……うん」

「でも、だから本当は何がしたいんだって聞かれても、きっと答えられない。結局、そういう中途半端な自分が一番嫌いなのかも……」

 幼い頃から訓練の度に思ってきた事を今もまた、突き付けられている。

 次第に一樹の心を捕らえ始めた気配。思い出される過去の情景に、一樹はそれを振り払うように瞳を閉じた。

 一族では産まれてから、まず退魔師として適性のある子供が選別され、更に能力の種類によって細分化される。

 物心のつく前から数か月単位で親元から離され、個々の能力を伸ばす為に専属の場所で訓練を積むのだ。

 訓練士による座学や実技の講習、それに伴う妖異相手の実践訓練も行なわれた。

 時にそれは危険を伴う。思い出された記憶に、一樹は僅かに顔を歪めた。

 チリッとした痛みが背中から首筋を走り抜けてゆく。


 一樹が妖異相手に好戦的でないのには理由がある。

 それは一樹当人の資質にあった。

 対象を撃退する能力よりも、防壁で身を護る能力やパートナーをサポートする能力の方が高かった。ゆえに、一樹単体での行動は『望ましくない』。

 その能力は久しく剣戟(けんげき)に秀でた橘家にとっても、『望ましくない』ものであったのだ。

 体躯にも恵まれず周りの親族の子らより小さい一樹に、一族の未来を憂いた親族らの陰口は酷く、それは幼い一樹の耳にも届いていた。

 小さな身体も、劣る能力も、本家の人間にとっては望まぬものなのだろう。

 分家の人間なら目を瞑ることが出来たかもしれない。だが、一樹は本家の人間なのだ。本家の長男だからこそ求められるものがある。

 四季の内『春』を統べる『睦月』

 その名を継承している父を持つ、ということの意味。

 橘家が『睦月』を受け継ぐことが出来るのか、親族は事あるごとに寿一に詰め寄っていた。寿一は直接一樹にそれを伝えることはなかったが、現実から逃げることも許さなかった。

 鈴女を使い、一樹に歩廊座雑貨店にくる依頼をこなすように命じたのだ。

 そんな日々が、もう3、4年は続いている。

「……」

 閉じていた瞼を開き、一樹は静かに息をついた。外気に冷えた身体も、温まった腹から徐々に体温を取り戻している気がする。それはまるで心まで静めてくれるかの様に、一樹には感じられたのだった。

「ごめん、俺」

(何を言ってしまったんだろう)

 情けなさが占める。だが神崎は「全然」と笑っただけで、持っていたペットボトルに蓋をした。

「歩廊座雑貨店から出た時にさ、聞いたじゃん? 好きな人でもいるの? って」

「え?」

「俺はいるのね、好きな人。今の一樹君と同じに、何となくこの生活に嫌気がさしてる時に出会ってさ。その時に言われたの。『小さな力でも、見ることも聞くこともできる。何も出来ないことはない。だから今出来ることをしろ』って」

 静かなトーンで話し始めた神崎は何度か見た風に宙を見つめていた。

 まるで過去の情景を思い出しているかの様に、だが薄くはにかんだその笑みは確かに今までとは違っていた。

「だからってわけじゃないけどさ。決めるのは一樹君だけど、まだ結論を出すには早いとは思うかな」

 結論。それは一樹の場合『継承』を辞退することになるか、一族から出る事を意味するのだろうか。今まで何度となく悩み、ぐるぐる考えた末にそれすらも放棄し、置いてきた事。

 ちらりと横を見遣ると神崎と目が合った。

 案の定、神崎は微笑んでいたのだが、分かってはいても一樹はどぎまぎと身体を縮こませてしまう。

 ほっそりとはしているがしっかりと筋肉のついた身体と、いかにも女受けしそうな顔。

 飄々としているかと思えば、同性である一樹に対しても見せる気遣いの数々。

 おまけに術も眷属も難なく遣いこなす、白狐のホープ。

「……何?」

 そんな神崎にも、自身の事で悩む時があったのだ。

 その事をまだ知り合って間もない自身に話してくれた。様々なことが合わさり、妙な気恥ずかしさが一樹を襲っていた。

 動揺を隠す為にペットボトルに口をつけ、コクリとひと口お茶を流し込む。

「その人とは今も会ったりしてるのか?」

「んーん。それ以来会えてないよ、残念ながら」

 そう言いながらも、ちっとも神崎は残念そうではなかった。

「この仕事をしている限り、いつかまた出会えると信じてる。きっとね。だって俺、あの出会いは運命だと思ってるからね」

「へ?」

「あの子を見つけること。それが、俺が仕事を続ける理由。その為に俺は自分自身と、この立場を利用してる」

 しっかりと光の宿った瞳が一樹に向けて細められる。

「だからってわけじゃないけど、もっと自分本位になってもいいと思うよ。君もね?」

 恐らく神崎なりの励ましなのだろうが、的を得ているのかそうでもないのか。

 でも、そう自信たっぷりに言い切る姿はとても眩しく思えたのも事実だった。

 同い年で、同じ家業の神崎だからこその言葉なのかもしれなかったその励ましは、少なからず一樹の心に響いていた。

 だからすぐにどうというわけではないが。少し胸が、確かに軽くなったのだ。

 暫くの間、沈黙が続いた。

「……あのね、一樹君」

 見ると、珍しく神崎が神妙な面持ちをしている。

 その事が気になり、一樹は礼を言いかけた口を()んで神崎を見つめていた。

 雷鳴が頭上で轟いたのはその時だ。バリバリと黒い雲を切り裂く落雷の音は思いの他近い。

「え、何?」

 神崎が何か言ったようだったが、一樹にはその口の動きは読めなかった。

 言い様のない不安に駆られる。神崎の背後に見える空にはどんどんと暗い雲が出現していた。

「とにかく行こう。案内する」

「うん……?」


『ごめんね』という、本当は一樹の耳に届いていたのだ、その言葉は。

 神崎の表情が不安そうで、何となくそれを肯定したくなかったのかもしれなかった。

 ただ、それだけで。


(どうしてだろう?)

 何故か突然、あの子の事を思い出したんだ。

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