*****7 お伽の国の扉
「って、普通このタイミングで飯にする? 現場で」
先ほど騒ぎのあったカフェに一樹と神崎はいた。
不満を口にする一樹をよそに、向かいに座っている神崎は嬉々として店内を見渡している。
「まぁいいじゃん。せっかく早く席に座れる機会をみすみす逃すわけにはいかない! ってね」
倒れた男性を救急隊員が外へ連れ出すのを見送り、どうするのかと一樹が思ったのも束の間、気付くとちゃっかり席を確保していた神崎に一樹は困惑していた。
ほどなくして料理が運ばれてくる。呆れ顔の一樹をよそに神崎はランチプレートに乗っているフライドポテトに手を伸ばした。
先ほどの騒ぎで一部の客が出て行ってしまい、店内の客は疎らだ。繁盛店ということで、騒動を知らない人達がすぐにまた来店するだろうが、そのわずかな隙間を逃さず席についたわけで、依頼を受けた側としてその行動はそもそもどうなのかと疑問が残る。
「それ旨い?」
神崎の視線が一樹のハンバーガープレートに注がれている。
一つの大きなプレートにオシャレに盛り付けられたハンバーガーは大ぶりで、バンズからはみ出したベーコンとビーフがひと際目を引いた。添えられたサラダも黄色や赤のパプリカが彩りを添えSNS映えがバッチリ!と、そこいらの女子が喜びそうな見栄えだろう。
一樹としてはそのまま素揚げしたポテトが嬉しい。その程度であった為、バンズに刺さっていたカラフルな旗も即ポテトを刺す為に使われていたりする。
大きなバーガーは一樹の手では両手で持つしかなく、がぶりと一口目を齧った、ちょうどその頃合いで神崎に声を掛けられたのだった。
「ん? うん。肉がぶっとくて、ソースもイケる」
見た目に反して味は和風っぽく、一樹好みだった。オニオンソースの甘味が肉のジューシーさを引き立てる。
一樹の説明を聞くなり瞳を輝かせた神崎が、勢いよく身を乗り出してきた。その行動に一樹は目を丸くする。
眼を閉じ、アーンと口を開けて、ちょんちょんと自身の口元を指さす。
これは、欲しいということなのだろうか。
「えっと」
持って食べている途中だったのでそのまま腕を伸ばす。待ってましたと言わんばかりにハンバーガーに齧りついた神崎はもぐもぐと咀嚼しながら唇の端についたソースをぺろりと舌で舐めとった。
「ん!旨なるほどイケる。ありがと」
よーし! と神崎が一言。一樹が食事をしている前で何やら紙とペンを取り出してうんうん唸り始めた。
見るに、どうやらこの周辺の地図の様だが、所々に赤丸が記してある。
現在地に赤丸が書き込まれたことで気づいた。これはもしかして、杉本が立ち寄った位置なのではないだろうか。
「ご明察。ここ数日で依頼人が立ち寄って且つ変化のあった場所だよ。一樹君は地元でしょ? どうかな、何か気づくことない?」
「……全部じゃないけど」
一樹が地図を凝視する。
「さっきもほら、救急車の到着が早かったじゃん。あれって近くに病院があるからだと思うんだけど、ここと、ここ、ここは地図には表示されてないけど、小さな個人医院がある。あと、これは気づいてるかもだけど、全部、踏切の近くだ」
一樹の推察に口に運びかけていたスプーンを置くと、神崎にしては神妙な面持ちで頷く。
「今度はそこの調査かな。一応さ、図書館で過去の事件や事故について調べてみたんだけど、思ったほど成果がなかったんだ」
トントンと一定のリズムを刻んでいるペン。うーんと視線を空に向けるのは神崎の癖なのかもしれない。
「嫌だけど、仕方ないか」
大きな溜息に一樹はきょとんとしている。
「……嫌って?」
「こいつらを出すのがさ」
神崎の右手に眩い光が集束していく。空に切った印。指先がなぞると一瞬形を成して見えたのは五芒星だった。
フラッシュの様に瞬いたそこからカメレオンの様にヌルっと色をもって地面に降り立ったそれらは、一樹を見上げ小首を傾げている。
「……き、狐」
神崎とそれらを交互に見る一樹の混乱している様は誰が見ても明らかだ。
それらを呼び出した当の神崎はぱくりとグラタンを一口。
「俺のも食べてみる?」
いつもの様子で一樹にウィンクしてみせたのだった。