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*****6 粒子の追跡者


 それから一樹が落ち着いた後、話し合いは再開された。

 一樹としては全く納得していないのだが、昨夜の汚点を突かれては何も反論出来ない。

 神崎が同年代というのも、なんとなく引っ掛かる。

 黙っている一樹の態度を了解と受け取ったのか、神崎が事の詳細を話し始めた。

 『白狐』が受けた内容に併せて、依頼人である杉本の話。そして昨夜までの神崎の動きと起こった出来事などだ。

「何てことない依頼だったんだけどね、最初は」

 手にしていたグラスを置き、神崎はソファーに深く座り直した。

 事を思い返すかの様に空に向けた視線は一瞬で、それは一樹に向けられる。

 目が合ってしまった一樹は慌てて神崎から視線を逸らした。

 依頼人である杉本の姿は無い。顔合わせも終わったしねと神崎は笑ったが、店を出る間際に何らかの術を彼女に施していたのは一樹にもわかっていた。

 疑問には思ったが鈴女も何も言わない為、一樹もそれに習う。

 何らかの意図があるのだろうか。

「何度も浄化はしているんだけど、一晩もすればまた障りが始まっている。これはややこしい本体がいるぞってことで捜索することになったの。多少危険だけど泳がせていたってわけ。憑いたままの状態にしてね。彼女に干渉してくるやつがしっぽを出すと思っていたんだけど、五日間何もなし! 彼女に憑いている妖魔は相当用心深いみたいだ。で、そんな中、昨日君に祓われちゃいましてね」

「憑いたままって……」

 どうりで杉本の顔色が悪かったわけである。

 何の力も持たない人間に、霊体を憑いたまま放置しておけば身体的、精神的に支障をきたしてしまうのは明らかだ。下手をうてば、手遅れになる可能性だって出てきてしまう。

 だが神崎は特に悪びれる素振りもなく一樹に詰め寄った。

「俺もどうかとは思ってたけど、でも期日も迫っているし……ついねっ!」

 意外と子供っぽい所があるのかもしれない。

 一樹の視線に次第にバツの悪そうにし始めた神崎はグラスの縁に差し込まれていたレモンに噛り付いている。

「責めてないよ。大丈夫って判ってたからしたことだろ? でもまだ顔色悪かったけど、さっきのは何か治療でもしてたのか?」

「や、違うよ」

「違うのかよ」

「あれは追従系の術。ほら、これ」

「!!」

 神崎の視線に促された先に見えたのは、その掌だ。目に刺さる眩しさに思わず顔を顰める。それはまるで春の木漏れ日の様だった。

 さっと右手を払った神崎の手からキラキラと光の粒子が零れ始めたのだ。空に向けた掌に集束していく光の玉は、やがてビー玉状の大きさに成り、神崎の掌の上に浮かんで微動している。

「俺は光と土の属性を持っているから、両方からの干渉で対象を追尾出来る。範囲には限度があるけど、彼女の日常生活区域なら追跡出来る許容範囲内だからね」

 ぱっと掌を閉じ、開くともう光の玉は消え去っていた。

 まるで初めて手品を見た子供の様に。ぽけっとそれを凝視していた一樹を神崎は微笑ましそうに見つめている。

「橘家は確か風属性だよね。その属性にも探索系はあった筈だし、また調べておくといいよ」

 まだ出会って間もないというのに、一樹相手に屈託なく微笑む。

 本当に神崎はよく笑う人間なのだと一樹は思った。

 昨夜の突発的に居合わせた際の印象などとうに薄れている。一樹に対する気安さは同業の、しかも同年代というのもあったのかもしれないが、同級生の友人達を思い浮かべてもここまで他人に対して柔和な雰囲気を醸し出す人間はいなかったのだ。

 今まで大人の能力者にばかり囲まれて育った一樹にとって、この出会いはとても大きな出来事だった。

 単純に言えば興味から始まったのかもしれないが、話してみたい。そんな感情が一樹の中に生まれていたのだ。

「そろそろ行こうか」

 神崎の言葉に一樹が頷く。

 すぐ歩廊座雑貨店を出た一樹たちは、ここ最近の神崎の日課である杉本の尾行を開始した。

「なに?」

 新たに頭上に出した光玉の確認もそこそこに、凝視する一樹にちらりと神崎は目を向ける。

「神崎ってモテるだろっと思って」

「なに唐突に」

背丈(タッパ)あるし」

「そこなんだ」

 可笑しそうに神崎は笑った。

 その表情を見た一樹は「そういうところとかなんだよな……」と独り言を呟き、顎に丸めた拳を当てている。

「好きな子でもいるの?」

「いや、別に……」

「ふぅん」

 口籠る一樹に神崎は首を傾げる。

 神崎は改めて一樹をまじまじと見つめた。神崎の背の高さは男子高校生の平均値より少し高い程度だが、一樹も極端に低いというわけでもない。緩やかなくせっ毛の黒髪とはっきりとした瞳。顔立ちも悪くないだろう。一樹を気になると思っている女子もいるのではないだろうか。

「ごめん、変なこと聞いた」

 神崎の視線に気づいたらしい一樹が口籠る。

「うん? いや大丈夫。どうやら依頼人にも動きがあったみたいだし」

 歩みを止めた神崎が前を見据えていた。先ほどまでの雰囲気は消え去り、栗色の瞳には強い光が宿っている。

 視線の先を追うと、カフェに入った杉本を確認できたのだが、その気配が僅かに歪んでいた。

 まだ自我を保っているようだが、暗い影が彼女の身体に浮かんでは消え、蜃気楼のように姿が揺らぐ。それは明らかに障りが始まっている兆候だった。

「どうして急に」

「ねっ、いつもああなんだよ。急に現れる。予兆が無いだけに厄介でね。でも今回は今までで一番早いかもしれないな」

 出入り口付近、杉本に声を掛けた店員が目に入った。一樹達も急いでカフェ入口に向かう。

「きゃあっ!!」

 悲鳴が上がったのはその時だ。

 二人が慌てて店内に飛び込んだ頃には、すでにその場は騒然としていた。

 床に倒れている店員は先ほど杉本に声を掛けていた男性だ。しかしその光景が目に入ったのは一瞬で、次の瞬間には何事かと席を立った客や駆け付けたスタッフに阻まれ、現場に近づけなくなっていた。

「神崎! 杉本さんが……」

「嘘だろ、そんな」

 神崎の手にある光玉が灯りを失っている。

「いない……」

 いつの間にか人を掻き分け、倒れた男性の側に膝をついている神崎とは対照的に一樹は立ち竦んだ。

 恐怖とも違う形容し難い感情。

 それを残して、一体どこに行ったというのだろう。

「……」

 彼女は忽然とその姿を消していた。

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